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提訴の不当性を訴え
リバティ裁判第2回口頭弁論で
「解放新聞」(2016.01.18-2747)
提訴は大阪市の責任放棄である
  大阪人権博物館(リバティおおさか)にたいし、大阪市が建物の収去と土地の明け渡しを求めて7月23日に提起した訴訟で、被告側の石橋武・大阪人権博物館理事長が意見陳述をした10月2日の第1回口頭弁論につづく第2回口頭弁論が、12月25日の午前10時から、大阪地裁大法廷でおこなわれた。140をこえる人が結集し、先着順で91人が傍聴に参加した。
  今回は被告側から丹羽雅雄・弁護団長と普門大輔・弁護士が2つの準備書面をもとに、リバティが博物館法による人権総合博物館として官民共同で運営されてきたことは、人権教育・行政の具体化であり、人権の主流化のなかで国際的にも高い評価を受けてきたが、2008年の橋下大阪府知事(提訴時は大阪市長)の登場以降、否定されてきたと主張。リバティの▽廃館を意図している▽土地にかかわる歴史的経緯を無視している▽存在意義と社会的役割を否定、大阪市の人権行政への責任をも放棄している、という3点から提訴の不当性を訴えた。次回は原告側が反論をおこなう。
  裁判終了後、大阪弁護士会館でひらいた報告会は、会場から人があふれ、配付資料が足りなくなるほど関心を集めた。石橋理事長のあいさつと丹羽弁護団長による裁判報告のあと、口頭弁論でも主張されたリバティの土地と建物のルーツにかかわって、「栄小学校の歴史」と題しリバティの吉村智博・学芸員が資料紹介をした。

第3回口頭弁論は3月11日午前10時〜大阪地裁(傍聴券は9時半から配付)

ルーツの小学校は地元住民が建てた
  リバティに土地と建物は栄小学校の第3期校舎を引き継いだものである。栄小学校の創立は1872年、住民がお寺にひらいた。栄町に1875年に落成した初代校舎は、いまの西区にあった江之子島府庁舎を模したといわれ、東洋一とも称された。第2校舎(1908〜1928年)は浪速神社の場所に建てられた。現在のリバティの土地に建てられた第3期校舎(1928〜1975年)は雨天体操場まで備え、700〜800人を下らない生徒を擁していた。敷地内には、家政女学校や幼稚園も併設されていた。1945年3月の大阪大空襲により、栄小学校と新田帯革(ベルト)をかろうじて残して浪速区は壊滅状能言なった。初代から第3期の校舎は土地と建物のほとんどを地元でまかない、市立小学校となるにさいして大阪市に寄付した、というのが歴史的事実である。

国内外に広く発信するために協力を
  最後に第3回口頭弁論に向け、赤井隆史・大阪府連書記長が「吉村新市長が独白の見解をもっているかもしれないと期待したい」とのべ、浅居明彦・リバティおおさか裁判を支える会事務局長が「皮革・太鼓のまち」を発信する人権太鼓ロードもリバティがなくなっては元も子もない。国内外に広く発信していくため、ご協力を」と訴えた。
  3月11日午前10時から大阪地裁大法廷でおこなわれる第3回口頭弁論では、9時半から傍聴券が配られ、抽選になる予定。


 

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