部落差別をこえて

臼田　敏男　　朝日新書（定価700円）

　本書は朝日新聞の夕刊に掲載された「ニッポン人脈記」に連載されたものに加筆し出版された。多くの人びとが部落差別撤廃に向けて努力している姿は、被差別部落と部落解放運動が、ひとくくりにできない多様な人生が交叉する世界であることを知ってもらえるだろう。
　 本書の帯には「解放の道ここまで来た！」とある。しかし、企画の意図なのか本書では、幾世代にもわたって、生まれ育った場所にいまも住んでいるという人とムラの風景が想像出来ない。そういう人は取材を断ったのだろうか。そこにこそ部落問題の本質的な世界が横たわり、解放へのキーワードが潜んでいると思っている。
　 運動は、カミングアウトにはじまる。しかし、自分自身だけの問題にとどまらず、ムラ全体の家父長的共同体の重圧がのしかかる。そのなかで目をつぶり、耳をふさぎさえすれば、心地よい「ぬくもり」が保障された。だからこそ、変わることに躊躇し、怯える自分を正当化できた。
　 被差別部落からの人的流出と高齢化は、解放運動のスタンスを根本的に変えようとしている。いま、私たちの歴史的経験と記憶は、どこに向かうのか。新しい革袋を用意するべき時だろう。　　　　（安）