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部落問題資料室
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部落解放の原点である識字運動の発展を
「解放新聞」(2009.10.26-2441)

 数字は少し古いが、部落の非識字率は3.8%で全国平均の19倍にものぼるという。もちろん、時代をさかのぼるほどに非識字率は上がっていくものと思われるが、そんななか、部落解放運動の手によって始められたのが識字運動だった。
  戦後、識字運動が始められたのは1963年のことだったとされる。ところは福岡市行橋市と、隣接する京都郡。きっかけは運動と組織の強化のために、幹部同士で綱領の学習をしようとした。そんな時、活動家のなかに文字が読めない人がいることが判明したからというのだった。いわば識字運動そのものが、部落解放運動の必要性から始まったというのだ。

 「一 わたくLは うちがぴんぼうであったのでがっコうへ いっておりません。だから じをぜんぜんしりませんでした。……いままで おいしゃへいっても うけつけで なまえをかいてもらっていましたが ためしにじぶんでかいて ためしてみました。かんごふさんが 北代さん とよんでくれたので 大へんうれしかった。」
  高知県赤岡町の北代色さんの識字作品(1973年)である。この文章に直接ひきつづく形で、例の「二 夕やけを見ても あまりうつくしいと恩はなかったけれど じをおぼえて ほんとうにうつくしいと思うようになりました。」というあの有名な文章がつづく。
  字は金釘流だが、北代さん白身おっしゃっているように、識字学級での学習の成果を「ためしにじぶんでかいてためして」みたその時に、「北代さん」と呼んでくれた看護婦さんのその言葉や声が嬉しかったというのだ。北代さんが「北代さん」とよばれることはま
まあったこと。だが、自分で書いた「北代」という文字を看護婦さんが読んで、そうよばれた時の喜び。そこには文字を通じて初めて成立した人と人との関係があった。「大へんうれしかった」のもそのためだった。

 「夕やけを見ても あまりうつくしいと恩はなかった…」というのも、夕という漢字を覚え、「見る」という漢字と「思う」という漢字を覚えてはじめて夕やけが「ほんとうにうつくしい」と「思うように」なったのだろう。だが、ここで忘れてならないことが一つ
ある。北代さんもまた字の勉強はひらがなを覚えるところから始められていたはず。その意味でも識字の勉強はまず、ひらがなからということだろう。ひらがなさえ書けずにきて、今そのひらがなを獲得すべく苦闘をつづけている兄弟姉妹が、そこここにいる。そして
そのことを知ることをぬきに、部落解放運動もまたありえないのだ。
  識字運動のいっそうの進化発展を心から願うとともに、最近、「若一の絵本制作実行委員会」から出版された吉田一子さんの『ひらがなにっき』(解放出版社)のご一読をおすすめする。

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