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「自己選択」をセールスポイントにした介護保険制度が実施されて5ヶ月が経過した。
社会福祉制度全体の抜本的改革の第一歩として、華々しく登場した保険制度はしっかりと部落に定着したのだろうか。
いっこうに解消されない特別養護老人ホームの待機者問題や、「24時間」に踏み切れない市町村の在宅サービス。サービス提供事業所の不足から、選べない「選択」になっている制度矛盾。利用者の希望や部落の現実を理解しないケアーマネジャー。利用料の1割負担の重荷から、サービス利用を手控える高齢者がでているなど、各都府県連のとりくみからは、けっして順風満帆でない厳しい現実が報告されている。
また、大阪ではケアーマネジャーの講習会で講師が、精神障害者への差別発言をするなど、福祉施設での人権の質が問われた5ヶ月間でもあった。
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このような状況の中で、保険料徴収が10月から実施される。
2兆円という財政支出は遅れた介護基盤整備にはまわらず、一部政党の選挙目的の道具に使われ、「家族介護は美風」といった発言まで飛びだした。この半年間は多くの高齢者にとって「痛み」のともなわない他人事のような静かな制度改革であったかも知れない。
しかし10月からは40歳以上のすべての人が被保険者として「保険料」を徴収される。いよいよ「保険あって、介護サービスなし」の待ったなしの現実が直面している。
こんな現実の前に、部落の高齢者は本当に大丈夫なのだろうか。保険料支払いへの準備や心構えはできているのだろうか。「医療保険の無保険」や「無年金」を生みだした、かつての苦い経験は生かされるのか。一般制度が部落を素通りしない仕組みをわれわれはしっかりと作れたのか。
「支払いの秋」を前に、あらためて各地域でのていねいなとりくみが求められている。
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大事なことが2つある。1つは「行政の責務」ということである。
介護保険制度は保険料徴収の見返りに、必要なサービスを給付するという保険者(市町村)と被保険者(当事者)との契約で成り立っている。いいかえれば、高齢者は自分の認定された介護度に応じた介護サービスを利用する権利をもっており、保険者である市町村はそれに応じた介護サービスを給付する責任(義務)が生じる。
われわれはこの市町村の責任を厳しく求めながらも、運動の役割を明確にして市民全体の制度改革につなげる知恵をひねり出さねばならない。
そのキーワードの1つが「隣保館」である。
保険料の徴収は間違いなく相談や苦情を増加させる。たんに機械的に相談の整理をするだけでなく、このさまざまな相談のなかから、隠された介護ニーズを発見し、専門的な介護相談につなぐきめ細かい相談体制が求められる。「かけがえのないたった一人の差別の現実」を社会の矛盾に昇華することのできる鋭い感性が市町村や運動に求められているのである。だからこそ、長年にわたり部落の生活改善にとりくんできた隣保館の役割が大きくクローズアップされるのである。
だれがどんなことで困っているのか、保険の申請漏れはないのか。当事者や家族がきちんと自分の生活を伝えられるような、ていねいな要介護認定がされているのか。サービス提供機関との連携が図れているのかなど、「申請主義」でない課題解決の仕組みを隣保館に創りあげなければならない。
厚生省の「継続的相談援助事業」などを活用して、部落だけにとどまらず校区を意識した「福祉と人権のまちづくり」をすすめる拠点施設として、隣保館の役割を問い直す必要がある。
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2つ目は「保険がすべてではない」ということである。
保険だけが高齢者の介護を支えるのではけっしてない。高齢者サービスの重要な柱である、外出支援のサービスや食事サービスは保険にはふくまれておらず、保険はあくまでも介護の一領域をカバーするにしかすぎない。24時間365日の在宅介護を支えるにためには、保険外の公的サービスと地域のコミュニティによる支援を組み合わせた、「地域の福祉力」ともいえるトータルな支援体制を創りあげなければならない。
また、介護だけでない「生きがい」「社会参加」といった自立支援の課題も、高齢者の生活ニーズには大きく、いくつかの地域で「高齢者事業団」というような就労的生きがいづくりがすすんでいる。
部落の高齢者のもつこれらニーズを的確に把握し、必要な保険外サービスや自立支援の諸施策を行政に求める要求闘争を強化すると同時に、隣保館の地域福祉事業などを活用した、ミニデイサービスや配食サービスなどのボランタリーな市民運動に、われわれが先頭をきってとりくむことが求められている。
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福祉での部落問題解決とは、今日の福祉が到達した最善の理念や施策を部落で具体化、発展させていくということであり、それはすなわち、部落での「福祉と人権」の街づくりに他ならない。
高齢者が一人の人間として自己実現し、生きがいをもって暮らし、部落内外を問わず豊かな人間関係を築けるような施策や街づくりが求められている。いうならば、われわれ自身による「自治の創造」にどうとりくむのかが問われているのである。
福祉制度の激変は、一方で人権や部落差別解決のしくみを位置づける絶好のチャンスでもある。行政と住民の「ありよう」を具体化し、「長生きして良かった」「部落に生まれて良かった」「この街で過ごして良かった」といえる地域社会実現のため、この千載一遇のチャンスをわれわれはどんなことがあっても逃がしてはならない。
「支払いの秋」を機に、高齢者の生きがいや就労といった自立支援をどう展開していくのか、保険対象外事業の整備など総合的な介護システムをどう発展させるのか、在宅福祉の最大の基盤整備である「住宅」政策をどう発展させるのかなど、まさに第3期の部落解放運動の実践が求められている。