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人権救済制度の在り方について(答申)
目    次
はじめに
第1 調査審議の対象とその経過
第2 我が国における人権侵害の現状と被害者救済制度の実情
 1 人権侵害の現状
 2 被害者救済制度の実情
  (1) 法務省の人権擁護機関による人権相談及び人権侵犯事件調査処理制度
  (2) 司法的救済と各種裁判外紛争処理制度(ADR)等
   ア 司法的救済
   イ 各種裁判外紛争処理制度(ADR)等
 3 人権救済をめぐるその他の情勢
第3 人権救済制度の果たすべき役割
 1 人権救済制度の位置付け
 2 具体的役割
    (1)  あらゆる人権侵害を対象とする総合的な相談と、あっせん、指導等の手法による簡易な救済
    (2)  自主的解決が困難な状況にある被害者の積極的救済
 3 その他
第4 各人権課題における必要な救済措置
 1 差別
  (1) 人権侵害の現状と救済の実情
  (2) 必要な救済措置等
   ア 差別的取扱い等
    (ア) 救済対象
    (イ) 救済手法
   イ 差別表現

 2 虐待
  (1) 人権侵害の現状と救済の実情
  (2) 必要な救済措置等
 3 公権力による人権侵害
  (1) 人権侵害の現状と救済の実情
  (2) 必要な救済措置等
 4 メディアによる人権侵害
  (1) マスメディアによる人権侵害
   ア 人権侵害の現状と救済の実情
   イ 必要な救済措置等
    (ア) 自主規制
    (イ) 人権救済機関による救済
  (2) その他のメディアによる人権侵害
第5 救済手法の整備
 1 簡易な救済の手法
  (1) 相談
  (2) あっせん、指導等
 2 積極的救済の手法
  (1) 調停
  (2) 仲裁
  (3) 勧告・公表
  (4) 訴訟援助
  (5) 特定の事案に関する強制的手法
 3 人権問題についての自由な意見交換のできる環境づくり
第6 調査手続・権限の整備
第7 人権救済機関の組織体制の整備
 1 人権救済機関の独立性等
 2 人権委員会の全国的な組織体制の在り方
 3 人権擁護委員が人権救済に果たすべき役割
 4 人権委員会の人的構成に関する留意点
 5 救済にかかわる他の機関・団体との連携の在り方
  (1) 国
  (2) 地方公共団体
  (3) 民間
 6 人権委員会が他に所掌すべき事務

〔参考資料〕 1  諮問文
2  審議経過
3  委員名簿
4  主な人権侵害類型と被害者の救済にかかわる制度等
5  国内機構の地位に関する原則(パリ原則)
6  「国内人権機構:人権の促進と擁護のための国内機構の設立と強化に関するハンドブック」について
7  諸外国の国内人権機構等一覧

はじめに

 時代は「人権の世紀」と呼ばれる21世紀に入った。「人権の世紀」という言葉には、全人類の人権の実現という壮大な達成目標が示されていると同時に、過去、人権の実現のためにたゆみなく続けられてきた努力が報われ、一斉に開花し、結実する世紀であってほしいという全人類の熱望が込められている。
 このような目標を目指して、既に前世紀から国際連合及び世界の各国において、様々な努力が積み重ねられてきた。国際社会の中にあって、我が国もまた人権の実現のための努力を積み重ねてきたが、新世紀を迎え、人権の実現に向けた一層の取組が強く求められている。克服すべき課題は少なくなく、目標達成のための道も決して平坦ではないが、着実にその道を歩まなければならない。それが我が国の責務であり、その責務を誠実に果たしてこそ、人権の分野においても先進的な立場を占め、国際社会の中で名誉ある地位を得ることができよう。
 人権の実現とは、何よりも人権が尊重され、人権侵害が生起しない社会、すなわち人権尊重社会を築くことであり、そのために人権教育及び人権啓発が重要であることは言うまでもない。しかし、残念ながら、現実には至る所で様々な態様の人権侵害が繰り返されており、被害者に対して実効的な救済を図ることが、人権教育・啓発と並んで、重要な課題となっている。
 人権侵害に対する救済は、今日人権が憲法や条約、更には法律により保障され、司法的救済の対象たり得ることからすれば、基本的には裁判所の役割に属する事柄である。しかし、現実を直視すると、日々生起している様々な人権侵害の多くに対して、裁判所による救済は必ずしも有効になされているとは言い難い。それは、現在の裁判制度の改革によって克服できる側面もあるが、それだけではなく、裁判制度にいわば内在する限界もある。そこで、人権侵害に対する救済を充実するためには、人権侵害をできる限り司法的に救済できるような司法制度改革が進められるとともに、被害者の視点から簡易・迅速・柔軟な救済を行うのに適した、行政による人権救済制度を整備することが是非とも必要である。
 このような人権救済制度は、今日既に多くの国々にみられ、各国における人権侵害の実情等を反映して、対象とする人権侵害や救済手法の点で様々な内容を持ちつつも、それぞれに成果を上げていることがうかがわれる。この答申は、我が国における人権侵害の実情や救済にかかわる制度の状況を踏まえ、我が国にふさわしい人権救済制度の整備を提言しようとするものである。それは裁判外紛争処理の手法により、裁判前の解決を促すことによって、司法的救済を補完するとともに、被害者が司法的救済を得られるよう援助する機能をも果たすものである。あらゆる人権侵害についてその救済のための窓口となり、救済の道筋を示す機能も必要である。また、加害者への個別啓発のほか、一般的な啓発機能も併せ持つべきである。そして、このような機能にかんがみ、有効な救済のために必要不可欠な限度での救済手法及び調査権限の付与が要請され、また、この制度を担う人権救済機関には、通常の行政からの独立と職権行使の中立公正とともに、その組織体制の充実・整備が不可欠である。
 世紀が変わったとはいえ、社会が忙しく動き変化していく状況は今までどおり続くであろうし、社会の動きに伴い、人権に関してもまた新たな課題が次々に生起するであろう。この答申が提言する人権救済制度の整備は、今までの人権侵害の諸相を踏まえた上でのものであるが、いわば必要最小限の枠組みを提示したものにとどまると言える。制度の有効性を確保し、更に新しく生起する人権課題に対応するためには、この制度の在り方を継続的に点検し、発展的方向を探っていくことが今後とも必要であろう。従来の様々な救済制度も併せた広い視野に立っての見直しが今後とも引き続き要請されることを付言しておきたい。

調査審議の対象とその経過

第 1  調査審議の対象とその経過
<1>  人権擁護推進審議会(以下「本審議会」という。)は、平成11年7月に、人権教育・啓発の在り方に関する諮問第1号について答申した後、同年9月以降、諮問第2号である「人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策の充実に関する基本的事項」について、本格的な調査審議を行ってきた。
 諮問第2号の下での本審議会の任務は、人権侵害の被害者の救済のために法務省の人権擁護機関がこれまで行ってきた取組を踏まえ、被害者救済に関する施策をより充実させるという観点から、行政機関による人権救済のための基本的な仕組み、すなわち人権救済制度の在り方について提言することである。特に、各国の取組等国際的な潮流も視野に入れつつ、我が国における人権侵害の現状と救済の実情を踏まえて、新たな人権救済制度の在り方を示すことが求められている。

<2>  本審議会では、これに応えるため、平成10年3月に人権救済制度検討準備委員会を設置して、各国の人権救済に関する取組や我が国の裁判外紛争処理制度(ADR)等についての基礎的な調査を開始した。諮問第2号に関する本格的な調査審議を開始した平成11年9月からは、改めて各種人権課題に関する関係団体からのヒアリングを実施するとともに、救済にかかわる各種制度等に関して関係行政機関から説明を聴取するなどして、国内における人権侵害の現状と救済の実情の把握に努め、これらに対する理解を深めた。さらに、北米、欧州4か国にわたる海外調査の実施等により、広く諸外国の人権救済に関する取組についても認識を深めてきた。
 昨年4月からは、これらの基礎的調査の成果を参照しつつ、救済の理念と対象、救済の措置、調査手続・権限、救済機関の組織体制の4つの柱を中心に、論点の整理を行った上、これを基に9月以降議論を進め、11月に中間取りまとめを公表して、広く一般の方々の意見を求めた。本年2月からは、各方面から寄せられた様々な意見を踏まえつつ、慎重な調査審議を重ね、この答申に至ったものである。

<3>  本審議会は、人権救済制度における「救済」の意味を、人権侵害が発生した後の侵害行為の排除や被害回復のみならず、人権侵害が発生するおそれの高い場合のその防止や、いったん発生した後の再発防止を含む広いものとしてとらえた。人権は一たび侵害されると被害の回復が容易でなく、また、人権侵害は往々にしてこれを生む慣行等を背景として継続的又は集団的に発生することから、侵害を未然に防止することは、優れて救済としての意義を有するものと考える。この観点からは、加害者に人権尊重思想を啓発し(個別啓発)、自主的な被害回復とともに再発防止を図ることも救済として重要である。
 もとより、ここでの救済は、人権尊重の理念の普及高揚を目的として行われる一般的な啓発活動とは異なるが、いわば対症療法としての人権救済と、根治療法としての人権啓発は、人権尊重社会の実現を目標とする人権擁護行政における車の両輪であり、両者が互いに有機的な関係を保ちながら推進されてこそ、初めて真に効果的なものとなることに十分留意しなければならない(注1)。

<4>  人権救済にかかわる世界の潮流に目を向けると、人権諸条約に基づく各種委員会の活動や、欧州等における地域的な人権保障の枠組みに基づく取組等に加え、近時、人権救済をその重要な任務の一つとする国内人権機構(注2)の整備の動きが活発化しつつある。国際連合(以下「国連」という。)総会で採択された「国内機構の地位に関する原則」(いわゆるパリ原則)(注3)や国連人権センター作成の「国内人権機構:人権の促進と擁護のための国内機構の設立と強化に関するハンドブック」(注4)は、国内人権機構の整備に指針やモデルを提供するものであり、各国における実際の取組(別添参考資料7参照)と並んで、我が国における人権救済制度の在り方を考える上でも貴重な資料である。本審議会も、これらの国際的潮流を十分視野に置いて審議を行ってきたものである。

(注1) 人権教育及び人権啓発の推進に関する法律
 人権啓発に関しては、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律が平成12年11月成立し、同年12月から施行されている。
(注2) 国内人権機構
 "national human rights institution"の訳語(国内人権機関と訳されることもある。)。明確な定義はないが、人権擁護に係る一定の活動を行っている特別の政府機関等を指していう例が多い。「国内人権機構:人権の促進と擁護のための国内機構の設立と強化に関するハンドブック」(注4参照)においては、「憲法又は法令に基づき、政府によって設立された機関で、人権の促進と擁護に関し、その機能が明確に定められているもの」と定義されている。
(注3) 「国内機構の地位に関する原則」(いわゆるパリ原則)
 1991年(平成3年)、国連人権委員会の決議に基づいてパリで開かれた第1回国内機構ワークショップ(我が国も参加)において採択され、1993年(平成5年)、国連総会でも附属文書として採択された原則で、国内人権機構の権限・責務、構成等についての指針を提供している(詳細については、別添参考資料5参照)。
(注4) 「国内人権機構:人権の促進と擁護のための国内機構の設立と強化に関するハンドブック」
 1995年(平成7年)、国連人権センター(現国連人権高等弁務官事務所)が、国内人権機構の設置や強化を考えている諸国のためのガイドラインとして発行したもので、国内人権機構が実効的に機能するための要素等を示している(その要点については、別添参考資料6参照)。
我が国における人権侵害の現状と被害者救済制度の実情

第 2  我が国における人権侵害の現状と被害者救済制度の実情
1  人権侵害の現状

 本審議会は、諮問第1号に対する先の答申において、人権教育・啓発の在り方を検討する前提として、女性、子ども、高齢者、障害者、同和関係者、アイヌの人々、外国人、HIV感染者やハンセン病患者、刑を終えて出所した人、犯罪被害者等に対する人権侵害の現状についての認識を明らかにした(第1、1「人権に関する現状」)。諮問第2号に関する本格的な調査審議を開始した平成11年9月以降は、人権救済制度の在り方を検討する観点から、我が国における人権侵害の現状やこれに対する救済の実情に関する認識を深めるため、改めて関係団体からヒアリングを行うとともに、関係行政機関から説明を求めるなどしてきた。
 人々が生存と自由を確保し、幸福を追求する権利としての人権は、人間の尊厳に基づく固有の権利であって、歴史的には国家を始めとする公権力からの不当な侵害を抑制する原理として発展してきたものであるが、今日においては、公権力による人権侵害のみならず、広範かつ多様な差別、虐待事案等にみられるように私人間における人権侵害も深刻な社会問題として広く認識されるに至っており、国は、このような私人間の人権侵害についても、その被害者を救済する施策を推進する責務を有している(人権擁護施策推進法2条)。
 そこで、我が国における人権侵害の現状を概観すると、まず、加害者のいかんを問わず、差別、虐待の問題が極めて顕著な問題となっており、これを私人間についてみると、次のとおりである。
○  差別の関係では、女性・高齢者・障害者・同和関係者・アイヌの人々・外国人・HIV感染者・同性愛者等に対する雇用における差別的取扱い、ハンセン病患者・外国人等に対する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱い、同和関係者・アイヌの人々等に対する結婚・交際における差別、セクシュアルハラスメント、アイヌの人々・外国人・同性愛者等に対する嫌がらせ、同和関係者・外国人・同性愛者等に関する差別表現(注5)等の問題がある。
○  虐待の関係では、夫・パートナーやストーカー等による女性に対する暴力、家庭内・施設内における児童・高齢者・障害者に対する虐待、学校における体罰、学校・職場等におけるいじめ等の問題があり、これらの問題はその性質上潜在化しやすいことから、深刻化しているものが少なくない。
 次に、歴史的にも、また現在でも看過することのできない公権力による人権侵害についてみると、まず、差別、虐待の問題としては、各種の国営・公営の事業等における差別的取扱いや虐待等、私人間におけるものと基本的に同じ態様の問題に加え、捜査手続や拘禁・収容施設内における暴行その他の虐待等、固有の問題がある。このほか、公権力による人権侵害としては、違法な各種行政処分による人権侵害や、いわゆる冤罪や国等がかかわる公害・薬害等に至るまで様々な問題がある。
 また、近時、社会問題化しているものとして、マスメディアによる犯罪被害者等に対する報道によるプライバシー侵害、名誉毀損、過剰な取材による私生活の平穏の侵害等の問題があるほか、その他のメディアを利用した人権侵害として、インターネットを悪用した差別表現の流布や少年被疑者等のプライバシー侵害等の問題がある。
 そのほか、高齢者・障害者にかかわる家族等によるその財産の不正使用や悪質な訪問販売・悪徳商法による財産権侵害の問題等、様々な問題がある。

2  被害者救済制度の実情
 法務省の人権擁護機関は、広く人権侵害一般を対象とした人権相談や人権侵犯事件の調査処理を通じて、人権侵害の被害者の救済に一定の役割を果たしているが、現状においては救済の実効性に限界がある。また、被害者の救済に関しては、最終的な紛争解決手段としての裁判制度のほか、行政機関や民間団体等による各種の裁判外紛争処理制度(ADR)等が用意されているが、これらは、実効的な救済という観点からは、それぞれ制約や限界を有している。

(1)  法務省の人権擁護機関による人権相談及び人権侵犯事件調査処理制度
<1>  法務省人権擁護局、その出先機関である法務局・地方法務局の人権擁護部門と各支局の人権擁護担当職員に加え、各市区町村に配置された全国約1万4、000名の人権擁護委員で構成される法務省の人権擁護機関は、人権相談や人権侵犯事件の調査処理を通じて、人権侵害の被害者の簡易・迅速で柔軟な救済に努めてきた。平成12年に受け付けた人権相談は約65万件、人権侵犯事件は約1万7、000件に上っている。
 このうち、人権侵犯事件の調査処理制度は、法務大臣訓令という内規に基づく制度であり、任意調査により人権侵害事実の有無を確認し、これが認められるときは、勧告、説示等の措置をもって加害者を啓発し、人権侵害状態の除去や再発防止を促すなど、専ら任意的手法によって人権侵害事案の解決を図るものである。対象とする人権侵害に特段の限定がないため、その時々に問題となっている人権侵害事象に対して柔軟な対応が可能であり、また加害者に対する啓発を中心としたソフトな手法は、それなりの効果を上げてきた。
<2>  しかし、その反面、実効的な救済という観点からは、次のような限界や問題点がある。
○  専ら任意調査に依存しているため、相手方や関係者の協力が得られない場合には、調査に支障を来し、人権侵害の有無の確認が困難となる。
○  専ら啓発的な任意の措置に頼っているため、加害者が確信的であるなど任意に被害者救済のための行動をとることが期待できない場合には、実効性がない。
○  政府の内部部局である法務省の人権擁護局を中心とした制度であり、公権力による人権侵害事案について公正な調査処理が確保される制度的保障に欠けている。
○  人的資源が質・量ともに限られており、専門的対応や迅速な調査処理が困難な場合がある。
○  上記の結果として、国民一般から高い信頼を得ているとは言い難い。

(2)  司法的救済と各種裁判外紛争処理制度(ADR)等
ア  司法的救済

 裁判制度に関しては、国民のより利用しやすい司法の在り方等について、現在、司法制度改革審議会において検討が行われているところであり、本審議会としてもその成果に期待するものである。しかし、裁判制度には、以下に述べるような制約がある。すなわち、[ア]その中心となる訴訟は、法と証拠に基づき権利・義務関係を最終的に確定するものであるため、本質的に厳格な手続を要するものであること(公開性、要式性等)や、現行不法行為法上、採り得る救済措置が限られていること(事後的な損害賠償が中心)などから、簡易・迅速な救済や事案に応じた柔軟な救済が困難な場合がある、[イ]裁判手続を利用するためには、権利侵害を受けた者による申立てと手続の追行が必要であるが、差別や虐待の被害者のように、自らの社会的立場や加害者との力関係から被害を訴えることを思いとどまったり、たとえ訴えようとしても、証拠収集や手続追行の負担に耐えられずにこれを断念せざるを得ない者が少なくなく、そもそも被害意識が希薄な被害者すらいるなど、自らの力で裁判手続を利用することが困難な状況にある被害者がいる、といった問題がある。

イ  各種裁判外紛争処理制度(ADR)等
 労働問題、公害、児童虐待等の分野においては、最終的な紛争解決手段である裁判制度を補完する裁判外紛争処理制度(ADR)や被害者保護のための特別の仕組みが設けられており、また、様々な分野で、公私の機関・団体による被害者保護の取組が行われている(別添参考資料4参照)。これらは、それぞれに被害者救済の機能を果たしているが、実効性の観点から限界や問題点を指摘されているものもあり、改善のための取組も行われている。また、これらの制度等は、そもそも総合的な人権救済の視点に立って設置されるなどしたものではないため、救済が必要な分野をすべてカバーしているわけではない。

3  人権救済をめぐるその他の情勢
<1>  本審議会設置の一つの契機となった地域改善対策協議会の「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について(意見具申)」(平成8年5月)においては、各国の取組等国際的な潮流も視野に入れ、21世紀にふさわしい人権侵害救済制度の確立を目指して鋭意検討を進めるべきことが提言されている。また、男女共同参画社会基本法(平成11年6月成立)においては、性差別等による人権侵害の被害救済を図るために必要な措置を講ずべきことが国の責務とされ(17条)、主に法務省の人権擁護機関がその任に当たることが期待されている。
<2>  規約人権委員会(注6)は、我が国の報告書に対する最終見解(1998年(平成10年)11月)の中で、人権侵害の申立てに対する調査のための独立した仕組みを設置すること、とりわけ、警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置することを勧告した。また、児童の権利に関する条約に基づく児童の権利に関する委員会も、我が国の報告書に対する最終見解(同年6月)の中で、独立した監視の仕組みを設置するために必要な措置を講ずることを勧告した。さらに、人種差別撤廃条約(注7)に基づく人種差別の撤廃に関する委員会は、我が国の報告書に対する最終見解(2001年(平成13年)3月)の中で、同条約の規定を国内において完全に実施することを考慮するよう勧告した。

(注5) 差別表現
 この答申においては、差別表現という言葉を、差別に基づいて個人又は集団を誹謗・中傷する表現のほか、いわゆる部落地名総鑑のように、必ずしも個人等を直接誹謗・中傷するものではないが、差別を助長・誘発する表現を含むものとして使用している。
(注6) 規約人権委員会
 市民的及び政治的権利に関する国際規約に基づく人権委員会
(注7) 人種差別撤廃条約
 あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約

人権救済制度の果たすべき役割

第 3  人権救済制度の果たすべき役割
1  人権救済制度の位置付け

 人権侵害の現状や被害者救済制度の実情、特に、最終的な紛争解決手段である裁判制度における一定の制約などを踏まえると、今日の幅広い人権救済の要請に応えるため、人権擁護行政の分野において、簡易性、柔軟性、機動性等の行政活動の特色をいかした人権救済制度を整備していく必要がある。すなわち、新たな人権救済制度は、被害者の視点から、簡易・迅速で利用しやすく、柔軟な救済を可能とする裁判外紛争処理の手法を中心として、最終的な紛争解決手段である司法的救済を補完し、従来くみ上げられなかったニーズに応える一般的な救済制度として位置付けられるべきである。
 既に個別的な行政上の救済制度が設けられている分野、例えば、女性の雇用差別に関する都道府県労働局(雇用均等室)・機会均等調停委員会や児童虐待に関する児童相談所など、被害者の救済にかかわる専門の機関が置かれている分野においては、当該機関による救済を優先し、人権救済機関は、当該機関との連携の中で必要な協力を行うとともに、当該機関による解決が困難な一定の事案については、人権救済機関として積極的な対応を行うなど、適正な役割分担を図るべきである。また、各種の行政上の不服申立手続や刑事手続との間においても、適正な役割分担を図る必要がある。

2  具体的役割
(1)  あらゆる人権侵害を対象とする総合的な相談と、あっせん、指導等の手法による簡易な救済<

 人権救済制度においては、法務省の人権擁護機関が従来取り組んできたように、あらゆる人権侵害を対象として、総合的な相談と、あっせん、指導等の専ら任意的な手法による簡易な救済が図られるべきである。
<1>  相談は、適切な助言を通じて、人権侵害の発生や拡大を防止し、人権侵害に関する紛争の自主的解決を促進するなど、それ自体が有効な救済手法である。同時に、より本格的な救済手続への導入機能や、他の救済にかかわる制度等を利用すべきものについてはその紹介・取次ぎによる振り分け機能をも併せ持っている。したがって、人権救済制度においては、あらゆる人権侵害を対象とする総合的な相談サービスを提供すべきである。
<2>  あっせんや啓発的手法を用いた指導その他の強制的要素を伴わない専ら任意的な手法による救済は、対象を限定することなく、広範な人権侵害に対して簡易・迅速で柔軟な救済を可能とする仕組みとして、引き続きその充実を図る必要がある。

(2)  自主的解決が困難な状況にある被害者の積極的救済
 差別や虐待の被害者など、一般に自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある人々に対しては、より実効性の高い調査手続や救済手法を整備して、積極的救済を図っていく必要がある(以下、このような意味での実効的な救済を「積極的救済」と呼ぶこととする。)。
<1>  様々な理由から自らの力で裁判手続を利用することが困難な状況にある被害者がおり、司法的救済には、このような被害者との関係では有効に機能しないという限界がある(第2、2(2)ア)が、一般に差別や虐待の被害者はその典型である。これらの被害者には、自らの社会的立場や加害者との力関係から被害を訴えることを思いとどまったり、たとえ訴えようとしても、証拠収集や訴訟追行の負担からこれを断念せざるを得ず、泣き寝入りに終わるものも少なくないほか、そもそも被害意識が希薄である場合すらあり、被害が潜在化している実情にある。そして、そのことが更に同種の人権侵害を拡大させるおそれがある。したがって、差別や虐待の被害者を中心とした自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある人々に対しては、積極的救済を図っていく必要がある。
<2>  先の答申において、女性や子ども等の被害者別にみた人権課題を指摘した(第1、1「人権に関する現状」)が、これらの被害者の属性をもって一律に弱者ととらえることは妥当でなく、むしろ、一般にその被害者が自らの人権を自ら守ることが困難な状況に置かれている差別、虐待といった人権侵害の態様に着目して、積極的救済の対象とすることが適当である。
<3>  積極的救済の対象とする人権侵害については、特に私人間における人権侵害の場合において、その救済手続が一面で相手方や関係者の人権を制限するものでもあることから、そのような関係者らの予測可能性を確保する意味からも、対象となる差別や虐待の範囲をできるだけ明確に定める必要がある。
<4>  積極的救済は、差別、虐待を中心に、救済の必要性が高く、人権救済機関が有効な関与をなし得る人権侵害を対象として行うべきである。さらに、差別、虐待等の一定の類型に属さないものについても、人権擁護の観点から看過し得ないものに対しては、機動的かつ柔軟に積極的救済を図ることができる仕組みを工夫する必要がある。なお、積極的救済の対象を考えるに当たっては、人権救済機関の人的・物的資源を分散し、その実効性を損なうことがないよう、また、市民生活への介入を無用に増大させることがないよう配慮する必要がある。

3  その他
 人権救済機関は、その活動に関する公開性・透明性を高め、説明責任を果たすことにより、信頼性の向上に努めるとともに、具体的事件の調査処理に当たっては、関係者のプライバシー保護に配慮する必要がある。

各人権課題における必要な救済措置

第 4  各人権課題における必要な救済措置
 第3で述べた人権救済制度の果たすべき役割を念頭に置きつつ、第2、1でみた人権課題に関し、我が国において顕著な差別、虐待の問題から、順次、積極的救済を中心とした必要な救済措置について検討する。

1  差別
 人種、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病、性的指向(注8)等を理由とする、社会生活における差別的取扱い等については、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助等の手法により、積極的救済を図るべきである。差別表現については、その内容、程度、態様等に応じた適切な救済を図るべきである。
(1)  人権侵害の現状と救済の実情
<1>  先に指摘したとおり、女性・高齢者・障害者・同和関係者・アイヌの人々・外国人・HIV感染者・同性愛者等に対する雇用における差別的取扱い、ハンセン病患者・外国人等に対する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱い、同和関係者・アイヌの人々等に対する結婚・交際における差別、セクシュアルハラスメント、アイヌの人々・外国人・同性愛者等に対する嫌がらせ、同和関係者・外国人・同性愛者等に関する差別表現等の問題がある。
<2>  これらのうち差別的取扱いに関しては、雇用や公共的な各種事業等の分野ごとに禁止規定が設けられているが、社会的身分に基づく募集・採用差別や、一般業種に関する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱いなど、私人間における差別に関しては明示的に禁止されていない領域もあり、違法な差別の範囲が必ずしも明確ではない。
<3>  そのほか、これらの差別に関する司法的救済については、一般に、異なる取扱いの差別性、不合理性を立証するための証拠収集が被害者にとって重い負担となっており、また、特に雇用等の継続的関係における相手方との力関係や人間関係悪化等への懸念もあり、被害者が訴えにくい状況がある。
<4>  雇用における差別に関しては、厚生労働省都道府県労働局長による紛争解決援助や機会均等調停委員会による調停、募集等における個人情報の収集制限に関する厚生労働大臣(公共職業安定所長)の指導、助言、改善命令等の行政上の取組がなされている。

(2)  必要な救済措置等
ア  差別的取扱い等
(ア)  救済対象

 これらのうち差別的取扱いに関しては、一般に積極的救済が必要であるが、まず、その対象とすべき差別的取扱いの範囲を明確にする必要がある。
<1>  積極的救済を行うべき差別的取扱いの範囲は、上記の問題状況や、差別を禁止する憲法14条1項、人種差別撤廃条約(特に1条、5条)の趣旨等に照らし、人種・皮膚の色・民族的又は種族的出身、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病、性的指向等を理由とする、社会生活(公権力との関係に係るもののほか、雇用、商品・サービス・施設の提供、教育の領域における私人間の関係に係るものを含む。)における差別的取扱いを基本とすべきである。
<2>  一定の年齢以上であることを理由とする差別の問題については、雇用の場面では定年制等の年齢を基準とする雇用慣行が存在し、許されない差別の範囲が必ずしも明確でないことから、これを積極的救済の対象とすることは困難である。一方、住宅の賃貸等の場面において人権擁護上看過し得ない事案があれば、個別に事案に応じた救済を図っていくことが相当である。
<3>  結婚・交際における差別事案に対しては、この問題の重要性にもかんがみ、まず、一般的な啓発活動を一層充実させる必要があり、さらに、具体的事案については、あっせん、指導等の任意的手法により、関係者間の調整を行い、あるいは関係者を粘り強く啓発していくなどの取組が必要である。また、結婚・交際を妨害するため当人らに加えられる嫌がらせや侮辱については、積極的救済が図られることになる(後記<4>及びイ<1>)。なお、これらの差別につながる身元調査に対しても、関係者に対する指導等、適切な取組が必要である。
<4>  セクシュアルハラスメントや人種、民族、社会的身分等にかかわる嫌がらせも、差別的取扱いと同様、積極的救済の対象とすべきである。

(イ)  救済手法
<1>  積極的救済の対象とすべき上記差別的取扱い等に関しては、当事者間の合意を基本とする調停や仲裁のほか、勧告・公表、さらには、これらが奏功しない場合の訴訟援助の手法が有効と考えられる。
<2>  差別の事後的救済には限界があることから、差別的取扱いを内容とする営業方針が公表されるなど、将来、不特定又は多数の者に対して差別的取扱いが行われる明白な危険がある場合に、勧告・公表までの手法で解決をみないときは、具体的な被害発生後の被害者による訴訟提起を待つことなく、人権救済機関の積極的な関与により当該差別的取扱いを実効的に防止する仕組みを導入すべきであり、そのための手法を検討する必要がある(第5、2(5)参照)。

イ  差別表現
<1>  差別表現のうち、特定の個人に対する侮辱や名誉毀損に当たるものについては、差別的取扱いに関する救済手法と同様の手法により、積極的救済を図るべきである。
<2>  いわゆる部落地名総鑑の出版やインターネット上の同種情報の掲示のように、人種、民族、社会的身分等に係る不特定又は多数の者の属性に関する情報を公然と摘示するなどの表現行為であって、差別を助長・誘発するおそれが高いにもかかわらず、法律上又は事実上、個人では有効に対処することが著しく困難な一定の表現行為が行われた場合において、勧告・公表までの手法で解決をみないときは、訴訟援助の手法が機能しないことから、上記ア(イ)<2>と同様、人権救済機関の積極的な関与により当該表現行為を排除していく仕組みを導入すべきであり、そのための手法を検討する必要がある(第5、2(5)参照)。
<3>  集団誹謗的表現(人種、民族、社会的身分等により識別された一定の集団を誹謗・中傷する表現)の中には、関係者の人間としての尊厳を傷つけ、あるいは一定の集団に対する差別意識を増幅させるなど、人権擁護の観点から看過し得ないものがあり、適切に対応することが必要である。集団誹謗的表現は、その内容、程度、態様等において様々なものがあることから、その対応に当たっては、これらを踏まえることが必要である。
○  集団誹謗的表現のうち、個別的人権侵害であるととらえることのできるもの(例えば、特定の職場や地域の中で当該集団に属する多数人を侮辱し、その名誉を毀損するもの)については、特定の個人に対する侮辱や名誉毀損に当たる差別表現と同様に取り扱うべきである。
○  上記以外の集団誹謗的表現については、憲法の保障する表現の自由に配慮し、当該表現の内容、程度、態様等に留意しながら、人権救済機関による意見表明や行為者に対する個別指導等の手法によって適切に対応すべきである。

2  虐待
 加害者・被害者間に法律上又は事実上の力の優劣を伴う関係がある中で起きる虐待についても、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助の手法や早期発見のための工夫等により、積極的救済を図るべきである。

(1)  人権侵害の現状と救済の実情
<1>  先に指摘したとおり、夫・パートナーやストーカー等による女性に対する暴力、家庭内・施設内における児童・高齢者・障害者に対する虐待、学校における体罰、学校・職場等におけるいじめ等の問題があり、深刻化しているものが少なくない。
<2>  虐待は、通常そのほとんどが犯罪を構成するが、「法は家庭に入らず」の原則により警察等が家庭内の問題に慎重な姿勢をとってきたこと、被害者が処罰意思を明確に示すことのできない状況に置かれている場合も少なくないことなどから、刑事的規制が必ずしも有効に機能してこなかった。女性に対する暴力、保護者等が加害者となることが多い児童、高齢者、障害者に対する虐待は、いずれもその密室性や加害者との力関係、被害者自身の立場の弱さ等から潜在化し、問題を一層深刻化させている。
<3>  近時、女性に対する暴力の関係では、ストーカー規制法(注9)が成立し、ストーカー行為が犯罪とされるとともに、行政的対応が整備され、また、配偶者暴力防止法(注10)が成立し、保護命令制度の導入や、婦人相談所を中心とした配偶者暴力相談支援センターの整備等、被害者保護のための手当てがなされた。児童虐待の関係では、児童虐待防止法(注11)が成立し、児童福祉法の下での児童相談所の対応が強化された。行政面では、警察が、女性、子どもを守るための積極的対応を打ち出している。各種施設における虐待に関しては、都道府県知事等による監督の仕組みがあるほか、近時、地方公共団体によるオンブズマン組織設置の動きがある。

(2)  必要な救済措置等
<1>  虐待に関しては、上記のとおり、一定の立法的・行政的な手当てがなされているが、いまだ十分な取組が行われていない分野もあり、人権救済制度においても積極的救済が必要である。その前提として、積極的救済の対象とすべき虐待の範囲を明確にする必要がある。
○  その範囲は、上記の問題状況や児童虐待防止法上の定義等に照らすと、加害者・被害者間に法律上又は事実上の力の優劣を伴う関係がある中で起きる虐待、すなわち、家庭、施設、職場その他の場所で、女性、子ども、高齢者、障害者等の相対的に弱い立場にある者に対して行われる身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト(保護義務者の場合)を含むものとすべきである。学校における体罰、学校や職場等におけるいじめも、これに含まれる場合がある。
<2>  虐待に関しては、差別と同様に、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助の手法を整備するとともに、人権救済機関は、関係機関等との連携協力により、早期発見や被害者の保護・支援に努めるべきである。
○  虐待は潜在化しやすく、その間に深刻化する傾向があることから、人権救済機関は、訪問相談の実施や民生委員等の各種民間ボランティアとの連携等により、早期発見に努めるべきである。また、障害者や高齢者に関しては、周囲とのコミュニケーションに関する困難性から、虐待被害の発見が遅れることがあるため、これらの人々とのコミュニケーションを確保する工夫も必要である。
 なお、自己の意思を表示できない乳幼児などが、その保護者等から虐待を受けているときは、被害者からの救済の申立ては全く期待できないことから、早期発見がより重要である。乳幼児虐待の根本的解決については、政府において別途考慮されるべき課題であると考えるが、人権救済機関としては、具体的な虐待の事案を把握したときは、関係諸機関と適切な連携を図りつつ、主体的に適切な対応を図る必要がある。
○  虐待については、被害者に対する事後的なカウンセリングが重要であるほか、加害者へのカウンセリングにより再発防止を図る必要がある場合も少なくないが、カウンセリングには心理学等の専門的知識を要することなどに照らすと、人権救済機関は、公私の関係機関・団体における取組を踏まえつつ、これらと連携協力していく必要がある。また、被害者の生活支援の面でも、公私の関係機関・団体と連携協力すべきである。
<3>  家族や訪問販売業者等による高齢者、障害者の財産権侵害についても、その密室性や被害者のコミュニケーション障害、被害認識の欠如等から問題が潜在化しやすいなど、虐待と共通の問題がある。人権救済機関としては、虐待の早期発見のための取組の中で、これらの問題についても注意を払い、あっせん、指導等の任意の手法により被害の拡大を防止し、被害者の保護を図ると同時に、適宜告発等により刑事手続を促すなど必要な措置を講ずべきである。

3  公権力による人権侵害
 公権力による人権侵害のうち、前記差別、虐待に該当するものについて、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助の手法により、積極的救済を図るべきである。

(1)  人権侵害の現状と救済の実情
<1>  先に指摘したとおり、公権力による人権侵害には、まず、差別、虐待の問題として、各種の国営・公営の事業等における差別的取扱いや虐待等、私人間におけるものと基本的に同様の態様の問題に加え、捜査手続や拘禁・収容施設内における暴行その他の虐待等、固有の問題がある。このほか、公権力による人権侵害としては、違法な各種行政処分による人権侵害や、いわゆる冤罪や国等がかかわる公害や薬害等の問題に至るまで様々な問題がある。
<2>  行政処分に対しては一般的な行政不服審査や個別の不服申立ての手続が整備されている。また、捜査手続や拘禁・収容施設内での虐待等については、付審判請求を含む刑事訴訟手続のほか、内部的監査・監察や苦情処理のシステムが設けられている。

(2)  必要な救済措置等
 公権力による人権侵害の問題が、歴史的にも、また、現在においても極めて重要であることは言うまでもない。
 まず、一般に被害者が自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある差別や虐待については、私人間における差別や虐待にもまして救済を図る必要があり、規約人権委員会の最終見解においても特にこのような人権侵害に関して独立した救済機関の設置が勧告されていることなどから、公権力による差別、虐待については、他の手続との関係にも留意しつつ、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助の手法により、積極的救済を図るべきである。
 次に、公権力によるその他の人権侵害については、各種行政処分に対しては一般又は個別の不服申立制度が整備されており、また、人権救済機関が冤罪や公害・薬害等の問題にまで幅広く対応することは、関係諸制度との適正な役割分担の観点からも、救済機関の果たすべき役割の観点からも適当でない。そこで、そのすべてを一律に積極的救済の対象とするのでなく、人権擁護上看過し得ないものについて、個別に事案に応じた救済を図っていくという方法をとるべきである(第3、2(2)<4>参照)。

4  メディアによる人権侵害
(1)  マスメディアによる人権侵害

 マスメディアによる人権侵害に関しては、まずメディア側の自主規制による対応が図られるべきであり、その充実・強化を要望する。犯罪被害者等に対する報道によるプライバシー侵害等については、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助の手法により、積極的救済を図るべきである。
ア  人権侵害の現状と救済の実情
<1>  報道によるプライバシー侵害、名誉毀損、過剰な取材による私生活の平穏の侵害等の問題がある。
 特に、犯罪被害者やその家族のプライバシーを侵害する報道や行き過ぎた取材活動は、二次被害とまで言われる深刻な被害をもたらしている。被疑者・被告人の家族についても同様の問題があるほか、少年被疑者の実名報道等の問題もある。これらの人々は、その置かれた状況から、自ら被害を訴えることが困難であり、また裁判に訴えようとしても訴訟提起・追行に伴う負担が重く、泣き寝入りせざるを得ない場合も少なくない。
<2>  新聞、雑誌等の活字メディアについては、各社の自主規制にゆだねられており、一部の新聞においては、苦情処理のための第三者機関設置の取組もみられる。放送については、法律上の訂正放送制度に加え、放送局が共通の自主的苦情処理機関として設置した「放送と人権等権利に関する委員会機構(BRO)」による取組がある。
イ  必要な救済措置等
(ア)  自主規制

 活字メディアについては第三者性や透明性の確保を含む自主規制の強化・徹底を、放送についてはBROの更なる充実を要望する。
<1>  マスメディアは、民主主義社会の基盤をなし、憲法上手厚い保障を受ける表現の自由、報道の自由を享受しており、さらに、その影響力も大きいことから、その活動に対して重い責任を有している。マスメディアが、これまで様々な人権侵害の問題に光を当てることにより、人権擁護に貢献してきたのも、その一環である。
 以上のようなマスメディアの地位に照らせば、マスメディアによる人権侵害の問題については、まずマスメディア自身が報道や取材の過程において人権侵害を未然に防ぐ取組を強化するとともに、実効的な苦情処理体制を整備するなどの自主的な対応が図られるべきである。
<2>  新聞、雑誌等の活字メディアにおいては、一部新聞による第三者を活用した苦情処理制度の新設等の取組も含め、一定の努力がなされているが、なお十分な信頼を得るためには、苦情処理の過程に第三者を活用する取組を更に進めるとともに、結果の公表も含めて苦情処理制度全般の透明度を高める取組が期待される。第三者性を高める観点からは、外国における各社共通の第三者機関の設置による取組が評価されているところであり、我が国においてもこのような制度の導入が検討されるべきである。
<3>  放送に関するBROについては、審査基準の明確化や取材活動への対応を含め、その活動が一層充実・強化されることが期待される。

(イ)  人権救済機関による救済
 犯罪被害者とその家族、被疑者・被告人の家族、少年の被疑者・被告人等に対する報道によるプライバシー侵害や過剰な取材等については、これらの人々が自らの人権を自ら守っていくことが困難な状況にあることに照らし、自主規制の取組にも配意しつつ、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助の手法により、積極的救済を図るべきである。
<1>  マスメディアにおける自主規制の現状等に照らすと、マスメディアによる人権侵害の問題をすべてその自主規制にゆだねることは相当でないが、他方で、マスメディアによる人権侵害を広く積極的救済の対象とすることは、表現の自由、報道の自由の保障等の観点から相当でなく、特に救済の必要性の高い上記の分野に限って積極的救済を図るべきである。
<2>  誤った犯人報道を含め、誤報による名誉毀損の被害も深刻であるが、行政に属する人権救済機関が報道内容の真偽や取材内容等についての調査を行うことは、表現の自由、報道の自由との関係で相当でなく、また、実効的な調査も期待できないことから、これらの人権侵害は、原則として人権救済機関による積極的救済にはなじまないものと考える。

(2)  その他のメディアによる人権侵害
 インターネットは、個人が不特定多数の人に向けて大量の情報を発信することを可能とし、これを悪用した差別表現の流布や少年被疑者等のプライバシー侵害の問題が顕在化している。これらについては、まず一般の差別表現等としての救済の在り方を検討すべきであるが、インターネットに固有のものとして、プロバイダーの責任や通信の秘密で守られた発信者情報の開示等の問題があることから、これらの点を含むインターネットに関する法整備の状況も踏まえながら、人権救済機関として有効な救済活動を行い得る対策を講ずべきである。

(注8) 性的指向
 異性愛、同性愛、両性愛の別を指すsexual orientationの訳語。このほか、同じく性的少数者に位置付けられる性同一性障害、インターセックス(先天的に身体上の性別が不明瞭であること)を理由とする差別的取扱い等についても、同様に積極的救済を図るべきである。
(注9) ストーカー規制法
 ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年5月成立、同年11月施行)
(注10) 配偶者暴力防止法
 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(平成13年4月成立、同年10月(一部平成14年4月)施行予定)
(注11) 児童虐待防止法
 児童虐待の防止等に関する法律(平成12年5月成立、同年11月施行)

救済手法の整備

第 5  救済手法の整備
 第4において各人権課題との関係でみたとおり、人権救済制度における救済手法を大幅に拡充することが必要であり、簡易な救済のための相談やあっせん、指導等に加え、積極的救済のための調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助等の手法の整備を図る必要がある。

1  簡易な救済の手法
(1)  相談

<1>  あらゆる人権侵害に対応できる総合的な相談窓口を整備する必要がある。相談窓口は、被害者が気軽に相談できる身近なものでなければならない。この観点からは、特に、都道府県や市町村の行う各種相談事業との有機的な連携が重要である。
<2>  相談は、適切な助言等を通じて、人権侵害の発生や拡大を防止し、当事者による紛争解決を促すなどそれ自体が有効な救済手法であるから、担当する職員等には各種人権問題とその解決手法に関する専門的知識が必要であり、職員等の質的向上が重要である。一方、相談の振り分け機能との関係においては、他の救済にかかわる制度や細分化された行政窓口等の中から、事案に応じた適切な部署に紹介・取次ぎを行う必要があり、これをたらい回しに終わらせないためにも、関係機関との連携協力体制の構築が必要である。

(2)  あっせん、指導等
 あっせん、指導その他の強制的要素を伴わない専ら任意的な手法による救済は、従来から法務省の人権擁護機関が行ってきたところである。実効性に限界があることは否めないものの、粘り強く加害者を啓発して自主的に是正措置等を講ずることを促すその手法は、再発防止等の観点から人権救済にふさわしいものであると同時に、事案に即した柔軟な解決を可能にするものであり、これに従事する職員の専門性を涵養するなどして、引き続き、この手法による対応を充実していく必要がある。

2  積極的救済の手法
(1)  調停

 調停者が必要に応じて事実関係を調査した上で、当事者間の合意による紛争解決を促す調停は、裁判手続に比べ、簡易・迅速で、具体的事案に即した柔軟な救済を可能とする手法であり、諸外国の人権救済機関も含め、内外で最も活用されている代表的な裁判外紛争処理の手法である。人権救済においても、この手法を大いに活用すべきであり、専門性等を有する人権擁護委員の参加を含め、調停手続やこれを担う体制の整備を図るべきである。

(2)  仲裁
 仲裁人が、仲裁判断に従うとの当事者双方の合意を前提として、必要な調査を行い、確定判決と同一の強い効力を持つ仲裁判断を示す仲裁は、解決の柔軟性を維持しつつ、より簡易・迅速に事案の最終的な解決を図る裁判外紛争処理の手法である。従来、我が国では、一定の分野を除き、必ずしも十分に利用されてこなかったが、その有用性にかんがみ、人権救済においては、事案に応じて柔軟に活用すべきである。

(3)  勧告・公表
 人権侵害の加害者に対し、人権侵害の事実を指摘して任意に救済措置を講ずるよう促す勧告は、それ自体に勧告内容の遵守を強制する効力はないが、人権救済機関の権威を背景とした相応の指導力を期待することができるとともに、その不遵守に対する公表は、一般に対する啓発効果のほかに、相手方にとっては事実上間接強制の効果を持ち得る。法務省の人権擁護機関においては、従来から任意調査に基づいて人権侵害の事実を確認した重大事案に関して勧告を行ってきたが、要件・手続等を整備した上、勧告・公表の手法を有効に活用すべきである。

(4)  訴訟援助
<1>  勧告・公表までの手法によっても被害者救済が図れない場合の対応として、被害者が自らの請求権に基づき訴訟提起できる場合には、被害者が司法的救済を得られるよう人権救済機関がこれを援助していくことが相当である。
○  諸外国の人権救済にかかわる機関の中には、審判手続を経て、拘束力のある裁定を行うものも一部にあるが、被害者自らが訴訟提起できる場合には、むしろ訴訟の利用を図ることが直截かつ合理的である。
○  他方、諸外国の人権救済にかかわる機関の中には、被害者に代わって自ら訴訟を提起することにより救済の実現を図るものもあるが、被害者自らが訴訟提起できる場合の人権救済機関による訴訟提起の必要性については疑問があるほか、法制面での問題もあり、むしろ被害者の訴訟を援助していくことが相当と考える。
<2>  訴訟援助の具体的手法としては、法律扶助制度の活用に加え、事案解明のために、人権救済機関が調査の過程で収集した資料を被害者が自らの訴訟に活用できるよう、資料提供の制度を整備すべきである。また、訴訟の複雑困難性等に照らし、救済の確実な実現を図る観点からその必要性が認められる場合には、人権救済機関が被害者の提起した訴訟において被害者を救済するために訴訟活動に関与することを可能とする制度を導入すべきであり、相手方に対する手続保障にも留意しつつ、訴訟参加等、そのための手法を検討する必要がある。

(5)  特定の事案に関する強制的手法
 差別的取扱いを内容とする営業方針の公表等不特定又は多数の者に対して差別的取扱いが行われる明らかなおそれを生じさせる行為(第4、1(2)ア(イ)<2>)や、部落地名総鑑の頒布等差別を助長・誘発するおそれの高い一定の表現行為(同イ<2>)が行われた場合については、差別的取扱い等を受けるおそれのある個人が訴訟によりその排除を求めることが、法律上又は事実上著しく困難であり、又は問題の実質的解決にならないため、訴訟援助の手法が有効に機能しない。そこで、人権救済機関自らが裁判所にその排除を求めるなどして、人権侵害の防止を図っていく仕組みの導入が必要であり、表現の自由の保障に配慮しつつ、我が国の法制上これを可能とする具体的手法を検討すべきである。

3  人権問題についての自由な意見交換のできる環境づくり
 人権侵害の当事者同士による話合いは、任意的な解決を担保するための条件を備える限りにおいて、柔軟で有効な紛争解決の手法である。人権救済機関によるあっせんや調停の手続も、中立公正の立場からこれを促進するものであり、人権救済機関以外の者が話合いの仲立ちをする場合にも、中立性が堅持され、適正な判断基準が維持される必要がある。
 差別行為を行ったとされる者に対する集団による行き過ぎた追及行為の弊害がこれまで指摘され、人権教育・啓発に関する先の答申においても言及したところである。任意性が保障されない追及行為は相当でなく、当事者間の任意の話合いで解決をみないときは、人権救済機関による救済手続を利用することが期待される。人権問題の真の解決を図るためには、人権問題に関して自由な意見交換を行うことができる環境づくりが重要である(人権教育・啓発の在り方に関する先の答申第2、2)。

調査手続・権限の整備

第 6  調査手続・権限の整備
<1>  法務省の人権擁護機関による現行の人権侵犯事件の調査処理制度においては、専ら任意調査により事実関係の解明が図られているが、関係者等から協力が得られない場合は調査に支障を来し、事実関係の解明が困難になる。積極的救済を図るべき人権侵害については、救済手法を実効性あるものとするだけでなく、その前提となる事実関係の解明を的確に行えるようにすべきであり、実効的な調査権限を整備する必要がある。もっとも、人権救済制度の性格上、裁判所の令状を要するような直接的な強制を含む強い調査権限まで認めるべきでないと考える。
<2>  調査権限の内容や実効性担保の程度については、他の裁判外紛争処理制度(ADR)における調査権限の整備状況等も踏まえながら、例えば、過料又は罰金で担保された質問調査権、文書提出命令権、立入調査権など、救済の対象や救済手法の内容との対応関係において真に必要な調査権限の整備を図るべきである。また、人権救済機関の調査に対する公的機関の協力義務を確保する必要がある。
<3>  調査の範囲、対象は、相手方の人権への配慮からも過度に広範であってはならない。行き過ぎた調査により、相手方の内心の問題やプライバシー等に必要以上に踏み込むことにならないよう、十分留意する必要がある。
<4>  マスメディアによる一定の人権侵害に対しては、積極的救済を図るべきである(第4、4(1)イ(イ))が、その場合においても、表現の自由、報道の自由の重要性に配慮し、また、マスメディアがその有する責任にかんがみ、自主規制の取組を進展させることを期待して、任意的な調査によって対処すべきものと考える。その際、人権救済機関としては、調査への協力を真摯に求め、調査過程の公表等を通じて、事実関係の解明や被害者の救済を図るべきである。

人権救済機関の組織体制の整備

第 7  人権救済機関の組織体制の整備
1  人権救済機関の独立性等

     積極的救済を含む救済を行う人権救済機関は、政府からの独立性が不可欠であり、そのような独立性を有する委員会組織とする必要がある(以下、このような人権救済機関を仮に「人権委員会」と呼ぶ。)。
    <1>  人権救済機関は、差別、虐待に係る私人間の様々な紛争に関し、調査権限を行使するなどして人権侵害の有無を認定した上、勧告・公表や訴訟援助を含む手法により被害者救済を図ることや、公権力による同種の人権侵害について同様の積極的救済を図ることに加え、マスメディアによる一定の人権侵害(第4、4(1)イ(イ))についても積極的救済の対象とすることなどに照らすと、これまでの内部部局型の組織の充実・強化による対応には限界があり、政府から独立性を有し、中立公正さが制度的に担保された組織とする必要がある。
 また、広範な人権侵害について様々な判断を求められることなどに照らすと、合議制の機関が相当であり、上記の点も併せると、人権救済機関は、独立性のある委員会組織とすべきである。
    <2>  委員会の業務を十分に支え得る事務局を整備する必要がある。後記(第7、6)のとおり、人権委員会は、人権救済とともに、人権啓発をも所掌すべきであることから、その設置に向けては、現在これらを主要な所掌事務としている法務省人権擁護局の改組も視野に入れて、体制の整備を図るべきである。

2  人権委員会の全国的な組織体制の在り方
     人権委員会については、全国各地で生起する人権侵害事案に対して実効的な救済を可能とする組織体制を構築する必要があり、そのためには、法務局・地方法務局の人権擁護部門を改組することなどにより、人権侵害事案の調査や調停、仲裁等に当たる委員会事務局の地方における組織体制の整備を図る必要がある。
    <1>  意思決定機関としての委員会は、事務局の行う調査に基づいて勧告・公表や一定の訴訟援助等についての決定を行うものとし、委員会を支える事務局は、相談業務のほか、事案の処理に関して委員会を補佐するため、申立事案の調査を行い、その結果を委員会に報告し、また必要に応じて、調停、仲裁を行うなどの役割を担うものとすべきである。なお、事案によっては、委員会又はその構成員が自ら調査等を行うことも視野に入れた仕組みとする必要がある。
    <2>  上記の事務分担の下で、日々各地で生起する人権侵害事案に適切に対処するためには、法務局・地方法務局の人権擁護部門を改組することにより、委員会事務局の地方における組織を充実・整備するとともに、専門性を有する職員や人権擁護委員の確保により、その体制整備を図る必要がある。また、調停や仲裁の手続に関しては、各地において、法律専門家、学識経験者、一般有識者等の参加を得て、利用者に信頼される体制の整備を図ることが肝要である。なお、事務局の地方組織と委員会の間の迅速な情報伝達を可能とする仕組みの導入も必要である。

3  人権擁護委員が人権救済に果たすべき役割
     人権擁護委員は、今後も積極的に相談業務に関与するほか、当該市区町村や他の民間ボランティア、被害を受けやすい人々等との日常的な接触を通じて、人権侵害の早期発見に寄与するなどの役割を果たすとともに、さらに、その適性に応じて、あっせん、調停、仲裁にも積極的な参加を行うなど、積極的救済にも寄与すべきものとして位置付けるべきである。
    <1>  全国の市区町村に配置された人権擁護委員は、最も身近な相談窓口であり、その専門性の涵養等を通じて相談の質的向上に努めるとともに、当該市区町村や民生委員等の民間ボランティア、さらには、被害を受けやすい人々等との日常的な接触を通じて、様々な人権侵害の早期発見に努め、人権救済においてアンテナ機能を担うことが期待される。
    <2>  人権救済には、一定の専門的知識、経験、素養等が必要であるが、人権擁護委員にも、その適性に応じて、あっせん、調停、仲裁やその調査手続への積極的な参加を求め、調停等に関する体制の充実を図るべきである。

4  人権委員会の人的構成に関する留意点
     人権委員会の委員の構成に当たっては、人権問題を扱うにふさわしい個人的資質を有する委員を確保すべきはもちろんのこと、その選任には、透明性が確保され、かつ、国民の多様な意見が反映される方法を採用すべきであり、また、実際の調査や審査事務を担当する事務局職員を質・量ともに充実する必要がある。人権救済に関与する人権擁護委員にも、専門性が必要である。
    <1>  人権委員会の委員に関しては、中立公正で人権問題を扱うにふさわしい人格識見を備えた者を選任すべきは当然であるが、その選任については、透明性を確保するとともに、国会の同意を要件とするなど国民の多様な意見が反映される方法を採用し、委員の選任過程に関する政府の説明責任を尽くすべきである。また、ジェンダーバランスにも配慮する必要がある。
    <2>  人権侵害事案の調査や調停、勧告等の事務に携わる事務局職員にも、法的な知識、素養や各種の人権問題に対する理解を含む専門性が求められる。人権救済制度が真に実効的なものとなるか否かは、救済措置や調査権限の整備等と並んで、このような専門性を有する職員を質的・量的にいかに確保するかにかかっていると言っても過言でなく、これを可能とするための人事システムや研修の整備に格別の配慮が必要である。
    <3>  人権救済に関与する人権擁護委員にも、これにふさわしい専門性が求められる。人権擁護委員制度については、人権救済や人権啓発において人権擁護委員が果たすべき重要な役割に照らし、適任者確保の観点から、この答申後に、本審議会において引き続き検討を行うこととする。

5  救済にかかわる他の機関・団体との連携の在り方
     人権救済は、もとより人権委員会の活動のみによって図られるものではなく、救済にかかわる各種機関・団体等が連携協力し、それぞれの能力・資源を最大限に活用することによって初めて実効的な救済が可能となるものであることから、人権委員会は、様々な分野において各種の救済にかかわる取組を実施している国、地方公共団体、民間の関係機関・団体等との間で、緊密な連携協力関係を構築していく必要がある。
(1)  国
     人権委員会は、それぞれの分野において被害者の救済にかかわっている国の機関との間で、適正な役割分担の下に連携協力関係を築いていく必要がある。
(2)   地方公共団体
      <1>  市町村や都道府県においては、各種の相談事業が展開されているが、身近な相談体制の整備の観点からも、人権委員会は、地方公共団体の相談窓口と連携協力し、救済すべき事案を適切に人権救済の手続に乗せていく必要がある。
      <2>  都道府県においては、児童相談所や婦人相談所による取組を始め、人権侵害の被害者の保護等にかかわる各種の施策が実施されているが、実効的な救済を図るためには、人権委員会は、特に被害者の保護の面を中心に、これら施策を実施する機関との間で連携協力関係を深めていく必要がある。また、虐待事案等における警察の役割は重要であり、警察とも連携協力していく必要がある。
      <3>  地方公共団体においては、そのほか、人権救済にかかわる様々な独自の取組もみられるところであり、人権委員会としては、それらの取組にも十分配慮しつつ、地方公共団体と連携協力していく必要がある。

(3)  民間
     広く人権擁護の活動を行っている日本弁護士連合会、各弁護士会や、様々な分野で被害者の救済に取り組んでいる民間団体等との間においても、適正な連携協力関係を構築していく必要がある。

6  人権委員会が他に所掌すべき事務
     人権委員会は、人権救済とともに、人権啓発、政府への助言等の事務を所掌すべきであり、そのための組織体制も併せて整備する必要がある。
    <1>  第1で述べたとおり、人権尊重の理念を普及高揚し、人権侵害の発生を未然に防止する一般的な人権啓発と、個別の人権侵害に関して被害者を救済する人権救済は、人権擁護行政における車の両輪であり、人権尊重社会の実現のためには、両者を総合的かつ有機的に進めていくことが肝要である。いわゆるパリ原則や国連人権センター作成のハンドブック(注3、注4参照)も、両者を国内人権機構の重要な任務と位置付けているところである。したがって、人権委員会は、人権啓発も併せて所掌すべきであるとともに、人権委員会の組織体制の整備に当たっては、先の答申で提言した人権啓発に関する施策の実施を含め、人権啓発の総合的かつ効果的な推進が可能となるよう特段の配慮が必要である。
    <2>  人権委員会が救済や啓発に係る活動の過程で得た経験・成果を政府への助言を通じて政策に反映させていくことも有用であり、政府への助言は上記パリ原則等においても国内人権機構の重要な任務と位置付けられている。したがって、人権委員会は、この機能をも併せ持つべきであり、さらに、人権白書の作成と国会への提出、国連や諸外国の国内人権機構との協力等もその任務とすべきである。

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