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政府・与党が3月15日に閣議決定をおこない、今国会での提案・成立を予定していた「人権侵害救済に関する法律」(政府案では「人権擁護法案」)の取り扱いが、混沌とした状況になってきている。
与党は、3月9日に公明党が「人権擁護法案」を了承したのにつづき、自民党が10日に了承して与党手続を終え、閣議決定をおこなう段取りであった。しかし、自民党の人権問題等調査会(吉賀誠・座長)と法務部会(平沢勝栄・部会長)の合同会議で異変が起こった。この合同会議で政府・法務省が提示した「法案」にたいして「人権侵害の定義の明確化」や「人権委員会委員・人権擁護委員の選考基準に国籍条項を設定すべきだとの異論があいつぎ、了承されずに、継続討議ということになったのである。
その後、15日、18日と合同会議がもたれたが、議論は平行線をたどり結論はもち越され、「合同会議は継続し、与党懇にも議論を投げかけ、できるだけ早い時期に合同会議を再開」するということが確認された。
3月23日には与党懇がひらかれ、自民党内での国籍条項問題を中心とした議論が報告され、与党懇としての意見調整がおこなわれた。公明党は国籍条項の問題は認められないとしたうえで、与党懇としては「古賀座長に意見調整を一任し、今国会での法案成立をめざす」ことを確認したといわれている。
しかし、「法案」取り扱いに関しての具体的な見通しは、いぜんとして不透明なままである。今国会での成立をめざした「人権侵害救済に関する法律」制定は、きわめて厳しい状況に直面している。
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自民党合同部会での議論は、従来の議論からすると、まさに「異変」であった。われわれ自身も、人権委員会の所轄問題をはじめとする独立性や、実効性を担保する地方人権委員会設置、メディア規制条項の全面削除や確認・糾弾についての法務省通達(1989年)の廃棄などに関して議論が集中するものと予測していた。したがって、3月7日からの国会常駐行動でもそれらの論点を中心にして、政党・国会議員への要請行動を展開してきていたのである。
自民党合同部会での「異変」を創り出した新たな争点を検証しておく必要がある。
第1の争点は、「人権侵害の定義の明確化」の問題である。この点については、われわれも以前から「人権委員会の判断の恣意性」を排除するために指摘してきたところである。すでに、「人権侵害救済法案要綱」で、「人権の定義」、「人権侵害の定義」、「不当な差別の定義」、「人種等の定義」を明示してきたことは周知のとおりである。その意味では、これらの定義を国会審議の中で明確にしていくことは重要であり、可能であるならば法案提出の最初から曖昧さを廃して明確にしておく必要があると考えている。
第2の争点は、「人権委員会委員・人権擁護委員の選考基準に国籍条項を設定」すべきだという問題である。われわれは、人権が国籍の如何にかかわらず、すべての人に認められているという観点から、国籍条項に固執する必要はないと考える。しかも、人権委員会の委員の選出にあたっては、「両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する」ということになっており、不適当な人が選出されるかもしれないという議論は、両議院と内閣総理大臣にたいする「予めの不信任」を意味するものである。また、人権擁護委員にいたっては、権力的な権限は一切もっていないことは一目瞭然であり、むしろ歴史的・社会的な事由や国際化の状況を考えた時に、定住外国人たちのなかから選出される人権擁護委員がいることは共生社会実現のためにもきわめて有益であり、国籍条項などを設ける必要性は微塵もない。2000年12月の人権擁護推進審議会の第2次答申である「人権擁護委員制度の改革について」も、同様の観点から国籍条項の撤廃を指摘してきたところであり、国際人権潮流や日本の人権発展の歴史への逆流は断じて許されないものである。
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これらの争点は、「人権侵害救済に関する法律」の制先に向けての建設的な論議として大いに議論し深めながら発展させていけばいいものである。
しかし、問題は、これらの議論が、部落解放運動や女性運動などの人権NGO団体を「特定の団体」として排除したり、韓国・北朝鮮・中国などからの定住外国人を排斥しようとする国権主義的な民族排外主義の主張と抱き合わせでなされていることである。これは、憲法や教育基本法の改悪策動と軌を一にする議論である。
部落解放同盟は、先の全国大会で、『部落解放運動にとっての歴史的な「節目の年」は、日本社会全体にとっても大きな分水嶺にさしかかってきている』との時代認識のもとに、「平和と人権」を軸にした熾烈なせめぎ合いの闘いが必要であり、すでに国権主義的な差別勢力が公然と台頭して、部落解放運動や人権運動にたいする露骨な攻撃が開始されている事態への警戒と反撃を喚起してきた。
この状況が、「人権侵害救済法」制定をめぐる闘いのなかで、具体的に噴出してきていると捉えておく必要がある。とりわけ、3月11日からの産経新開の「正論」欄での「人権擁護法案」にかかわる悪意と捏造に満ちた一連の反「人権擁護法案」キャンペーンは、そのことを端的に示している。これらの論調に符合するように、インターネット上ではおびただしい数の露骨な差別排外主義的な書き込みがなされており、国権主義的な差別勢力が公然と組織的に台頭してきていることを物語っている。
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われわれは、自民党内およびその周辺で生じている議論の本質をしっかりと見極めながら、今国会での人権侵害救済に関する法律の制定を実現するために、全力を傾注しなければならない。現時点でのわれわれの闘いの方向はつぎのとおりである。
第1に、「人権」・「人権侵害」などの定義を明確にして、法案内容に相応しい的確な法律名称にすること。
第2に、創設される「人権委員会」の独立性を確保するために、法務省所管ではなく内閣府に移管させること。
第3に、人権委員会委員や人権擁護委員の選考基準に国籍条項は必要なく、多元性やジェンダーバランスに配慮し、人権・差別問題に精通した人材を選出すること。
第4に、「人権委員会」の実効性を確保するために、日常生活圏域である都道府県ごとに「地方人権委員会」を暫時的に設置すること。
第5に、メディア規制条項を削除し、メディアの自主規制を求めるとともに、人権NGOの正当な活動(確認・糾弾等)への不当な公権力の妨害や介入を排除すること。
以上の闘いの方向を確認し、厳しい局面打開へのしたたかな闘いを展開し、差別撤廃と人権確立のための重要な政策を政争の具にさせることなく、「展望ある現実的な着地点」をねばり強く模索し、今国会での「人権侵害救済法」の制定を必ずや実現させよう。