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2002年3月に「人権擁護法案」が提案されてから6年目になる。人権侵害救済に関する法律の早期制定は、年年増加する人権侵害の現状をふまえた与野党の合意事項であり、558の自治体議会決議にみられるように社会的世論であり、国際的にも強い勧告と期待が寄せられている。それにもかかわらず、いまだに制定されていない。
あまつさえ昨年9月に発足した安倍政権のもとでは、早期制定に向けた議論さえ封じ込まれている現状である。なぜこのような事態に陥っているのか。
安倍首相の前任である小泉首相は、自民党内の議論の状況をふまえながらも、法律の必要性に言及し「早期に提出できるように努力」することを2度にわたって国会で答弁してきた。これまでの経過からしても、政府として早期提出への努力は、きわめて当然のことである。したがって、当時の杉浦法務大臣のもとに「人権擁護法案検討プロジェクトチーム」が設置され、法案をめぐる論点整理をおこないながら国会再提出への努力がなされてきていたことは周知のとおりである。
しかし、この動きが、安倍政権の誕生と同時に止まってしまっている。この状況に苛立ちをもつ連立与党の一員である公明党は、「法案の早期実現」の立場から、1月31日には参議院代表質問で草川議員が安倍首相の姿勢を質したが、「憤重なうえにも憤重な検討をおこなうことが肝要」と答弁するにとどまった。この答弁に不満を抱いた公明党は、翌2月1日に衆議院予算委員会で再び斉藤議員が質問をしたが、安倍首相は「あるべき姿について真撃な検討」との答弁を繰り返したのみである。2月21日には、衆議院法務委員会で、民主党の平岡議員が「議論は尽くされていて、最後は政治決断の問題」だと長勢法務大臣に迫ったが、「今後も真摯に検討」と安倍首相の答弁をオウム返ししたにすぎない。
私たちは、この安倍首相の姿勢から「人権侵害救済法」の早期制定はきわめて厳しい状況におかれていると判断せざるを得ない。何よりも、国会で「真撃に検討」との答弁をおこなっているが、安倍首相は「検討」すべき機関である自民党の人権問題等調査会を立ち上げることなく、与党人権問題懇話会すらひらけない状況にしているのである。ましてや、長勢法務大臣のもとでは「検討プロジエクトチーム」すら完全に活動停止状態になっている。安倍首相はどこで「真聾な検討」をおこなうというのであろうか。
これは、政府から閣法として「人権擁護法案」が提出され、与野党が長い時間議論を積み重ねてきた経過と小泉首相の「早期提出」の国会確約を反故にする許されざる事態であり、安倍首相が政治責任・政府責任・国際責務を蹂躙するものである。
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問題は、人権侵害救済法に関してなぜこのような事態が生じているのかということである。結論からいうと、個別の人権侵害救済法にたいする問題というよりは、安倍首相の「美しい国」路線にかかわる政治姿勢から導き出されているということだ。
私たちは、2005年3月に「人権擁護法案」をめぐって自民党内が紛糾した時に、反対派の論拠が「人権擁護委員の国籍条項」論議に象徴されるように国権主義・民族排外主義・反人権主義的な危険性をもっていることを指摘してきた。この反対派の中心になっていたのが安倍首相であり、首相に就任するとともに「美しい国」路線を打ち出してきた。
安倍首相の「美しい国」路線の本質は、好戦的国権主義・市場原理主義・家父長的復古主義である。戦略として、任期中に「戦争ができる国」へと憲法改悪を策動し、その前段として改悪「教育基本法」を十分な論議もなく強行採決し、市場原理の競争主義のもと弱肉強食による格差拡大を事実上放置し、伝統的美風の名のもとに修身的家父長制の価値観を再び社会に根づかせようとしている。
この安倍政権の危険な体質が、柳澤厚労大臣の女性の全人格を否定する「女性は子どもを産む機械」発言になったり、伊吹文科大臣の人権への嫌悪感を露呈させる「人権メタボリック症候群」発言として表出している。さらに、戸籍法改正にともなう「離婚300日問題」や長勢法務大臣のもとでの2回6人におよぶ「死刑執行」の実施、「共謀罪」創設への刑法改悪策動、憲法改正手続きである国民投票法案の強行採決などとしてつぎつぎと仕掛けられているのである。
安倍政権の「美しい国」路線は、つまるところ、人権と平和を敵視する政治路線であり、人権侵害救済法への否定的な姿勢もこの路線の一環として打ち出されていると見ておかなければならない。
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それゆえに、現時点での人権侵害救済法制定のとりくみは、危険な政治動向にたいする具体的で強力な歯止め(抑止力)の役割を担ってきている。人権・平和・環境を軸とした戦後の社会的価値や規範を守り抜き発展させていく重要なとりくみの一翼である性格を帯びてきているといっても過言ではない。そして、何よりも人権侵害救済法の早期制定は、日日差別・人権侵害で苦しんでいる多くの人たちにとっての切実な要求であるということが重要な現実である。
私たちは、人権侵害救済法の制定がきわめて困難な状況におかれていることを率直に認識している。しかし、だからといって手をこまねいて座視しているわけにはいかない。人権侵害救済法制定自体の意義はもちろんのこと、このとりくみが現在の日本の人権と平和を守り発展させることができるかどうかが問われている抜き差しならない課題だからである。
私たちは、このような現状認識に立って、5月22日に「部落解放・人権政策確立要求/2007年度第1次中央集会」を東京・憲政記念館で開催する。人権と平和を蹂躙しようとする巨大与党の安倍政権下にあっても、人権侵害救済法の制定と国内人権機関の創設をねぼり強く求めていくことを通じて、人権と平和の大切さを改めて内外に意思表示する重要なとりくみとなる。万難を排して中央集会に結集しよう。
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