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いま、部落解放運動は戦後最大の危機的状況のもとにおかれている。今年3月にひらいた第64回全国大会は、危機の核心を自己切開し、運動と組織の再生への道を真剣に議論し、「危機的状況における部落解放運動再生への道」を基調とする運動方針を決定した。
そこでは、第3期運動論の歴史的検証を通じて「1 部落解放運動は何をめざそうとしているのか」を明らかにし、「2 一連の不祥事が意味するものは何か」ということで運動と組織の体質化された問題を「特措法時代33年間」の総括を中心にして挟り出し、「3 「組織総点検・改革」運動の意義と見えてきた課題」で、今なおかかえる今日的な問題解決にあたり捨てる勇気からの再生を提起し、創りなおす気概からの再生として「4 部落解放運動再生への課題と展望」を提示した。
私たちは、全国大会方針をうけて、現時点での部落解放運動の最重要課題として、社会的信頼の回復と運動再生に向けた組織総点検・改革運動の継続を全都府県連・支部と同盟員一人ひとりに訴えてきた。部落解放運動の危機的状況の打開に向けた改革は前進してきているのかどうか。この視点から今年のとりくみを振り返ってみることにする。
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第1に、日本社会が差別を拡大・助長する危険な状況を呈してきていることに大きな警戒心をもたなければならない。小泉・安倍内周ですすめられてきた規制緩和、市場原理主義は、戦後の社会規範である平等の原則を無視して、日本社会をかつてない格差拡大社会に陥れ、大きな社会不安を生み出してきた。競争主義による社会不安は、必ず差別を助長し社会分裂をもたらす。
最近の陰湿・悪質な差別事件の横行は、そのことを物語っている。東京、福岡などの大量差別ハガキ投書事件、兵庫、大阪、愛知、三重などの行政書士などによる大量戸籍謄本等不正取得事件、愛知、東京などインターネット上のおびただしい差別動画・差別書き込み事件、さらに「電子版・部落地名総鑑」差別事件など枚挙に暇がなくなっている。
とりわけ、過去最高の生活保護受給者や就労人口の3割をこえる非正規労働者に代表される不安定雇用の状況は、統一応募用紙を形骸化させ、採用時での巧妙で差別的な身元調査事例が急増している。この憂慮すべき事態にたいして、改めて就職差別撤廃へのとりくみを本格化させることが求められている。差別事件の横行にたいして、断固とした糾弾闘争を社会性・説得性・公開性の原則にもとづきながら強化していくことが重要である。
第2に、差別・人権侵害の横行という状況のもとで、その被害者を救済し差別を禁止する「人権侵害救済法」の制定が急務になっていることである。安倍政権時代には完全に黙殺されてきた法案が、私たちのねぼり強い法制定へのとりくみの持続で、福田政権のもとで法案再提出への動きをつくり出したことは、評価できる前進である。日弁連や人権市民会議などの国内人権機関創出の提言などと連携し、市民立法活動として来年早そうの一日も早い法制定を実現させることである。そのためには、政局がらみの国会情勢の分析を的確におこない、したたかな戟術を駆使した緊張あるとりくみが必要である。日本の危険な政治・経済・社会状況と対峠して人権の法制度を確立していく重要なとりくみである。
第3に、部落解放への条件整備のためには、政治の力が大きく作用することを、いまさらながらに痛感したことである。4月の統一自治体選挙では、部落解放運動への未曾有の逆風のなかで組織内候補69人、推薦候補159人の当選を勝ちとることができ、部落解放運動の底力を発揮したといえる。さらに、7月の参議院選挙闘争では、民主党・社民党の候補者を中心に推薦をおこない、与野党逆転への一翼を担った。この政治転換が危険な政局に一定の歯止めをかけ、「人権侵害救済法」制定への有利な状況をつくり出していることは衆知のとおり。この政治状況を部落解放・人権政策実現へのより確かなものにしていくためには、来年早そうに予想される衆議院解散・総選挙を必死で闘い、松本龍副委員長(福岡1区)の7選必勝を実現することが重要である。
第4に、狭山第3次再審闘争のとりくみである。狭山事件の公正な裁判-事実調べ・再審開始を求める100万人署名は、短期間で目標を達成し、全国18か所で報告集会がひらかれ、着実に市民活動的なひろがりをつくり出してきている。同時に、狭山事件などえん罪の温床となっている密室での取り調べにたいする「可視化」を司法の民主化の重要な一現として求めてきたが、12月4日に刑事訴訟法改正案(可視化法案)が松岡参議院議員(中央書記長)などを中心にして民主党から国会に提出された意義は大きい。今後の審議経緯を注意深く見守っていく必要がある。
第5に、特筆すべきとりくみにふれておく必要がある。一つには、田中県政のもとで苦しんできた長野県連の仲間が一丸となって、長野全研を見事に成功させたことである。同時に、全国解放保育研究集会などを含め今後の全国諸集会のあり方について、早急に新たな情勢に対応できる有効かつ適切な方向性を打ち出すことが急務であり、早急な結論づけのための検討作業が必要である。
二つには、人権の核心は生存権と人間の尊厳であるとの観点から15回目の中央福祉学校がひらかれ、今年から新たに「人権のまちづくり実践講座」や「全国交流集会」が開催された。今後の地域からの部落解放運動再生の重要なとりくみとして位置づけられている「人権のまちづくり」運動で、福祉・教育・就労・環境分野などからのとりくみを戦略的にどのように体系化し、整合性をもつとりくみとしていくかの検討が必要になってきている。
三つには、女性部活動が堅実に広がりと深まりをつくりはじめていることである。部落・在日コリアン・アイヌの女性たちがみずからの手で実態調査をおこない、マイノリティ女性の視点からの課題提起と差別撤廃への協働行動を起こし、東京や札幌で集会を開催したり、独自の政府交渉を実施してきている。さらに、これらの実践をふまえて、複合差別の視点から「男女平等社会実現基本方針」の改定作業にも着手していることは、大いに注目すべきとりくみである。
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この1年間を振り返ってみると実に多彩なとりくみが各地で展開され着実な成果をあげているが、組織総点検・改革がどこまで前進しているのかが最大の課題である。
8月の下旬から12月にかけて、都府県連別支部活動者会議をひらいてきた。ここでは、「危機状況への認識度」「時代変化への適切な対応」「新しい運動創出への課題発見」という観点から意見を交換した。概括として「特措法失効」「一連の不祥事」という事態にたいする危機意識は都府県連段階では浸透しているが、まだ全支部段階にいたるまでの徹底したとりくみになりきれていないというのが率直な状況であり、今後とも数年にわたる継続的なとりくみが必要である。
12月12日には、「部落解放運動への提言」が上田正昭・座長(京都大学名誉教授)から組坂委員長に手交された。身を切られるような鋭い指摘とともに部落解放同盟への熱い期待が込められた貴重な提言となっている。すでに、第64回全国大会の運動方針で分析した問題と重なる部分があり、とりくみに着手している課題もあるが、私たちはこの「提言」と真正面から向き合い、みずからの主体的責任で血肉化していく実践課題をくみ取っていかなければならない。全同盟員が「提言」について総学習をおこない、みずからの足もとからの運動と組織および解放の主体である人間のありようについての点検・改革にいかしていかなければならない。
とりくみ課題は山積している。改革への躊蹄のない前進と持続可能なとりくみ方針を来年3月の第65回全国大会で議論し、部落解放運動再生への揺るぎない方向性を確立していくことが問われている。