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戦前のプロレタリア文学の代表作の一つである『蟹工船』(小林多喜二/1929年発表)が、いま若い世代を中心に大きなブームになって多くの人に読まれているようである。戦前の北海の漁場でのカニ漁や加工作業の想像を絶する過酷な労働と凄まじい搾取にたいして、団結して闘いを挑んだ人間の姿を措いた作品である。
日本共産党員であった小林多喜二が、1933年に東京・築地警察署で拷問死させられて75年目にあたる。それを偲んでさまざまなイベントがもよおされているが、『蟹工船』の文庫本が増刷につぐ増刷という状況だという。
なぜ、このような状況が起こっているのだろうか。まざれもなく、今日の若者がおかれている過酷な労働と搾取の状況が、『蟹工船』が措いた戦前の、人間を人間とも思わない奴隷労働の状況にたいする強い怒りの共感をよび、状況改善のために団結して闘う働く人たちの、力強い姿に明日を見出して共鳴しているのである。
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今日の日本社会の特徴をあらわす言葉は、「格差拡大社会」である。大企業やIT関連業界を中心とした一部の富裕層の対極に、多くの貧困層が存在している。それは、総就労人口の33割をこえる1700万人以上の非正規労働者の存在であり、年収200万円未満のワーキングプア(働く貧困層)が1000万人を突破し、生活保護世帯は107万件と過去最高値を数えるにいたっている。さらに、長年頑張って働いてきたにもかかわらず、75歳以上の高齢者は、年金・医療制度の改悪が大きな経済的負担となって、生きることすら圧迫・拒絶されてきている。
格差拡大社会とは、非正規労働者を雇用の安全弁として使い捨てる利潤追求構造が生み出したものである。この構造を法制度的に担保したのが労働者派遣法を中心とする労働関係法である。
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しかし、「非正規労働者」とは何なのか。派遣・パート・フリーターなどさまざまな形態でいわれる無権利で不安定な雇用状態の非正規労働者とは、私たちが従来から部落問題を特徴づけていってきた「臨時工・社外工」問題にほかならない。
戦後の高度経済成長のもとで1980年代には「1億総中流化」という幻想が振りまかれたが、バブル経済崩壊後の経済不況のもとで、小泉内閣が登場し「聖域なき構造改革」を標榜しながら市場原理と個人責任論にもとづく経済路線を強行した。
経済成長を担ってきた中高年層の大量解雇による経営立て直し、リストラの穴埋めとしての若年層・女性層の派遣労働者化・非正規労働者化の推進、それを雇潤の安全弁として機能させながら利潤追求構造を創り出し、格差社会を生み出したのである。
格差は、貧富格差のみならず地域格差や階層格差などとしてあらわれ、日本社会を二極化・分裂化させており、大きな社会不安を生じさせている。
私たちは、この格差社会こそが、日本社会での巧妙な現代的差別構造の温存と再編であるという視点から見ておかなければならない。それほとりもなおきず、部落差別が拡大・再生産され、さまざまな差別が強化される構造である。現実にここ数年来、陰湿で巧妙な差別事件が増加していることがその証左である。
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私たちの先達は、「貧乏もまた差別なり」と喝破して、貧困問題の裏に潜む差別の論理を明らかにし、貧乏と差別が不可分の関係であることを指摘してきた。今また、「格差」問題を差別の問題に引き寄せて分析し、解放理論として練りあげ、反貧困・反差別のとりくみを重要な柱にしていくことが部落解放運動に求められている。
私たちは、先の第65回全国大会で、この反貧困・反差別の闘いの指針として「社会的セーフティネット構想」(第1次案)を打ち出してきた。「人間の尊厳」を担保する生存権を根底に見据えながら、生活保護制度、年金医療制度、最低賃金制度のあり方について、反貧困の具体的指標として提示したものである。この構想に、教育権の問題を絡めながら、地域の生活現場での反貧困・反差別のとりくみを具体化し、困難を抱える人たちの命と生活を守り抜いてい′くことが急務である。
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部落解放運動は、各地域で格差社会がもたらす問題がどのようにあらわれてきているのかを具体的に把握するために、みずからの力でていねいな調査活動と心のかよう相談活動を強化しなければならない。そのなかで、生活や福祉、住宅環境、仕事の問題、教育文化などの分野を中心に、それぞれの地域ごとの運動課題を発掘して、その活動を部落内外を問わず拡大していき、近隣地域での困難を抱えている人たちの課題を解決していくために奮闘していくことが大切である。
戦前の部落委員会活動の教訓を受け継ぎ、現代版の地域での徹底的な「世話役活動」を展開し、反貧困・反差別の視点から、近隣地域の人たちとの協働によって、命と生活を守るとりくみを地道に繰り広げていこう。このとりくみを基盤にして、人権のまちづくり運動を具体化し、部落解放運動の再生・改革を力強くおしすすめよう。
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