「解放新聞」(2008.11.17-2395)
死刑廃止や全証拠開示など
国連の自由権規約委員会が日本政府にたいし、国内人権機関の設立▽司法制度への懸念▽女性差別撤廃▽死刑制度の廃止▽取り調べの全過程の可視化▽全証拠の開示▽代用監獄システムの廃止▽日本軍「慰安婦」への法的責任と謝罪と補償、訴追▽人身売買▽政治運動の制限防止▽外国籍住民の無年金問題▽アイヌ民族と琉球民族を先住民と認め権利保障などで10月30日、勧告をおこなった。
この勧告をうけ、アムネスティ・インターナショナル日本が10月31日午後、参議院議員会館で合同記者会見をひらいた。ジュネーブでの審議を傍聴したNGOなどが参加、反差別国際運動日本委員会からも、マイノリティに関する部分について小笠原純恵さんが報告した。
小笠原さんは、石川さんが証拠開示の問題でロビーイングにとりくんだことを報告するとともに、98年に勧告された部落差別禁止法制定が、今回、盛りこまれなかったことは問題だと指摘。しかし、過去の勧告も今回の勧告と同様に有効とするべきと明記されていることから、政府はこれを重く受け止めるべきだと訴えた。
社民党から福島みずほ・党首がかけつけ、「監獄法の改正など、国連の勧告をもとに実現したものもある。今後、テーマごとにていねいに政府と交渉をしていく」と決意を示した。
つづいて勧告の各項目について日弁連、監獄人権センター、女たちの戦争と平和資料館などが、それぞれの立場から説明した。
国連自由権規約委員会―ジュネーブ訪問記②
欺まんに満ちた政府報告書
石川一雄さんが出席した国連の自由権規約委員会は、自由権規約を批准した政府が規約を遵守しているかどうかを定期的に審査する機関である。審査をおこなうにあたって事前に政府が報告書を提出し、それにもとづいて審査をおこなうという手順になっている。今回、日本政府は2006年12月に報告書を提出しているが、この報告書がひどい。やってもいないことをならべ立て、いかに日本政府は誠実に自由権規約を守るために努力をしてきたのか、とうとうとのべている。
代用監獄、女性の人権、死刑制度、警察の長期拘留、外国人の人権、刑務所内での虐待、アジアの女性の人身売買、従軍慰安婦、難民問題、児童虐待、在日韓国・朝鮮人やアイヌ民族の権利、そして部落問題。ここではそれを一つひとつ取りあげることはできないので、関心のある人は政府報告書を読んでほしいが、日本政府は国連の規約人権委員会に向かって、いかに熱心に人権にとりくんでいるのか、大風呂敷を広げている。よくまあ、イケシャーシャーとこんなことがいえるものだ。
とくにこの数年、志布志事件や氷見事件などに代表されるように、長期勾留=自白強要というえん罪の温床になっている代用監獄については、「被留置者の人権を保障するため、警察では被留置者の処遇を担当する部門と犯罪の捜査を担当する部門は厳格に分離されている」と開き直っている。
ところで狭山事件の焦点である証拠開示についてはどうか。ご存知のとおり、政府と検察・裁判所は国連の勧告を無視してこの10年のあいだ、まったく証拠開示に応じようとしなかった。ところが日本政府の報告書は、証拠開示についてつぎのようにのべている。
「(これまでも)検察官は、……被告人の防御上合理的に必要と認められる証拠については、これを適正に開示することとしており、また、検察官と弁護人との間で意見が異なる場合には、裁判所で判断されることとなる」。また、2004年5月には「公判前整理手続きを創設し、この手続きにおいて、…被告人が防御の準備を十全に整えることが出来るよう、検察官による証拠開示を拡充することとする刑事訴訟法等の一部を改正」した。
「そもそも証拠開示は保障されてきていたし、法改正によってさらに証拠開示は拡充された」――これが今回の日本政府の報告内容である。なんと厚顔無恥であることか。もっとも政府報告書は、それだけでは現実に証拠を開示していない点を指摘される恐れがあると考えてか、前回の委員会で展開したつぎのような理屈をならべて開示しないみずからを正当化した。すなわち、「証拠開示によって関係者のプライバシーや名誉が害されるとともに、将来の捜査に対する協力が得られなくなる恐れがあるものもあること等の理由により、……弁護側に証拠開示の一般的な権利を認めることは適当でない」と。
部落解放同盟の反論
部落解放同盟は、ただちに反論の意見書を作成して自由権規約委員会に送付した。まず、刑事訴訟法の改訂について、つぎのように反論した。①刑事訴訟法は改正されたけれど、人権委員会が勧告した証拠開示は保障されていない②日本政府は今後原則的に開示するような説明をしているが、開示をするかどうかを判断するのは、いぜんとして検察官であり、義務ではない③証拠開示の命令を裁判所から取り付けるためには、当然、どのような証拠かを特定しなければならないが、証拠リストが弁護側に開示されていないので、どのような証拠を保管しているのか、警察が捜査段階でどのような証拠を収集したのか分からない。改訂された刑事訴訟法ではかえって証拠リストの開示がされにくくなっている。
また、「証拠開示によってプライバシーや名誉が害される」という意見についてもつぎのように反論した。すなわち、個人の名前は墨を塗って伏せるなどの方法で解決できるし、さしあたっては証拠の全部でなくても証拠リストを明らかにするだけでもよい。将来の捜査への協力についても、個人の名前は公表しないなどの措置をとれば、捜査への協力が得られなくなるようなことはない。プライバシー保護や捜査への国民の非協力を理由にして証拠を開示しないことは、公正な裁判を受ける権利の保障をうたった自由権規約第14条3項に違反している。
夜中の電話
証拠開示の実現――。そのために石川さん本人が国連に向かったが、石川一雄さんにとってはもちろん初めての海外旅行だった。早智子さんにとっても、海外旅行は初めてだった。とくに一雄さんについては、仮釈放中の身柄であるので、1回限りの渡航許可の条件付のパスポートになった。そのために、いろいろなアクシデントも発生した。
ちょうど夜の10時ごろだった。そろそろ寝ようと思ってベッドに横になった時にホテルの電話が鳴った。いま時分誰だろうと思って受話器を取ると、さっちゃんからだった。
「何ですか」
「一雄さんが、明日の観光はやめるといっているのだけれど、どうしたらいいか、すぐ部屋に来て欲しい」
国連の委員会が終了した翌日、1日だけ自由な日が出来たので、最後の1日は観光にでかけることにしていた。もう二度と来られないかも知れないし、せっかく初めて海外に来たのだからどこか連れていってあげたい。そんな気持ちから石川さんをさそった。実際、ジュネーブに着いてから4日間というものは、毎日ホテルと国連との往復だけだった。
二人と相談して、もっともポピュラーなモンブラン観光に行くことにした。モンブランというと、日本ではケーキの名前か、喫茶店の名前になっているがヨーロッパアルプス最高峰の山である。ジュネーブからはバスで1時間30分くらい、日本人がもっともよく行く観光地だ。ただし、モンブランはフランスにある山で、国境をこえて行くことになる。ジュネーブはフランスのなかに突き出た半島のような場所で、ジュネーブの周りはほとんどフランスである。言葉もフランス語だし、車で町を15分も走れば北でも南でもすぐフランス領に入ってしまう。そのモンブラン観光のバスを手配したのだが、さっちゃんの電話はそのバス観光を取りやめにしたいというのだ。
急いで部屋に行くと、二人が深刻な顔をして待っていた。
「どうしたの」と聞くと、一雄さんが説明した。
「明日のモンブランはいやな予感がするので、やめようと思う」
「もうバスの切符もとってあるのだけど」
「モンブランに行くには、スイスから国境を越えてフランスに入ることになるよね。だけど、自分のパスポートは『スイス有効』と書いているだけで、ほかの国には行けないことになっている。もし、国境で旅券法違反か何かで引っかかって逮捕されたら戻れなくなってしまう」
彼は続けた。
「刑務所時代の知り合いのなかには、仮釈放で出たけれど、つまらない理由で引っかかって、再収監された奴がいっぱいいる。どうも明日はそうなるような悪い予感がする。私の予感はよくあたるのだ」
さっちゃんも、同じ意見だった。
「一雄さんが心配するのもよく分かる。もしもそうなったら大変やから、やっぱり明日の観光はやめた方がいいと私も思う」
困った話に
困った話になってきた。もうバスの金も振り込んでいて今さら変更はできないし、……。だいいち、観光バスがめっぽう高い。片道90分の道のりで、ロープウエイで山頂を往復するだけで一人2万7千円も取る。昼食付きということだけれど、日本人観光客だと見て、ぼったくりじゃないかと思うような値段である。
「たしかにパスポートには、スイス有効となっているけれど、いまヨーロッパの域内ではほとんどパスポートのチェックはやってない。フランス―スイス間もパスポートをチェックすることはないから、大丈夫だよ、一雄さん」
じっさい、前回もパスポートをチェックされるようなことはなかった。まして観光バスの団体客のチェックはないはずだ。
「だけど万が一逮捕されたら、日本に戻れなくなる」
「俺がそんな危険なところに連れて行くわけがないだろう。大丈夫だよ」
とはいったものの、「絶対大丈夫」とはいい切れない。そんなこんなのやり取りがしばらく続いた。で、結局、かりに国境でチェックがあって、フランスに入国できないときは、引き返すことで落ち着いた。
「パスポートを偽造しているわけではないし、スイスにいること自体は違法ではないのだから、フランスに入るのはダメだといわれれば、戻ってくればいい。それでどうですか。もちろん、その時は俺も一緒に帰ってくるから」
石川さんもようやく納得した。さっちゃんも納得した。さっちゃんは、てっきり「その時は私も一緒に引き返すわ」というのかと思いきや、
「それがいいわ。そうしたら私とスミちゃんだけで行ってくるわ」
あれれ、一緒に帰ってくるのじゃないのかと思ったけれど、さっちゃんはせっかく来たのだから、モンブランを見てみたいという気持ちが強いようだ。それもそうだな。
というしだいで、真夜中にようやく話がまとまった。そして翌朝、一雄さん夫妻とスミちゃんと私の4人は観光バスのターミナルに向かった。 (つづく)
(文.片岡明幸〈中央執行委員〉)
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