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今年の最大の変化は、アメリカで黒人初の大統領が誕生したことである。オバマは、勝利集会の演説で「YES WE CAN」(そうだ! われわれはできる!)と強調した。演壇の周囲が分厚い防弾ガラスに覆われていたことは、アメリカの人種差別主義の危険な根強さを痛感させられるが、来年1月には正式に大統領に着任する。
私たちは、この歴史的な「CHANGE」(変革)を歓迎する。同時に、差別撤廃への苦難の闘いの延長線上に今日があることをあらためてかみしめる。
公然たる人種差別にたいする命がけの非暴力抵抗運動を続けたキング牧師が、黒人と白人が必ず一緒になれるという信念の表明として「ⅠHAVE DREAM」(私には夢がある)という有名な演説をおこなったのは45年前である。その5年後にキング牧師は、39歳の若さで人種差別主義者の兇弾によって暗殺された。
1964年の公民権法の制定や、その後のアファーマティブ・アクション(差別撤廃への積極的是正措置)の実施と、その是非をめぐる逆差別論争などを通じて、ねぼり強い実質的な差別撤廃への道を模索し継続するなかで、オバマの快挙が準備されたことを心に刻んでおく必要がある。そして、アメリカでの人種差別主義との闘いは、今後も重要な課題として存在し続けることは疑う余地のない事実である。
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一方、日本では、格差拡大社会の動向に歯止めがかからず、アメリカに端を発した金融危機による経済不況が、企業倒産や大量の失業者を生み出し未曾有の社会不安を生み出し、差別や人権侵害を拡大させる土壌をつくりだしている。
深まる社会矛盾は、弱い立場の人たちにそのしわ寄せを集中してきている。外国人労働者や非正規労働者を切り捨て、雇用の調整弁として犠牲を強いている。当然のことながら部落にも深刻な雇用不安が生じてきており、生活が困窮化している。
この状況にたいして政治は無策であり、9月に政権を放り出した福田政権に代わって成立した麻生政権は混迷の度合いをいっそう深めている。内閣支持率はすでに20%前半の末期的状況であり、1日も早い解散・総選挙を実施して国民の信を問うべきである。
部落解放運動は、いままさに政治に何を求めるかということを明確にしていかなければならない。私たちは、「戦争ができる国」や「市場原理にもとづく競争主義」の政治経済路線が「凶暴な格差社会」を生み出しているとの認識に立って、これを拒否する。
私たちは、人権・平和・環境を基軸とした政治への転換を求める。私たちは、仕事の確保と雇用の安定を最優先課題として押し出し、生活保護・最低賃金・年金医療制度の充実を基本にした社会的セーフティネットの再構築を求める。男女平等社会の実現やマイノリティをはじめとするあらゆる人びとへの差別・人権侵害の救済を実現する法制度の確立を求める。そのために、地域からの人権のまちづくり運動を自立と協働の姿勢を堅持しながら創り出していくことをめざす。
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だが、部落解放運動をとりまく厳しい条件が存在していることも事実である。2年前に発覚した大阪・京都・奈良での不祥事は、部落解放運動が戦後最大の危機的状況にあることへ激しい警鐘を鳴らした。
みずからの身を切る思いでの組織総点検・改革運動を全国3巡の行動として展開するとともに、外部の第3者委員会を立ち上げ「部落解放運動への提言」を謙虚に受けとめ、本年3月にひらいた第65回全国大会で、「総点検・改革」運動から「再生・改革」運動へと堅実な歩みをすすめるための基調方針を打ち出したことは、周知のところである。この方針がどこまで具体化されてきているのか、この1年間のおもなとりくみを振り返りながら概括しておきたい。
第1に、「部落解放運動再生・改革」のとりくみである。これは、規約改正プロジェクトと中央理論委員会、全国行動の3本柱を中心に展開してきた。
規約改正プロジェクトは、これまで7回の会議がひらかれ、一連の不祥事の教訓をふまえた組織的な再発防止と新たな運動推進のための組織建設のあり方の視点から改正論議を積み上げ、来年の全国大会に第1次の「改正案」を提案する予定である。
中央理論委員会も6回ひらかれ、これまでの解放理論である「3つの命題」の検証を通じて、その継続的発展という形で新たな時代に即応する「新たな解放理論」の創造をかちとるという観点から議論を積み上げると同時に、緊急の課題として部落解放同盟の倫理綱領ともいうべき「行動指針」の第3次案をまとめ、大衆討議をふまえながら来年の全国大会に提案する準備をすすめている。
全国行動では、解散・総選挙などの情勢のもとで厳しい日程ながらも、9月下旬から精力的に行動を展開し、ほぼ全域でとりくみが終了している。今回は、中央役員と新設したブロック別執行協議員との合同オルグという試みで行動した。これまでの全国行動で提起してきた「9つの懸念事項」については、相当突っ込んだ議論が展開され改革への着実な前進を確認できるが、地域ごとの具体的な再生課題の発掘・発見までにはいたっておらず、今後の支部段階での真剣な論議の場を設定していくことが急務である。
第2の課題は、「人権侵害救済法」制定の課題である。安倍政権により黙殺されてきた法案論議は、福田政権のもとで自民党人権問題等調査会が再び立ち上がり、第169通常国会中に16回の会議をひらき、法案とりまとめへの作業をおこなった。しかし、反人権的国権主義・民族排外主義的な反対勢力の存在のために、不十分ながら「太田会長私案」は提示されたものの、現在は休止状態である。
「法」制定に向け現状打開を図るためには、解散・総選挙による新たな政治勢力を形成していくことが不可欠である。大谷暢顕・真宗大谷派門首を新会長とする中央実行委員会新役員体制のもとで、国会請願署名のとりくみを中心にしてねぼり強い法制定への闘いを継続し、人権の法制度の礎を築いていかなければならない。
第3の課題は、狭山第3次再審闘争の課題である。8月13日には弁護団が、「筆跡・目撃証言・犯人の音声の識別(耳撃)証言」に関する新証拠を補充書とともに東京高裁に提出し、事実調べの必要性を訴えてきた。また、山形県での狭山事件の再審を求める市民集会が9月にひらかれるなど、着実に市民運動がすそ野を広げてきている。
1月には国連・自由権規約委員会による日本政府報告書の審査にあたって、石川一雄さん本人が委員との意見交換で無実を訴え、大きな反響をよんだ。委員会は、10月29日に最終見解をとりまとめ、刑事手続きや証拠開示、死刑廃止などに関する日本政府への勧告をおこなっている。引き続き、石川さん本人の地道な無実への訴えを基本に、第3次再審実現への幅広い世論形成をおこなうと同時に、司法の民主化や反えん罪のネットワークを拡大することである。
第4の課題は、差別糾弾闘争の課題である。最近の特徴は、顔が見えない陰湿で巧妙な差別事件が急増していることである。この背景には、政治の反動化や経済不況のもとで社会不安が増大しているという状況がある。とりわけ、インターネット上の差別書き込みはエスカレートしており、グーグル社のストリートビューは「部落地名総鑑・映像版」として差別的に悪用される危険性が出てきており、早急な対応が求められている。
また、経済不況のもとで、採用選考での公正違反事例が急増していることをふまえ、就職差別撤廃への闘いを再強化する必要がある。
第5の課題は、人権のまちづくり運動の課題である。今後の新たな部落解放運動の戦略的課題として、2003年の第60回全国大会で「人権のまちづくり運動基本方針」を提示し各地域での特性を活かしたとりくみをよぴかけてきたが、ここ数年で具体的な模索と実践が根づきはじめてきている。
昨年に引き続き、第2回目の「まちづくり実践講座」を7月に開催してきた。11月には、「まちづくり全国経験交流集会」をひらく予定であったが、総選挙との関係で延期されており、来年の早い時期にひらく予定である。部落解放運動の再生をかちとっていくためにも最重要課題であり、1日も早く各地域での「人権のまちづくり」運動の定着化を図ることである。
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2008年のおもなとりくみ課題を中心に概括してきたが、今日の厳しい社会情勢のもとで、部落解放運動の社会的役割にたいして大きな期待が寄せられているにもかかわらず、みずからの組織的事情のために大胆に打って出ることができない事態に陥っていることに焦心を覚えるというのが、率直な思いである。
来年こそ、政治の流れを大きく変える解散・総選挙で松本龍副委員長の7選と全推薦候補の必勝をかちとり、政権交代を実現するともに、地域からの人権のまちづくり運動の具体的な実践を通じて、部落解放運動の1日も早い再生を現実のものとしていきたい。