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民主党マニフェストの目玉政策である「高校授業料実質無償化」が、この4月からはじまった。
小泉政権以降の新自由主義的な政策によって家庭間の所得格差が拡大するなか、追い討ちをかけるように世界同時不況が襲いかかり、学校の授業料滞納や、中退を余儀なくされる子どもたちが急激に増加し、社会問題化したことによって、政治的な対応が求められていた。
今回の無償化導入には、こうした背景があったにせよ、自民党政権下で、貧困対策的な授業料減免措置や貸与制奨学金として自己負担に帰すことが長らく続いてきたことを思えば、政府・民主党が「コンクリートから人へ」のスローガンのもと、子どもの成長を社会全体で支えていくことを理念に、国際人権規約A規約13条の留保の撤回をめざそうとする姿勢は、大きな政策転換であり、政権交代の大きな成果である。
憲法の具体化と国際人権基準を政策の明確な指標とする今回の無償化は、まさに私たちが求める人権政策の1つであり、歴史的な政権交代を果たして発足した民主党連立政権が人権政策確立に向けて踏み出した大きな一歩として残していく必要がある。
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しかしである。大いに期待し、歓迎すべきである無償化ではあるが、国際人権基準を満たした人権政策として評価を得るためには、克服しなければならない大きな2つの課題を残したままの見切り発車となった。
1つは、支給の対象となる学校の範囲を、学校教育法上の学校に制限したことである。そのために不登校などさまざまな事情により学校にかよえなくなった子どもたちの受け皿となっているフリースクールは支援の対象から外されているが、「社会全体で支えていく」とする理念に照らした今後の対応を求めたい。
また、ここで改めて説明する必要もないと思うが、いわゆる「拉致問題」を引き合いにして、朝鮮学校を無償化の対象から「除外」しようとしていることである。これは新制度が射程とする国際人権規約A規約13条が「すべての者」と規定していることに逸脱するのみならず、子どもに関するすべての措置に関して、子どもの最善の利益の考慮を求めた「子どもの権利条約」、そして無差別原則の遵守も求める人種差別撤廃条約など、国際人権諸条約に明確に違反するものであり差別である。先頃ひらかれた、国連・人種差別撤廃委員会でも、各委員から懸念が示され、厳しい勧告を受けている。
もはや、この問題は日本国内の教育費の問題という領域をこえて、国際社会で日本社会の人権感覚が問われる事態に発展している。
すでに、この間の政府の対応のまずさが、一部集団による暴力行為に顕著なように、在日韓国・朝鮮人に対するヘイトクライム(人種差別などにもとづく暴力犯罪)を生み出している。私たちは、この間の政府の姿勢や判断に大きな失望を禁じえないし、断固として許すことができない。
政府は、結論を先送りし、有識者による検討に判断を委ねるとしているが、国際的にも、歴史的にも差別政策として汚点を残さないために良識ある判断を強く望むものである。
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2つめは、新制度は授業料のみが対象となり、それ以外の学校徴収金は支援の対象とはならないという根本的な問題だ。公立高校授業料相当金額を標準額と定め、公立は「不徴収」、私立は「支援金」支給とすることで「実質的な無償化」を図ろうとするものであり、学校の授業料徴収を規定した学校教育法第6条の改正による「無償化」ではないことである。つまり、法律上は、高校授業料は有償のままであり、「完全無償化」に向けた過渡的措置にすぎないのである。
しかも、政策実現の過程で財政上の制約を受けたために、私立・低所得世帯を対象とする上乗せ支給の範囲を縮小したり、授業料以外を補填するための給付制奨学金の創設が見送られるなど、予算要求当初の制度設計からは大きく後退したために、低所得世帯支援や公私聞負担の格差解消という面で大きな課題を残している。
また、新たな「都道府県格差」の問題も生じてきている。都道府県は従来から低所得世帯を対象に独自の私立高校授業料の減免措置を実施してきている。財政基盤がしっかりした一部の自治体では国の支援金に加えて、独自の減免措置などを継続・拡充することで、私立・低所得世帯の無償化を実現しようとしている。
しかし、多くの自治体は、従来の減免措置部分を国の支援金に置き換えることで、減免措置の範囲を縮小したために、低所得世帯など従来の減免措置の対象とされる家庭は、新制度導入の恩恵をほとんど受けることができないのである。
つまり、都道府県の「財政力格差」が、将来的には子どもたちの「学力格差」に繋がりかねないというゆゆしき事態が生じているのである。
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ともあれ、新しく導入される「高校授業料実質無償化」が掲げた理念や、国際人権基準を指標に政策立案を図ろうとする方向性は高く評価されるべきものである。近年の学校選択性の導入や全国学力テストなど新自由主義的な教育政策からの決別をはかり、教育制度や教育内容など教育全体を適して人権を保障していくことなど、「人権教育のための国連10年」が提唱する人権教育を基盤とした教育政策への転換を求めていく大きな契機となるものである。
まずは、全国各地で、新制度導入にともなう成果と課題など教育実態の掘り起こしをていねいにおこない、国や都道府県がそれぞれ果たすべき役割を明らかにしながら、給付制奨学金の復活など新制度の改善と拡充に向けたとりくみをすすめよう。
そして、時どきの政府の方針や財政事情に左右されない安定的・恒久的に学習権を保障する制度として確固たるものにしていくために、国際人権規約A規約13条の留保の早期撤回、関連する国内法の整備など「完全無償化」実現を求めるとりくみをすすめていこう。
さらに、今回の高校無償化導入にかかわる議論を教育費負担の問題や教育条件の問題に矯小化することなく、今日の日本の学校教育全体のなかで、それぞれの学校・教育機関の位置づけや果たすべき役割、教育内容、教育費負担など、学校教育全般のあり方について、国際人権基準をもとに再構築を迫るような幅広い議論ととりくみを継続していこう。