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2009年12月に東京高裁が東京高検に証拠開示を勧告した8項目の証拠は、いずれも狭山事件の重要な争点、とりわけ自白の信用性にかかわる証拠である。2010年5月13日、東京高検は、このうち5項目にかかわって36点の証拠を開示したが、「殺害現場とされる雑木林の血痕検査にかかわる捜査報告書等一切」 「雑木林を撮影した8ミリフィルム」「未開示の死体写真」については「不見当」として開示していない。
殺害現場が死体発見現場近くの雑木林内であるという石川さんの自白は1963年6月23日に始まり、その後は変転していない。その自白のなかで死体を一時隠したとされた芋穴については、同年7月4日に警察がおこなった実況見分のときにルミノール反応検査がおこなわれ、反応がなかったという鑑識課員の報告書がすでに開示されている。また、自白後から7月4日にいたるまでに、実況見分がおこなわれていることは、当時の新聞報道などからも明らかである。殺害現場は自白の核心部分であり、犯行現場を特定するための捜査がおこなわれたことは明らかである。こうした経緯からすれば、第1現場というべき、殺害現場の血痕検査がおこなわれていないとは考えられない。
また、検察官立ち会いのもとにおこなわれた7月4日の殺害現場の実況見分では雑木林内を8ミリで撮影したと警察の調書に書かれている。このことは翌日の新聞各紙も「ロケさながら」などと報じている。殺害現場を撮影した8ミリフィルムはあったはずであり、ただ「見当たらない」ではすまされない。
弁護団は、8月27日付けで、東京高裁に意見書を提出した。弁護団意見書では、「不見当」とされ開示されなかった「殺害現場における血痕検査報告書等一切」「8ミリフィルム」などについて、見当たらないとする回答だけでは納得できず、どのような書類、どのような捜査関係者を調査して「不見当」としているのかについて、釈明を求めた。また、事件当時、どのような捜査の指示が出されたのかを明らかにする捜査指揮簿、捜査日誌などの開示も求めた。
東京高検は、これらの証拠開示に応じるべきであり、東京高裁は徹底的に真相を解明すべきである。
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また、石川さんの取り調べのときに警察官らが作成した取り調べメモ(手控え)、供述調書案なども証拠開示勧告が出されていたが、5月13日の3者協議では、東京高検は、それらのものは開示せず、取り調べに関して警察官らがのべた調書や報告書と取り調べを録音したテープを開示した。
しかし、弁護団が開示を求めた趣旨は、石川さんの自白が真実かどうかを判断するために、自白にいたる取り調べの状況、自白調書が作られた取り調べの状況について、事実調べをする必要があるからである。東京高裁もまた再審開始の理由を判断するために、これらの証拠の開示が必要と考えたからこそ、開示勧告をおこなったというべきであろう。
検察官が出してきた取り調べ録音テープは、本件の自白後に、取り調べの一部を録音したものである。とうてい取り調べ状況の全体を明らかにしたものとはいえない。石川さんは、1963年5月23日に別件で逮捕され、すぐに女子高校生殺害の取り調べを受けたが、当初一貫して否認している。警察、検察は勾留の期限が近づいた6月17日にいったん保釈し、留置場から出たところで、警察署内で再逮捕し、今度は川越警察署の分室に1人だけ勾留、取り調べをさらに続けている。再逮捕後、弁護士との接見を制限し、6月21日から25日まではまったく接見を禁止している。その間に犯行を認める自白がはじまっているのだ。取り調べでは終始、手錠をかけたままだったという。このような自白の経過を見れば、証拠開示し、調べるべきは、取り調べの一部録音テープではなく、むしろ自白以前の1か月におよぶ取り調べの状況であり、取り調べメモや調書案など自白調書作成前の資料である。
8月27日付け弁護団意見書は、開示された取り調べ録音テープが自白後の一部の取り調べを録音したものであり、取り調べの全体状況を反映したものではないことを指摘したうえで、自白調書が作られる前の取り調べメモや供述調書案などの開示をあらためて求めた。東京高検はこれらの証拠開示をすみやかにおこなうべきである。
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狭山弁護団は、さらに9月8日付けで、自白の前後で犯行現場を特定するためにおこなわれた捜査にかかわる書類や石川さんの着衣の血痕検査にかかわる捜査書類、今回開示された筆跡資料の作成経緯、取り調べ録音テープの作成経緯に関する捜査資料の開示勧告を東京高裁に求める要請書を提出した。
9月13日にひらかれた第4回3者協議では、東京高検の検察官は、弁護団意見書を検討して回答するとしている。東京高検は、開示勧告を受けながら「不見当」とした証拠について、誠実に調査、回答するとともに、関連する証拠の開示をおこなうべきである。また、東京高裁は、東京高検の検察官にたいして、さらに開示を勧告し、十分な説明を求めるべきである。そして、そのうえで、事実調べをおこなうべきである。
弁護団は今回開示された証拠をもとに石川さんの無実を証明する新証拠の作成もすすめている。証拠開示は再審実現に向けた大きなカギである。12月に予定されている次回の3者協議に向けて、徹底した証拠開示と事実調べによる真相解明を求める世論を大きくしていこう。
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9月10日、虚偽有印公文書作成・同行使罪で起訴された厚労省元局長の村木厚子さんに無罪判決が出された。村木さんが偽造に関与したとする元係長の供述調書(検察官が取り調べで作成した自白調書)を取り調べに問題があるとして証拠として採用しなかった。担当検察官が取り調べメモを廃棄していたことも明らかになった。さらに、驚くべきことに、自白にあうように証拠を改ざん、ねつ造していたことまで明らかになった。
検察官、警察官による人権を無視した取り調べ、証拠ねつ造は、これまでのえん罪でもあったのであり、組織的な犯罪というべきである。徹底した真相究明と責任を明らかにすべきであろう。捜査で集められた証拠を検察官が独占し、開示するかどうかも検察官が判断するという制度の問題でもあり、改革していかねばならない。
志布志事件、氷見事件、足利事件とつづいた無罪判決、今回の厚労省文書偽造事件の無罪判決を教訓化し、取り調べの可視化と証拠開示を義務化する法制度を求めていこう。