辻本さんは、「私が見たり聞いたりしたものを集めると、春駒の痕跡は、東は東京、埼玉、群馬、長野、新潟にあり、佐渡(新潟)の春駒は有名。西は京都、大阪の八尾・貝塚、和歌山の湯浅。それから広島・尾道とは交流をした。沖縄にはジュリ馬があり、これは和歌山の春駒に似ている」とのべた。
だが、一口に春駒といっても、「地域によって、かなり違う。(和歌山は)小道具に小さな駒頭の馬を使うが、木を彫った馬で、これは桐の木でつくる。桐は軽いからだ。(同じ馬を使うところでも)おなかにくくりつけるやりかたがあり、棒に馬をつけまたがるところもある」と小道具の違いを紹介した。
また、「唄も違う」。湯浅に伝わる春駒音頭は、こんな調子だ。「やってまいりました」とよびかけてはじまる。
「しかとのりこめ 乗ったは初駒 乗ってのひょうしで ガテンでしっかり」「お家みかけてのり込む駒は 駒は ああ、お家も繁盛に いさめばお家も繁盛ハイヤドーサ ドーサドドド」
この後、紀伊国屋文左衛門が江戸までいくストーリーが続き、いかにも和歌山らしい。これが東にいくと養蚕が盛んだった名残で、「サァサのりこめ はねこめ 蚕飼(こがい)の三吉のったら放すな しっかとかいこめ」となる。
唄い手と踊り手は2、3人が定番らしいが、和歌山香駒保存会は、ここ16年間、5、6人のメンバーで踊り続けてきた。正月の3日目は、予約のある10軒ほどを、ご祝儀をもらいながら回るのが恒例になっている。
伝統を受け継ぐ踊りは、エネルギッシュな動作をともなうだけに、1回踊るだけでも素人は肩で息をする。「疲労がすごい」と語る辻本さんは、回る先で御神酒をだしてもらうことがあり、足にくることもあると体験を明かす。その昔に、朝から夜遅くまで春駒を舞い続けていた先人の労苦や、たくましい生活力に思いをよせるのは、こんなときだろう。
湯浅の部落では、1970年代後半まで春駒が続いていたが、途切れてしまった。それがよみがえるきっかけは識字運動だった。辻本さんは、識字学級生の声を紹介した。「(春駒を)やめてから、それを口にせんかった。それが表に出たんは識字学級やった。それがなかったら、表に出んかった」。
五歳で春駒にでた幸い思い出や、なかには「お前らが来たら汚れるわ」と差別された体験もあり、胸を張って春駒を語ることができなかった。それが部落の文化に光をあてる識字運動によって掘り起こされたのだった。
春駒保存会(和歌山)
後継が今後の課題に
一方、保存会ができたきっかけだが、子どもたちに正月に食べたものを聞けば「ピザ」、遊んだものといえば「ゲーム」という正月らしさを失った現状があるなかで、メンバーが湯浅の春駒を思いつき、かつての踊り手に手ほどきを受けにいくようになった。辻本さんは「あらたまった気持ちではなく、はじめた」と振り返る。
だが、踊りながらも当初、辻本さんには疑問に思うことがあった。被差別民を清めに使う意味だ。
春駒を体験しながら得た辻本さんの結論は、「家というものにエネルギーがあるとすると、一年で気が枯れる。エネルギーが低下をおこす。気のリニューアルで春駒がくる。異能者、神の使いのような人がきて、清めてくれる」という門付けの祝福芸がもつ意味にたどりついた。
門付けをすると「喜んでもらえるのがうれしい」と語る辻本さん。それが保存会を継続できてきている大きな力になっているようだ。「(会員が)少しずつ高齢化しており、後継者も必要」な時期を迎えており、それが今後の大きな課題だが、「和歌山で春駒サミットをひらきたい」という、そんな夢を抱えながら舞い続けている。
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