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ヘイトスピーチ解消法成立1周年をふり返り、
人種差別撤廃基本法成立にとりくもう

「解放新聞」(2017.06.19-2815)

 ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が昨年6月3日に施行されて1年が経過した。解消法の効果もあるが、課題も見えてきた。

 日本でのヘイトスピーチ・ヘイトクライムは、韓国や朝鮮民主主義人民共和国との外交問題が生じるたびにおきた。コリアタウンの中心街では「よい韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ」などのプラカードを掲げて、人種差別であるヘイトスピーチ・デモ、街宣がおこなわれている。都府県の公安委員会が許可したデモ隊の周囲を警察官が保護するようにとり囲んでいた。差別禁止法がないために法的規制はされない。

 京都朝鮮学園に在特会がおしかけヘイトスピーチをくり返した事件では、親たちが民事訴訟をおこし、不法行為による損害賠償請求をした。京都地裁の判決(2013年10月)で高額な損害賠償を認め、最高裁で確定したものの、「朝鮮人殺せ」などの不特定多数にたいするヘイトスピーチは現行法では規制できず、新法(差別禁止法)が必要であるとした。

 人種差別撤廃委員会は「ヘイトスピーチは表現の自由で守るべき法益ではなく、処罰すべき犯罪である」(一般的勧告35)と差別禁止法を求める。重大な人種差別は刑法的規制で処罰するが、民法的規制や行政的規制、人権教育などあらゆるとりくみによって止めさせることも提起している。

 1995年、日本政府は大幅に遅れて人種差別撤廃条約に加入し、「あらゆる形態の人種的差別と闘う」決意を国際社会に表明した。しかし、条約の中核である第4条、差別を犯罪として処罰する条項を「憲法の表現の自由と結社の自由の権利が侵害されることを懸念したから」と留保している。この政府の人種的差別と闘う消極的姿勢が、ヘイトスピーチを容認していると理解され、過激な行動を誘発した。

 そうした現状を憂いて、在日コリアンやマイノリティ問題にとりくむ市民団体が院内集会を開催したり、継続的な運動を展開し、地方自治体の議会に、政府に向けた「ヘイトスピーチ反対」の意見書採択を促した。

 2015年5月、野党は共同で、規制法より緩やかな理念法「人種差別等を理由とする差別の撤廃のための施策に関する法律案」を参議院に提出した。8月、野党法案は参議院法務委員会で審議入りしたが継続審議となった。政府はヘイトスピーチ全国調査実施を表明し、与党は「ヘイトスピーチ対策の必要性」を認めた。年明けの第190通常国会で野党法案の審議が再開された。野党法案は「人種差別全体で間口が広すぎ、禁止条項は表現の自由から慎重に」として否決されたが、対案として出された与党法案「ヘイトスピーチ解消法案」が一部修正、見直し条項追加、付帯決議をつけて、5月24日成立した。「ヘイトスピーチの解消に関する決議」を参議院法務委員会は全会一致で採択した。6月3日に解消法は施行され、警察庁、文部科学省から各都道府県関係機関に通達が出された。法律は理念法で、「不当な差別的言動」を禁止する法的拘束力はないが、付帯決議や決議は解消のための解釈基準となる。

 法律の前文では、「不当な差別的言動」による被害を認め、ヘイトスピーチは「あってはならず」「許されないことを宣言」した。国、地方公共団体が、責任をもって解消に向けたとりくみを推進するとした、日本で初めての反人種差別法である。

 2条の定義の「本邦外出身者」と「適法に居住するもの」とが多くのマイノリティを排除していると批判され、付帯決議で補うことになった。「不当な差別的言動」は、①差別的意識を助長し、又は誘発する目的で、②外国の出身であることを理由として、③生命などに危害を加える旨を告知し又は著しく侮辱するなど地域社会から排除することを扇動するものとした。基本理念は、不当な差別言動のない社会の実現に寄与することである。解消法では禁止すべきとはしていないが、ヘイトスピーチは人種差別であり、違法であり、国や地方公共団体に、反人種差別の立場に立ち、ヘイトスピーチの被害を認め、「不当な差別的言動」を解消する必要な施策を求めている。

 解消法成立直後の昨年5月、デモをすると宣言した団体に、川崎市は公園の使用を不許可とした。6月2日、横浜地裁川崎支部は在日コリアン集住地域でのヘイトデモ・徘徊禁止の仮処分を認めた。裁判所は決定のなかで、「差別されず、排除されず平穏に生活する権利は、人格権として憲法13条で保障されている」「不当な差別的言動は人格権を侵害する不法行為である」とした。解消法の定義に基づいて差別や人権侵害を認め、「事後的な権利回復は著しく困難である」とし事前差し止めを認めた。

 警察庁は「違法行為があれば厳正に対処するように」という通達を出し、各地のヘイトデモの現場では警察の対応に変化が生まれた。ヘイトデモ・街宣の発言内容は解消法を意識してトーンダウンし、ヘイトデモは減少した。しかし、法務省によれば、昨年インターネット上の不当な差別的言動は増加し、最悪の結果となった。法務省や自治体の削除要請は手続き上の強制力がないために、効果をあげていない。解消に向けた国のとりくみが求められる。

 法務省人権擁護局は「ヘイトスピーチ対策プロジェクトチーム」を起ちあげた。ヘイトデモが予告された場所に「ヘイトスピーチ、許さない」のポスターを貼り、電光掲示板を搭載した車を派遣した。啓発冊子を作成し、不当な差別的言動の三類型を参考情報として提示したとりくみは周知されていない。大大的かつ継続的に反ヘイトスピーチキャンペーンをおこなう必要がある。人権擁護局のウェブサイトに、国会決議、国連の一般的勧告や行動計画、国際人権基準、人種差別に関連する地方のとりくみ、差別相談事例や裁判の判例などの情報を詳細に掲示することを求めたい。さらに解消のためのガイドラインを策定すべきだ。相談体制では、人権相談窓口を設けているが人権擁護機関の対応力を強化する必要がある。法務省が主導し、人権教育・啓発中央省庁連絡協議会ヘイトスピーチ対策専門部会での協議を活発化させ、将来、パリ原則にもとづく国内人権機関設置に向けた方向付けを求めたい。

 法務省が実施した人種差別被害調査(外国人住民調査報告書、2017年3月公表)では、入居や就職の深刻な差別実態が明らかとなった。

 教育啓発では、ヘイトスピーチの解消を目的とし、人権教育・啓発推進法での教育啓発より強力なとりくみが求められる。警察官・裁判官など法執行に携わる公務員には、人権侵害を禁止し予防する責任を定めた国連の法執行官行動綱領の遵守を強く求める。

 地方自治体独自の相談対応業務を開始したところもあるが、多くは国の指示待ちの状態である(日弁連のアンケート調査)。2016年1月、大阪市は「ヘイトスピーチへの対処に関する抑止条例」を成立させた。今年6月、大阪市がネット上に公開された差別的な街宣活動の動画3件を抑止条例にもとづいてヘイトスピーチと認定し、削除した。審査会は掲載者の名前を公表することにしたが、ネット上の呼称しか公表できず、課題を残した。川崎市は公共施設でのヘイトスピーチを事前規制するガイドラインを策定する。表現の自由に配慮して対立団体とのトラブルが生じる可能性を基準にする。愛知県の施設の利用基準に「不当な差別的言動を行う場合」を不許可とする条項を新設した。人権尊重の社会づくり条例の改正で対応したり、新たに相談体制を検討したりする自治体も出てきたが、まだ少ない。

 「ヘイトスピーチ解消法は第一歩であって、終着点ではない」(参議院法務委員会決議)ことから、差別煽動だけでなく、不当な差別的取扱いを禁止する包括的な差別禁止をふくむ人種差別撤廃基本法・条例の制定が喫緊の課題である。


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