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人権週間に寄せて
— 部落問題をめぐる国連の動きと課題 —

「解放新聞」(2019.11.25-2932)

 国際連合は、人権の例外とされたマイノリティへの人権侵害を「根絶すべき社会悪」として世界をあげて解決にとりくむと確認し、マイノリティの人権保障を国際人権諸条約に結実させた。「世界人権宣言」にはじまり、「国際人権規約」「自由権規約」「社会権規約」「人種差別撤廃条約」「女性差別撤廃条約」「難民条約」「子どもの権利条約」「障がい者権利条約」などを採択。「世界人権宣言」採択日を「人権デー」として覚え、条約の示す「新しい人権概念」を国際人権基準として各国に定着させる努力をしてきた。「マイノリティ権利宣言」を採択(98年)し、ヘイトクライムを懸念して宣言を再確認した(17年)。

 しかし、国際法の人間の平等原則は、国境線内のマイノリティになかなか届かなかった。そこで国連は、社会的不正義と闘うマイノリティの運動と連携し、人権の普遍性にもとづき、不正義を告発し、人間の平等の国家内での実現をめざした。諸条約で国際人権基準を国境線内に浸透させ、マイノリティの人権侵害を生む法律を是正する。批准(加入)した日本は、憲法第98条国際法規順守規定で履行義務がある。条約は憲法につぐ国内法。違反する国内法は改正を求められる。

 部落問題にかかわる「人種差別撤廃条約(あらゆる形態の人種的差別を撤廃する国際条約)」は65年に採択された。南アフリカのアパルトヘイト、ドイツのネオナチ運動が台頭し、人種差別が広がる危険性があり人種差別根絶を目的とした。この年「同対審」答申が出された。部落解放同盟は「部落解放基本法」制定運動と同時に同条約加入を求めた。日本の加入は30年遅れの95年だが、加入で「あらゆる形態の人種的差別と闘う」と国際社会に宣言した。第2条は「いかなる人種的差別も禁止し、終了させる」とする強い決意だ。

 加入が遅れた理由は、第1条の「世系」(Descent)に部落差別が入らない、第4条の「差別を犯罪として処罰する」規定を留保するとの政府見解を出したためだ。第1条の人種の定義は、人種・皮膚の色・民族的出身・種族的出身・世系の5つの概念だ。「あらゆる形態の人種的差別撤廃」を掲げる本条約は、人種的概念のほかに、「世系」を掲げて「世襲・血統主義によるあらゆる形態の差別」を網羅した。当然部落問題はふくまれる。日本では通常、「社会的身分又は門地」と訳すが、外務省は「世系」と訳し、部落問題は人種問題ではないので同条約に入らない、とゆがめた。外務省見解とは別に84年、衆議院予算委員会で、地域改善対策室は「地域改善対策問題についても含まれる」と答弁している。これをふまえ、01年「人権擁護推進審議会」答申では、部落問題は社会的身分であり同条約の対象だとしている。外務省見解の論拠は存在しない。

 また、「あらゆる形態の人種的差別と闘う」ための第4条は条約の中心的条項だが、留保した。差別を本気でなくすつもりはないと宣言したようなものだ。

 条約の実効性担保へ、国連は定期的に政府に報告書を提出させ、審査する。01、10、14、18年と、4回審査されたが、政府報告書に部落問題の記述はない。

 インド政府と日本政府が、カースト差別と部落差別は「人種差別撤廃条約」にふくまれない、とくり返したため、条約委員会は02年、「一般的勧告29」を採択。「世系は人種のみを指すのではなくその他の差別禁止事由を補完する意味及び適用範囲を有する」「世系に基づく差別は、カースト及びそれに類する地位の世襲制度等の差別を含む」と規定した。政府は「世系に関する一般的勧告29」を受け入れるべきだ。

 政府は「世系に入らない」と主張しながら部落民の定義をもたない。「特別措置法」時代は「同和地区住民」とよんだが、法終了後は「日本国民の一部の人々」(人権白書)としている。名称がないことは、差別を受けている部落民は存在していないことになり、部落民を対象にした施策はないことを意味している。条約委員会は、政府は部落民と真摯に協議し、部落民の定義を明確にして問題解決にあたるべきと勧告した。

 「一般的勧告32」(09年)は「特別措置によって平等が実現し、将来にわたって持続的であることが確認されれば、特別措置は速やかに終了させる」としている。部落問題を解決するための特別措置は差別ではない。平等が実現すれば特別措置は終了する。そこで委員会は、02年の「特別措置法」終了時に部落民の生活状況がどうだったか、統計的数値をふくめた情報提供を求めている。しかし、政府は33年間の「特別措置法」の成果や課題に沈黙したままだ。政府が実態調査を実施した最後は、93年の「同和地区実態等把握調査」だ。「部落差別解消推進法」第6条の実態調査では、法務省が意識調査やインターネット上の差別に限定して実施するので、平等が実現した統計的数値は望めない。

 96年の「地対協」意見具申は「政府全体としての取り組みの連絡調整体制について検討する」と法終了後の方向性を明らかにした。しかし、政府は02年に地対室を廃止したため、「人権教育・啓発推進法」第7条で規定している閣議決定された「基本計画」を推進する責任所在部署はない。法務省は「人権相談・部落差別事件があれば人権侵犯事案として取り組む。従って、部落問題全体の取組みではない」と表明している。政府は「部落問題は、重大な人権問題であり、その早期解消を図ることは国民的課題」と主張するだけで、実質的に解決にあたる責任所在部署を設置していない。政府の行政的不作為は厳しく批判されるべきだ。

 「世系」に部落問題が入らないとの見解に政府が固執するのは、「世系」を証明してきた戸籍制度が厳しく問われるからだ。条約委員会は、インターネット上の戸籍情報が差別を生むため、部落に関する戸籍情報を極秘あつかいにし、濫用事案に制裁措置をとることを勧告した(18年)。

 08年の「戸籍法」改正で本人確認と使用目的が厳しくチェックされることになったが、戸籍情報不正入手に歯止めはかかっていない。法改正のもう一つの理由は戸籍情報が電子情報化されたことだ。世界では、電子情報化された個人情報はプライバシー保護の立場からあつかわれ、個人情報提供時の原則「個人情報保護のためのガイドライン」がある。第三者への提供は本人同意が原則だ(OECD8原則)。さらに国連10原則(コンピュータ化された個人情報ファイルの規制のためのガイドライン)の「非差別の原則」は、差別につながるセンシティブ情報の蓄積を認めない。戸籍情報の「出生に関する情報」は、差別につながる情報であり収集禁止だが、政府は反対し、留保している。

 15年の「個人情報保護法」改正で「社会的身分・門地・本籍地」などのセンシティブ情報は要配慮個人情報とされた。要配慮個人情報の取得、利用、第三者提供には本人同意を必要とし、罰則規定を設けたが、戸籍情報が適用除外とされたため、有効に機能していない。戸籍情報も国際ガイドラインで管理すべきだ。

 「部落差別解消推進法」が成立したが、18年8月の政府報告書審査でも外務省見解は変更されなかった。条約委員会の総括所見は、条約に参加しながら、いっこうに条約の国際基準を実行しない日本政府への苛立ちが聞こえる厳しいものだ。政府代表は、「条約の対象ではないが、部落差別解消の取り組みはしている。求められれば情報提供する」「条約加入当時、条約に入らないとの見解をだしていた。しかし、時間が経ち、物事が変化し、深化しているので広い視野で見ていく必要がある」とふくみのある答弁をした。

 政府が「部落問題は条約の世系にあたる」と表明すれば、条約が機能し、部落差別を禁止し、終わらせる施策(第2条・第4条)、平等を実現するための施策と偏見と差別をなくすための人権教育を実施せねばならない(第5条)。そして差別の被害を救済する人権委員会を設置せねばならない(第6条)。部落解放運動が求めてきた「部落解放基本法」の実現に道をひらく。

 

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