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石川さんの不屈の決意にこたえ、再審無罪へ全力で

「解放新聞」(2020.05.15-2953)

 大津地裁(大西直樹・裁判長)は3月31日、いわゆる「湖東記念病院事件」の再審公判で西山美香さんに無罪判決をおこなった。無罪判決は、被害者が何者かに殺害されたという事件性そのものを否定し、さらに、自白の信用性だけでなく、自白が任意におこなわれたことにも疑いがあるとして自白調書を証拠から排除した。画期的な再審無罪判決であり、無実を訴え続けた西山さんと家族、再審弁護団、支援者のねばり強い闘いの成果である。

 再審無罪判決は、確定判決が有罪の根拠とした医師の鑑定が信用できないと否定しているが、その理由の一つに、この医師が西山さんが逮捕される前の段階で、「痰(たん)の詰まりによって酸素供給が低下した状態で心臓停止したことも十分考えられる」(要旨)という見解を警察官に説明していた事実をあげている。この事実は再審開始決定後に証拠開示された捜査報告書で明らかになった。この捜査報告書は警察が検察に送致していなかった証拠だという。弁護団はもしこの証拠が1審の裁判で開示されていれば、その段階で無罪判決になっていたことは確実だと声明のなかで指摘しているが当然であろう。

 そもそも何者かによる殺害という事件ではなかったのに、警察が事件をつくりあげ、犯人をデッチ上げたという意味では、東住吉事件も大崎事件も同じだ。人権無視の強引な取り調べで虚偽自白がつくり出され、誤った裁判の根拠とされた点でも共通する。東住吉事件の再審無罪判決は、弁護団が提出した科学的な実験にもとづく新証拠によって、事件ではなく車両のガソリン漏れによる事故であったことを認め、証拠開示された捜査報告書などによって、自白が任意になされたものではないとして自白の任意性も否定した。再審無罪をかちとった青木惠子さんは、なぜこのようなえん罪がつくられたのか、えん罪の原因と警察、検察の責任を明らかにさせるために国賠裁判を闘い続けている。

 湖東事件の再審無罪判決をおこなった大西裁判長は判決文を読みあげたあとに「今回の裁判は、刑事司法全体の在り方に大きな問題提起をしている」とのべたという。そのなかで取り調べに問題があったことや本件発生の15年後になって、再審開始決定後に初めて警察に隠されていた捜査報告書が開示されたことをあげて、「取り調べや客観的証拠の検討、証拠開示の一つでも適切に行われていれば、このようなことは起こらなかった」と自省を込めてのべたという。この裁判長の言葉を現実のものとするためには、私たち市民一人ひとりが、えん罪と人権、司法について考え、再審無罪の教訓に学べという市民の声を広げることが必要だ。

 大崎事件は先日、第4次再審請求が申し立てられた。鹿児島地裁は一日も早く再審を開始すべきだ。袴田事件の再審請求は特別抗告が最高裁第3小法廷で審理されている。最高裁は東京高裁の不当決定を取消し、再審開始決定をおこなうべきだ。狭山事件では、弁護団が検察官の反証にたいする再反論、新証拠を提出し、再審開始を求めている。弁護団が鑑定人尋問を請求すれば東京高裁はすみやかに実施し再審を開始すべきだ。再審を訴え続けるえん罪事件の闘いが連帯し、再審での証拠開示の権利の確立、検察官の抗告の禁止、再審請求人の拡大などの再審法改正を求め続けよう。

 石川さん不当逮捕から57年を迎える。石川さんが57年前にいかにしてえん罪におとしいれられたかをもう一度考えたい。1963年5月23日、石川さんは友人の作業着を返していなかったことを窃盗容疑とされるなどの容疑で逮捕された。殺人の本件ではない別件逮捕である。事件後、警察は死体発見現場近くで発見されたスコップを何の客観的根拠もなく、犯人が死体を埋めるために使ったものであり、被差別部落出身者の養豚場のものであるとすぐに発表し、養豚場出入りの部落の青年に捜査を集中し、かつて働いていた石川さんを証拠がないまま逮捕したのだ。こうした捜査が何ら科学的根拠のない見込み捜査であり、石川さんを狙い撃ちしたことが第3次再審で証拠開示された捜査報告書や元科捜研技官の鑑定書で明らかになっている。

 狭山事件では脅迫状が犯人の残した唯一の証拠物であった。警察は連日、長時間の取り調べをおこない、脅迫状を書いて届けたと自白するよう追及した。勾留期限が迫った逮捕から26日目には無実を訴え続ける石川さんをいったん釈放して、直後に警察署内で再逮捕し、別の警察署の分室に移して石川さん一人だけを留置し、弁護士との接見を禁止してさらに取り調べを続けた。自白直前の取り調べでは、3人の警察官が「(おまえが)脅迫状を書いたことに間違いない」といれかわりいい続けて自白を迫っていたことが証拠開示された取調べ録音テープで暴かれた。また、取り調べで、殺害方法や死体の状況など犯行内容を石川さんがまったく語れなかったこと、警察官がヒントを与えて自白がつくられていたことも明らかになっている。虚偽自白によるえん罪がいかにしてつくられたかが暴露されたのだ。

 さらに、有罪判決は被害者の万年筆が自白通り石川さん宅から発見されたとして有罪の決め手の一つとしたが、下山第2鑑定によって、この発見万年筆が被害者のものであることに合理的疑いが生じている。蛍光X線分析という科学的な方法で発見万年筆のインクには事件当日まで被害者が使っていたインクの成分の元素がふくまれていないことが明らかになったのだ。警察は自白が信用できるように見せかけるために証拠をねつ造していったといわざるを得ない。

 当時の石川さんが脅迫状を書けなかったことは、取り調べで書いたものと取調べ録音テープの筆記場面をみれば明らかだ。取り調べで自白調書の図面の説明文字を書けないので警察官が字を教えていたのだ。石川さんが字が書けないことをわかりつつ、脅迫状(筆跡の一致)を決め手にしたかった警察は、県警鑑識課員に筆跡が類似するという鑑定を作成させた。しかし、第3次再審で提出された福江鑑定は、脅迫状と石川さんの文書の字形のズレをコンピュータを使って計測し、別人の筆跡であることを科学的に証明した。

 そのほか足跡、スコップ、手拭い等等石川さんを犯人にするための証拠がつくられていっているのが、えん罪の真相なのだ。見込み捜査と背景にあった部落差別、石川さんを狙い撃ちにした別件逮捕、代用監獄での長期の取り調べ、弁護士との接見の禁止、つくられた虚偽自白、警察の恣意的で誤った鑑定、こうした狭山事件の捜査が本当に合理的、科学的だったのか再審請求を審理する裁判所は徹底して検証すべきである。

 狭山事件の第3次再審請求の43回目の三者協議が6月中旬にひらかれる。3月の三者協議で、検察官は殺害方法や血液型など法医学関係の新証拠にたいする反証の意見書を提出した。また5月末をメドに万年筆について弁護団が提出した新証拠(下山第2鑑定および原・厳島鑑定)にたいする反論の意見書を提出するとしている。弁護団は、検察官の意見書への反論、反証と新証拠の準備に継続してとりくんでいる。こうした弁護団の再審に向けた活動を支援し、再審無罪を求める世論を広げていかなければならない。弁護団の活動を財政的に支えているのは月刊『狭山差別裁判』(狭山パンフ)の購読である。私たち一人ひとりが、狭山パンフを活用し、もう一度、狭山事件のえん罪の原点、新証拠やえん罪について学習をすすめたい。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のために5月22日に予定されていた市民集会は中止となった。また、各地でも宣伝活動や集会、学習会、狭山現地調査などのとりくみが中止、延期を余儀なくされていると思われる。石川一雄さん、早智子さんは、こうした状況に胸を痛め、全国の支援者を心配するとともに、みずからも感染予防と体調管理に十分気をつけて、元気で頑張っており、えん罪を晴らすまで不屈に闘う決意を新たにしている。私たちも、石川さんの再審無罪を実現するまで全力で闘う決意を新たにしたい。

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