「解放新聞」(2020.07.05-2958)
1
狭山事件再審弁護団は、6月15日付けで腕時計についての再審請求補充書と新証拠1点を提出した。第3次再審で提出された新証拠は226点になった。
腕時計は、石川さんの自白通り被害者の所持品が発見されたとして有罪判決の根拠の一つとされた。腕時計発見は自白が真実であることを示しているというのだ。しかし、事件当時、被害者から奪った腕時計を捨てたという石川さんの自白後、警察は6月29日、30日の2日間にわたって捜索をおこなっているが腕時計は発見されず、その後の7月2日に近所の人が散歩中に発見したとされている。このような腕時計発見経過は、だれもが市民常識として疑問を感じるであろう。
今回新証拠として提出された捜査報告書は、第3次再審で証拠開示されたもので、この2日間の捜索の範囲が図面上に記載されており、これによって腕時計発見場所が警察の捜索範囲内にふくまれ、すでに捜索済みの場所だったことが明らかになったのだ。捜索に従事した警察官は6人で2人ずつ捜索範囲を分担し、相当念入りに棒を使って茶垣なども捜したと供述している。狭山事件は身代金を取りに来た犯人を取り逃がす大失態を演じ、警察庁長官が辞任するまでにいたった重大事件だ。自白にもとづく被害者の所持品の捜索となれば徹底した捜索をおこなったのは当然であろう。
一方、腕時計を発見した人は散歩中に「別に探すという気もなくただ歩いていてチラッと金色に光るものが見えた」(要旨)ので発見したとのべている。一人の民間人による発見状況と対比すれば、複数の警察官による2日におよぶ捜索で発見されなかったことの不自然、不合理さはいっそう明らかだ。捜索時に発見場所に腕時計はなかったと考えるほかない。
自白で腕時計を捨てたという場所は三差路の路上だが、発見場所はそこから7・55メートル離れた茶垣の根元である。自白と発見場所は一致していない。有罪判決は、「自白した場所の近くから発見された」として自白が真実であることを示すとしているが、発見経過の不自然さや、自白が虚偽である疑いを検証もせず、石川さんが犯人という結論ありきの決めつけである。
腕時計発見は自白が真実であることを補強する「秘密の暴露」とは到底いえない。東京高裁は、腕時計発見の不合理、疑問を認め、自白の信用性を再検討し、狭山事件の再審を開始すべきである。
2
検察官は、5月29日付けで意見書を提出した。検察官意見書は、弁護団が提出した下山第2鑑定、原・厳島鑑定、浜田鑑定(万年筆に関する自白)など、万年筆にかかわる新証拠、主張全般に反論する内容である。
検察官意見書は、下山第2鑑定について、科学的な反論ではなく、推測と可能性を積み重ねて、発見万年筆のインクと被害者が使用していたインクの違いをごまかし、確定判決や第2次再審の特別抗告棄却決定の判断のとおりであるとのべているだけである。弁護団は、検察官意見書にたいして、証拠によって全面的に再反論するとしている。
万年筆をめぐっては、2013年に被害者の使用していたインク瓶が証拠開示され、クロム元素をふくむジェットブルーというインクであることが判明した。また、2016年10月には発見万年筆で書いたという数字が証拠開示された。下山第2鑑定は、蛍光X線分析装置をもちいて、この開示された発見万年筆で書かれた数字などの資料のインクの元素分析をおこなったものだ。そして、被害者が事件当日の授業で書いたペン習字浄書や被害者が使っていたインク瓶のインクにはクロム元素がふくまれるが、発見万年筆で書いた数字のインクからはクロムが検出されないことを明らかにした。これは発見万年筆のインクには被害者が事件当日まで使っていたインクがふくまれておらず、発見万年筆が被害者のものであることに疑問があることを意味する。弁護団は、被害者の万年筆が自白通り発見されたとして有罪の決め手とした判決に合理的疑いが生じており、再審を開始すべきだと主張しているのだ。
また、原・厳島鑑定は、狭山事件の予備知識のない大学生がお勝手内に置かれたものを探す心理学実験をおこない、12人全員が30分以内にカモイのうえに置かれた万年筆を発見した実験結果をふまえて、複数の警察官による2度にわたる家宅捜索でカモイの万年筆が発見されなかったのは不合理であると指摘したものだ。
裁判所は、これら下山第2鑑定、原・厳島鑑定などの新証拠、自白自体の不自然さを総合的に評価し、再審を開始すべきだ。
3
2020年6月18日、東京高裁で第43回三者協議がひらかれた。今回も新型コロナウイルスの感染予防のために、協議に出席する人数を限るよう裁判所から要請があり、三者協議には、東京高裁第4刑事部の後藤眞理子・裁判長と担当裁判官、東京高等検察庁の担当検察官、弁護団からは、中山主任弁護人、中北事務局長、高橋弁護士、竹下弁護士が出席した。
検察官は三者協議に先だって、万年筆に関する新証拠にたいする反論を提出したが、さらに、①スコップに関して弁護団が提出した平岡第2鑑定にたいする反証を、次回三者協議をメドに提出する、②死体運搬の自白の虚偽を示す新証拠として、弁護団が2018年12月に提出した流王報告書にたいする反論を次次回の三者協議をメドに提出する、とのべた。
弁護団は、これらの反証、反論も検察官から提出されれば再反論することにしている。
弁護団は、現在準備中の新証拠として、3次元スキャナをもちいた計測にもとづく足跡鑑定、コンピュータによるデータ分析の手法をもちいた取調べテープ分析鑑定、福江鑑定にたいする検察側意見書への反論などを今後提出する予定であることを裁判所に伝えた。次回の三者協議は9月下旬におこなわれる。狭山事件の再審請求を担当している東京高裁第4刑事部の後藤裁判長が定年退官し、6月24日付けで後任の裁判長として大野勝則・前新潟地裁所長が就任した。
狭山事件の第3次再審請求では、裁判所の勧告もあり、取調べ録音テープや逮捕当日の上申書など重要な証拠の開示がすすみ、供述心理鑑定、筆跡・識字能力鑑定、下山第2鑑定などの重要な新証拠が提出された。弁護団は、準備中の新証拠の提出、検察官の反証・反論への再反論の提出をふまえて、鑑定人尋問の請求をおこなうことにしており、裁判所にも伝えている。
足利事件ではDNA鑑定の再鑑定がおこなわれ菅家さんの無実が明らかになった。布川事件では、法医学者の鑑定人尋問や目撃証言にかかわる証人尋問がおこなわれ、再審が開始され無罪となった。証拠開示と事実調べは再審において不可欠である。しかし、狭山事件の再審請求は42年以上になるが、これまで一度も鑑定人尋問などの事実調べがおこなわれていない。新たに担当裁判長に就任した大野勝則・裁判長は、足利事件、布川事件、東住吉事件や先日、再審無罪判決が出された湖東病院事件などのえん罪・誤判の教訓を真摯にふまえて、狭山弁護団が提出した新証拠を十分検討するとともに、鑑定人尋問をかならずや実施し、狭山事件の再審を開始してもらいたい。鑑定人尋問・再審開始を求める要請ハガキ運動を全国からすすめよう。
この間、再審をめぐっては、東京高裁による袴田事件の再審開始取消し・棄却決定、最高裁による大崎事件の再審開始取消し・棄却決定、東京高裁による三鷹事件の再審棄却など不当決定があいついでおり、決して楽観できる状況ではないことを忘れてはならない。
狭山事件の鑑定人尋問と再審開始を求める世論をいっそう大きくするとともに、再審開始決定にたいする検察官による抗告の禁止や再審請求における証拠開示や事実調べの保障など再審請求の手続き規程の整備など、「再審法」改正を求める声を大きくしていかなければならない。「再審法」改正や誤判救済のための司法改革を求めて国会議員に働きかけよう! 新証拠の学習・教宣を強化し、えん罪の真相と石川さんの無実を訴え、狭山事件の再審開始を求める声を広げよう!
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