「解放新聞」(2021.02.15-2981)
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第78回全国大会に提案する一般運動方針案がとりまとめられた。運動方針案を討議した第5回中央執行委員会では、新型コロナウイルス感染症拡大が収束しないなかで、3月に東京で開催予定だった全国大会は日程、会場を変更することとし、3月の第3回中央委員会で別途協議することを確認した。
感染症の世界的流行(パンデミック)は、ワクチン開発などがすすめられているものの、それ以外の有効な対策もなく、各国の感染者数は増加する一方である。こうした感染症の爆発的拡がりの大きな要因は、グローバル化がすすみ、世界が単一の商品市場となり、社会的経済的な交流、往来が一気にすすんだことである。しかも新自由主義的な政策のもとでのグローバル化によって、とくに欧米を中心に低賃金労働者としての移民の受け入れ、工場の国外移転などで、不安定雇用の問題が顕在化し、差別排外主義を台頭させてきた。
この差別排外主義勢力によってすすめられてきたのが「自国第一主義」である。対話による国際的な協調と寛容の精神が否定され、世界中で分断と対立が恒常化した。さらに新自由主義のもとで、富の再配分はおこなわれず、差別と貧困の問題もいっそう深刻化してきた。また、非効率的とされた公共機関の民営化、公立病院や保健所の統廃合などがすすめられ、社会保障制度が改悪され、福祉予算が削減されてきたのである。
この間の菅政権の感染症対策も同様である。感染症拡大が続いているにもかかわらず、観光支援事業に固執し、1都3県知事の要請によってようやく「緊急事態宣言」を発令した。しかし、十分な補償もないままに、「自粛」や飲食店の時短要請をするだけである。1月末には、20年度第3次補正予算が成立したが、予算額の約6割が感染症拡大収束後の施策に充てるものであり、いまだに拡大が続く感染症対策をすすめるための予算でないことに厳しい批判が集中している。
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今国会では、新型コロナウイルス感染症の対応のための「特別措置法」と「感染症法」などが改定された。改定案については、自民党と立憲民主党が審議前に修正協議をおこない、政府案にあった刑事罰を削除、行政罰である過料額が引き下げられた。
しかし、入院措置や感染経路の調査に応じない場合の罰則は、ハンセン病やエイズウイルス(HIV)などのように差別や忌避意識を拡大し、家族にたいする差別もふくめて重大な人権侵害をくり返すものである。そもそも医療体制が不十分で、入院もできずに自宅療養を強いられ、不安をかかえている感染者が多数いるのが現実である。審議前の修正協議に応じ、改定案に賛成した立憲民主党は、今後、人権問題にとりくむ姿勢が厳しく問われることを強く指摘しておきたい。
このように感染症拡大をめぐって明らかになったのは、日本社会の人権情況のますますの後退である。人権と平和、民主主義、環境を基軸にした、いのちと生活を守る部落解放運動の役割はますます重要になっている。菅政権は、21年度予算で軍事費を増大させるとともに、憲法違反の「敵基地攻撃力」保持の検討や沖縄・辺野古の新基地建設強行をすすめるなど、米国追従をいっそう深めている。
さらに、当時の安倍首相による「桜を見る会」前夜祭での事務所負担問題での偽証答弁について菅首相は、安倍政権時代に官房長官として同様の答弁をくり返してきたことへの説明責任を放棄したままである。また、日本学術会議会員任命拒否問題でも、憲法違反である学問や研究の自由に介入し、異論と多様性の排除にたいして抗議が強まっても、具体的な説明を拒否するなど、安倍政権以上に強権的な政治をすすめている。
われわれは、差別と戦争に反対する闘いをさらに強化していかなければならない。今年は衆議院総選挙、来年には参議院選挙が実施される。人権と平和、民主主義、環境の確立をめざす政治勢力の拡大、強権政治の打破に向けて、全力でとりくみをすすめよう。
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当面する闘いの課題では、「部落差別解消推進法」の具体化をすすめていかなければならない。「部落差別解消推進法」は、部落差別が今日でも厳しく存在し、部落差別は社会悪であると明記している。そのうえで、部落差別を許さない社会づくりに向けて、国や自治体による相談体制の充実、教育・啓発の推進、実態調査の実施など、今後の部落解放行政の基本的な方向を示したものである。
とくに、昨年8月に公表された「部落差別の実態に係る実態調査」結果報告では、いまだに結婚や日常的な付き合いのなかで、明確に差別意識が存在することが明らかになっている。また、インターネット上の部落差別情報についても、被差別部落の有無を自治体窓口へ問い合わせる事例が多く報告されている。鳥取ループ・示現舎は「部落探訪」で、復刻版出版禁止の仮処分が出された「全国部落調査」を利用して、未組織部落をふくめて、被差別部落の写真や動画をインターネット上に公開している。こうした情報をもとに問い合わせ事例が多発しているのである。鳥取ループ・示現舎にたいする裁判闘争は、3月で結審し、年内には判決が出される。彼らの差別居直りを許さず、裁判闘争の勝利に向けて全力で闘いをすすめよう。
一方、鳥取ループ・示現舎のようにきわめて悪質で、しかも居直りを続ける差別者の場合、人権救済制度が不備なために、民事裁判で訴えるしか手段がないことも大きな問題である。この間、「障害者差別解消法」「ヘイトスピーチ解消法」「アイヌ施策推進法」など個別人権課題についての法的措置が実現されてきた。こうした闘いの成果をふまえ、国内人権委員会設置を中心にした人権侵害救済制度の確立が急務の課題である。人権救済制度の確立は、政府が設置した人権擁護推進審議会が2001年に答申した「人権救済制度の在り方」でも要請されているものである。さらに、日本政府が批准している国連人権諸条約関係委員会からも勧告を受けているように、国内人権委員会の設置を早急に実現していくことが強く求められている。
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狭山再審のとりくみでは、半世紀以上も無実を訴え続けている石川一雄さんの不屈の闘いに応え、事実調べを実現し、今年こそ、再審―無罪をかちとるために全力をあげていかなければならない。蛍光X線分析でインクにふくまれる元素を調べ、石川さんの自宅から「発見」された万年筆が被害者のものではないことを明らかにした「下山第2鑑定」や、コンピュータによる筆跡のズレを測定し、脅迫状の筆跡が別人のものであるとした「福江鑑定」など、いずれも科学的な方法で、石川さんの無実を示す重要な新証拠を提出している。
こうした新証拠の学習や情宣活動を強化し、石川さんの無実を訴え、再審実現に向けた世論を大きく拡げていこう。感染症拡大の影響で、中央集会や現地調査、活動者会議などが実施できない状況が続いているが、石川さんも健康管理を徹底し、ビデオメッセージなどで訴えを発信している。こういう時期だからこそ、各都府県連・地区協議会・支部が、住民の会や共闘会議などと連携し、各地でのとりくみを積み上げ、要請ハガキなど、創意工夫した闘いをすすめていこう。
感染症拡大の影響で、日常生活だけでなく、さまざまな活動にたいする制約が続いている。しかし、部落解放運動の当面する喫緊の課題へのとりくみを停滞させるわけにはいかない。第78期一般運動方針案の基調は、こうした感染症拡大をめぐる情況と国内外情勢をふまえ、今後の部落解放運動の方向を提起している。
来年は全国水平社創立100年である。大きな節目の年を迎えるにあたっての重要な1年間の闘いの方針案である。これまでの先達たちの苦闘に想いを重ね、全国水平社100年の闘いの歴史的教訓と向き合いながら、都府県連・地区協議会・支部で十分論議し、全国大会で運動方針案をさらに豊富化しよう。
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