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学びと生活の実態を明らかにし、未来を保障する教育支援制度の構築を

「解放新聞」(2021.03.25-2985)

 東日本大震災から10年。未曽有の被害をもたらしたあの日以降も、地震や集中豪雨など生活基盤を一瞬にして喪失するほどの大規模な自然災害が全国各地で発生してきた。そのたびに、被災地の惨状を伝える映像のなかで、避難所に指定されている学校の体育館や教室などプライバシーが守られない狭小な空間に、多くの避難者たちが肩を寄せ合う姿がくり返し流された。

 大切な家族や知人を失い、仕事や住居など生活基盤を失い、生活再建がままならず故郷を離れることを余儀なくされてしまう。この10年間、幾度となく命と暮らしの大切さを痛感してきたにもかかわらず、同じことが、いつか見た風景が、くり返されている。

 そしていま、国内では多数の新型コロナウイルス感染者が発生する状況が続いている。

 諸外国のなかには、早期の感染症対策や矢継ぎ早に経済対策を実施するなど、大胆かつ的確な政治判断により早早に市民生活と社会活動を確保した国もある。

 一方、日本では、知事らが感染予防のための自粛やマナーをよびかけることがとりくみの中心で、給付金の支給など限定的な経済的支援のほかには、科学的な根拠にもとづく感染症対策や公衆衛生のための俯瞰的なとりくみがすすめられているとはいえない。

 昨年来、場当たり的に「緊急事態宣言」の発令と解除がくり返されるなか、仕事を失い、生活の基本である衣・食・住の確保さえままならない人びとが増え続けている。

 日日の暮らしを支える社会基盤の脆弱性が露見するなか、子どもたちの学びも大きく左右されている。

 学校教育における主権者は、学びの主体である子どもたちだ。しかしながら、日本の教育支援施策の多くは、家庭の教育費負担の軽減を図ること、つまり保護者が負担する費用の一部を補填することを目的としたものとなっており、それだけでは十分ではない。

 その証左が、ひとり親家庭など経済的に厳しい状況にある世帯や児童養護施設の子どもたちの進学率に顕著にあらわれている。保護者の存否や稼働能力の有無など家庭の経済力は、子どもに選択の余地はなく、何らの責めを負うものではないことは明白だ。

 教育支援制度が、一定程度の稼働能力を有する保護者の存在を前提として立案される限り、子どもたちの学びは経済的事由に拘束されてしまう。

 今回のコロナ禍のなか、多くの子どもたちが、家庭の経済的理由で進学を断念したり、進学先を変えるなど進路変更を余儀なくされる事態が生じている。

 こうしたことは、過去の経済不況や天災でも、くり返されてきた。過去の教訓に学び、変わることが求められている。

 例外なくすべての子どもたちの育ちと学びを保障するためには、基本的人権である子どもの学習権が、予算や政策上の選択など提供する側の都合、つまり為政者のさじ加減で左右される政治と決別し、法制度として無条件に担保されることが必要だ。子どもたちの学びと生活の実態を明らかにしながら、子どもたちの未来を保障する教育支援制度の構築にとりくもう。

 今回の新型コロナウイルス感染症は、政治、経済、医療、福祉など、日本社会が慢性的にかかえているさまざまな問題を浮かびあがらせた。

 なかでも、感染者とその家族や、医療従事者とその家族が差別的な取り扱いを受けるなど、偏見と差別が全国各地で生じ、政府や自治体が法律の改正や条例の制定など、防止策にとりくむ事態となっている。

 記憶に新しいところでは、2019年6月、原告勝訴となったハンセン病家族訴訟の熊本地裁判決では、厚生労働大臣、法務大臣、文部科学大臣の責任が厳しく指摘された。人権教育を所管する文部科学大臣の違法性や義務違反が厳しく指摘されている。判決では、「ハンセン病についての正しい知識を教育するとともに、ハンセン病の家族に対する偏見差別の是正を含む人権啓発教育が実施されるよう、教材の作成、教育指導の方法を含め適切な措置をとるべきであった」と、これまでのとりくみに効果がなかったと断罪し、偏見・差別を除去するとりくみを求めている。

 この判決は、従来からのとりくみを漫然と継続し、知的理解に留めることなく、反差別の視点に立ち差別撤廃に向けて実効性ある人権教育の実践を求めている。ハンセン病以外のほかの個別人権課題にも通じる。

 残念ながら、今回のコロナ差別は、これまで人権教育にとりくんできた地域でも例外なく生じており、人権教育の内実が問われている。各地の人権教育のとりくみ状況の再点検にとりくむなど、差別撤廃に向けて実効性ある人権教育の実践の強化にとりくもう。

 さまざまな課題を浮き彫りにした今回の新型コロナウイルス感染症だが、感染症対策の一環としてとりくみの結果、学校教育現場に歓迎すべき大きな変化ももたらしたのは不幸中の幸いだ。

 ひとつは、多くの教育関係者の悲願でもあった少人数学級の実現に向けて大きな一歩をふみ出したことだ。コロナ禍での分散登校で、少人数学級の長所が保護者をはじめ幅広い市民に認識され、少人数学級の実現を求める署名活動など草の根のとりくみが全国各地に拡がった。

 こうした少人数学級を求める世論の高まりで、「少人数によるきめ細かな指導体制の計画的な整備」をおこなうことが記載された「骨太方針2020」が閣議決定され、「義務教育標準法」を改正し、35人学級編成への教員の基礎定数化が現実のものとなった。

 少人数学級を、小・中・高校のすべての学校種、学年で実施するためには、加配の定数へのくり入れなど、予算のくみ換えや数合わせなど形式的な変更ではなく、すべての地域や学校で、教員の数が純増する実効性あるものに変えていかなければならない。

 もうひとつは、ギガスクール構想の拡充など、教育のICT化の推進に向けた動きが加速したことだ。この1年で多くの地域、学校で分散登校やオンライン授業がとりくまれた結果、学びの選択の幅が広がり、不登校などさまざまな課題をかかえた子どもたちに変化が見られた。

 ただし、パソコンやタブレットなどのIT機器やオンライン環境を必要とするために、もつ者ともたざる者の格差の問題を無視できない。具体的に、コロナの第1波が落ち着いた頃、教員養成系の学部で教鞭をとっていると思われる研究者が、現場の教員に向けてSNS上で示唆に富むよびかけをしていた。一息つけるいまのうちにオンライン授業の準備をすること、オンライン環境が確保可能な家庭の子どもたちは登校させずにリモート授業とすること、オンライン環境が確保できない家庭は、そもそも複数の課題をかかえている可能性が高いので、子どもたちには登校を促し学校で〝保護〟することをよびかけていた。

 つまり、通信環境を整え、デジタル機器の配布などICT化の推進だけでは解決しない課題が、子どもたちの学びの背景に横たわっている現実を的確に指摘したものであり、一人ひとりの生活実態を知ることの大切さを訴えたものだ。

 今回の新型コロナウイルス感染症で、制度疲労や継ぎはぎだらけの欠陥など、積年の課題が一気に炙り出され、変化の兆しも見えてきた。

 コロナ禍を契機に、子どもたちの学ぶ権利をどのように守り、担保していくのか、学校教育制度や公的支出のあり方など公教育の原理にふみ込んだ議論をすすめよう。そして、家庭の経済力、障害の有無など、子ども自身の選択や責任とは関係のない理由で、一般的な教育にアクセスできないという状況を廃するなど、公教育のあり方全般について見直しをすすめていこう。

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