「解放新聞」(2022.02.15-3017)
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1月27日、東京高裁で、狭山事件第3次再審請求の49回目の三者協議がひらかれた。
検察官は、直前の1月25日付けで、弁護団が求めたスコップ、タオルについての証拠開示について、いずれも開示の必要性がないとする意見書を提出した。弁護団は、協議の場で、検察官に反論するとともに、開示を求めている証拠は客観的な資料(鑑定にかかわる報告書や捜査資料)であり開示すべきものとのべた。証拠開示の必要性をふくめた補充の書面を今後提出する。
弁護団は、スコップにかかわる証拠開示をなぜ求めているのか。狭山事件の有罪判決(東京高裁・寺尾判決)は、死体発見現場の近くで発見されたスコップを、死体を埋めるのに使われたものであり、石川さんがかつて働いていた被差別部落出身のIさんの養豚場のものと認定して、有罪の証拠とした。その根拠は埼玉県警鑑識課員の星野鑑定であった。しかし、星野鑑定は、死体が埋められていた場所の土ではなく、その「附近」に穴を掘って、そこの土と比較し、類似する土があったとしている。別の場所に類似する土があったからといって、スコップが死体を埋めるために使われたものという根拠にはならない。スコップについては、死体を埋めるのに使われたものとすることやI養豚場のスコップと特定することはできないと指摘した元科捜研技官の平岡鑑定が第3次再審請求で新証拠として提出されている。スコップ付着の赤土も黒土も現場近くの関東ローム層ではどこにでも存在する土であり、星野鑑定の結果だけで死体発見現場の土と特定できない。さらに、平岡鑑定は現場周辺の地層なども調査し、現場が複雑な地質であることも指摘している。実際、星野鑑定人が対照資料の土を採取した穴の断面図では南側には赤土の塊が部分的にあり、北側には黒土しかない。死体発見現場の場所によっては黒土しかなかったかもしれないのだ。附近の穴の土だから対照資料として問題ないとはいえないのだ。狭山事件の上告棄却決定(最高裁第2小法廷・1977年8月9日)は「死体を埋めた穴附近から土壌を採取して鑑定資料としていることは明らかであるから、資料の適格性に疑問はない」としているが、ズサンな認定といわざるを得ない。平岡鑑定の指摘と総合すれば、このような有罪判決や上告棄却決定に合理的疑いが生じる可能性があるからこそ、星野鑑定が土を採取した場所の特定や経緯について証拠を開示するよう求めているのだ。
土の異同識別を鑑定している鑑識課員が資料採取の場所を明確にした資料を残さなかったとは考えられない。もしそうなら鑑定自体の信用性、証拠価値はないといわざるを得ない。検察官は、関連する証拠の一覧を提示するなど、誠実に証拠開示請求に応じるべきである。また、裁判所も証拠開示の重要性をふまえて、関連証拠一覧表の作成・開示を求めるなど証拠開示を勧告すべきであろう。
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弁護団は、1月18日付けで、有罪の根拠の一つとされたタオルに関する証拠開示勧告申立書を提出した。狭山事件では、被害者の死体はタオルで目隠しされた状態で発見されたが、このタオルは東京の食品会社が関連する会社に贈答品として配ったものだった。配られた先の一つに、石川さんがかつて働いていた東鳩製菓があり、野球大会の参加者などに配られたという東鳩の工場関係者の証言を根拠として、野球チームに入っていた石川さんは本件のタオルを入手可能だったとして、有罪の根拠とされたものである。しかし、石川さんが東鳩製菓に勤めていた、1958年3月から1961年9月までの約3年半の間におこなわれた野球大会でこのタオルが賞品で配られ、石川さんが野球大会に参加し、タオルを入手したという確たる証拠は何もない。有罪判決の認定は、きわめて弱いものだ。また、このタオルの使い方について、自白は不自然に変遷しており、石川さんの自白が体験したことをのべた真実の自白ではないことが取調べ録音テープなどの新証拠によって明らかになっている。
タオルは被害者の遺体についていたものであり、警察が事件直後から、同種のタオルの配布先などについて、捜査をすすめたことは間違いない。弁護団は、食品会社が、本件と同種のタオルを、どこに、どれだけ配布したのかについての記録や捜査資料、東鳩製菓の贈答品について保管や各工場への配布についての帳簿、野球大会の開催状況や賞品の配布等の記録など4点の証拠開示を求めた。しかし、検察官は、1月25日付けで、タオルについての証拠開示に応じる必要はないとする意見書を提出した。開示証拠によって、タオルの入手可能性を有罪の根拠とした判決の認定に合理的疑いが生じる可能性があり、検察官はタオルに関する証拠開示請求に誠実に応じるべきだ。
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弁護団は、現在、万年筆(インク)、殺害方法に関する検察官意見書への反論を作成中であり、自白についての新証拠とあわせて今後提出し、それをふまえて鑑定人尋問を請求することにしている。次回の三者協議は4月下旬におこなわれる。
今年5月には狭山事件が発生し、石川さんが不当逮捕されて59年を迎える。5月24日には東京・日比谷野音での市民集会が開催される予定だ。また、この集会に向けて、全国狭山活動者会議も予定されている。
新たな変異株の感染急拡大を受けて、石川一雄さん、石川早智子さんは、人との接触をひかえ、感染予防と体調管理にいっそう気をつけて、元気で生きる闘いを続けている。第3次再審請求では科学的な新証拠が出されており、鑑定人尋問・再審開始の実現に向けて決意を新たにしている。
私たちも、感染防止を徹底しつつ、東京高裁が、鑑定人尋問をおこない、狭山事件の再審を開始するよう求める世論を大きくしていく工夫したとりくみをすすめたい。59年におよぶえん罪の真相と石川さんの無実を訴え、狭山事件の再審を求める世論を広げ、東京高裁に再審開始を求める署名、要請ハガキにとりくもう。
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狭山事件の第3次再審請求においては、検察官は、弁護団の新証拠にたいしては反論、反証をつぎつぎと提出している。その一方で、弁護団の求める証拠開示にまったく応じようとしていない。こうした検察官の姿勢は、袴田事件などほかの再審請求でも同じだ。
東住吉えん罪事件で再審無罪をかちとった青木惠子さんが警察、検察の違法捜査を責任を追及している国家賠償請求裁判では、大阪地裁(本田能久・裁判長)が、大阪府と国にたいし、青木さんのえん罪被害を認め、えん罪の再発防止にとりくむとともに、和解金を支払うという和解を勧告したが、国(検察)は、応じなかった。青木さんは、「裁判所をばかにしている。国にはえん罪をなくす気持ちがない。えん罪をまだつくるという宣言だ」と怒りのコメントを表明した。大阪地裁判決が3月15日にいい渡されるが、裁判所は、青木さんにたいするえん罪をつくった違法捜査とともに、こうした検察、警察の姿勢をも厳しく糾(ただ)してほしい。
私たちは、このような狭山再審や国賠裁判における検察官の不当性を批判し、検察官のあり方そのものを厳しく問い糾していく必要がある。
布川事件で再審無罪をかちとった桜井昌司さんの国賠裁判では、検察官の証拠不開示は違法とされ、虚偽自白を誘導・強要した取り調べの違法も認められ、えん罪をなくすための司法改革、再審法改正の必要性があらためて示された。
狭山再審の闘いと結びつけて、「再審法」改正を求める声を大きくしていくことが重要だ。誤判救済のための司法改革、再審請求における証拠開示の法制化、再審開始決定にたいする検察官の抗告の禁止、事実調べの実施などの手続きの整備などを盛り込んだ「再審法」の改正、誤判救済のための司法改革を求めて国会議員に働きかけていこう。
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