「解放新聞」(2023.03.15-3058)
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全国水平社創立100年から1年が経過した。
昨年3月3日、創立大会が開催された京都の地において、全国水平社創立100周年の歴史的意義と今後の闘いの方向性を確認し、未来志向の部落解放同盟組織への大胆な改革をおしすすめていくことを全国の仲間と確かめ合い、101年目の部落解放運動のスタートを切った。同時に、「部落解放同盟―新たなる決意」を発表し、人権の法制度の確立など、四つの方向性を内外に明らかにし、その具体化に向けての議論がスタートしている。
なかでも「部落解放基本法」制定運動の発展から「人権の法制度の確立」に向けた運動に関しては、2002年に国会に提出された「人権擁護法案」からはじまり、05年には、「人権侵害救済法案」、さらには、12年「人権委員会設置法案」と3度の国会審議を経たが、審議未了廃案という結果となった。
しかし、こうした包括的な人権の法制度の議論が引き継がれ、16年4月には「障害者差別解消推進法」が全面施行され、同年6月には、「ヘイトスピーチ解消法」、12月に「部落差別解消推進法」、さらには、19年5月には、「アイヌ施策推進法」(アイヌ新法)が成立している。こうした個別マイノリティの差別解消法が制定されてきたものの、宣言法としての限界も明らかにされ、マイノリティの人権保障と救済措置の必要性は日増しに高まりをみせてきている。
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昨年11月、国連の自由権規約委員会は、日本の入管施設で5年間に3人の収容者が死亡したことなどに懸念を示したうえで、日本政府にたいして、国際的な人権条約にもとづいて、国内の人権を保護するため国際的な基準にそった独立した人権救済機関を早期に創設することを勧告した。これにたいして、当時の葉梨法務大臣は閣議のあとの記者会見で、「人権救済制度は、従来、わが国においても論議のあるところで、不断の検討をしている段階だ。国連の勧告はしっかり受け止めるが、現段階では、個別法によるきめ細かな人権救済に対応していきたい」とのコメントを発表し、日本においては、個別マイノリティにたいする差別解消法で対応することとし、包括的な差別禁止・被害者救済の法制化は求めないとの消極的な回答にとどまっている。包括的な差別禁止・被害者救済の法律の制定は、何が差別にあたるのかといった判断を、政府から独立した「人権委員会(仮称)」や「差別解消調整委員会(仮称)」に委ねることになることへの警戒からか、抵抗が強い。
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政府における消極的な対応とは正反対に、都道府県をはじめ自治体レベルで、包括的な差別禁止条例制定の動きが高まってきている。とくに和歌山県と三重県は特筆すべき人権条例として評価の高いものとなっている。
一部改正された和歌山県の「条例」は、「インターネットを通じて、公衆による閲覧、複写その他の利用をすることが可能な情報を提供することにより、部落差別を行ってはならない」「結婚及び就職に際しての身元の調査、並びにその他の行為により部落差別を行ってはならない」と部落差別の禁止を明記(第3条)。違反者に説示し、従わない人には勧告をおこなう。「情報化の進展に伴う部落差別に関する状況の変化」をふまえた部落差別の実態把握も明記している(第11条)。
三重県においては、「人権が尊重される三重をつくる条例」を全部改正し、「差別を解消し、人権が尊重される三重をつくる条例」として新たに制定された。特筆すべきは、\_c12070三重県差別解消調整委員会」が設置され、知事がその委員会にたいして、不当な差別をした者にたいする助言や説示、勧告など、意見を求め、最終的には同委員会の判断を知事が受けて、当事者にたいして必要な措置をとるとした点である。
不当な差別にあたるのかどうかを「三重県差別解消調整委員会」が調査もふくめ判断するという画期的な内容であり、その結論を知事へ進言するという条例の建て付けになっており、それを受けた知事が、助言や説示、勧告といった措置をとり、それを県民に公表するという〝見える化〟も担保されている。
不当な差別や人権侵害については、それが差別であり、人権侵害であるという判断が求められることは言うまでもない。鳥取ループの裁判でも問題視されるのは、つねに日本においては、差別を禁止する法律が存在しないという現状だ。裁判でも「差別されない権利」で差別行為を裁けない最大の理由は、差別禁止法がないからで、独立した差別禁止と被害者救済の機関の必要性は日増しに高まりを見せてきている。
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18年の法務省の「インターネット上の同和地区に関する識別情報の摘示事案の立件及び処理について(依命通知)」は、「不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発する目的」がネット上で確認されたものは削除対象だと地方法務局に再度徹底するとともに、「差別解消目的を標榜し、紀行文の体裁をとっているものもあるところ、従前この種の情報については、助長誘発目的が必ずしも明らかでないとして、削除要請等の措置の対象としないことが多かった」が、「このような運用は、見直す必要がある」と指摘している。紀行文など、あたかも差別解消のためという体裁をとりながら、同和地区名や住所、町のようすなどを一方的に流布する差別情報がネット上に拡散しているためだ。さらに「特定の者を同和地区の居住者、出身者等として識別すること自体が、プライバシー、名誉、不当に差別されない法的利益等を侵害するものと評価することができ、また、特定の者に対する識別ではなくとも、特定の地域が同和地区である、又はあったと指摘する行為も、このような人権侵害のおそれが高い、すなわち違法性のあるものであるということができる」として削除対象だと明らかにしている。
同和地区の識別情報の摘示に違法性があると踏み込んで指摘しており、法務省から法務局、地方法務局への内部通知ではあるものの、この考え方を「部落差別解消推進法」の改正の議論や差別禁止・被害者救済の法制化につなげることがきわめて重要な闘いでもある。
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「同性婚の人が隣に住んでいたら嫌だ」「同性婚を認めると日本を捨てる人もいる」という信じられない発言が、首相秘書官から飛び出した。岸田首相の側近である荒井勝喜・首相秘書官による差別発言であり、当然のことのように更迭されて一件落着がはかられようとしている。
岸田首相も同性婚の制度化については、「社会が変わってしまう課題だ」と国会で答弁しており、いまの政治の中枢にいる人たちの根底にある、希薄な人権意識とレベルの低い人権感覚が露呈しているようである。政権を担当する自民党の考え方の根底には、家族観や価値観、社会が世界的に変わりつつあることにほとんど目を向けることはなく、同性婚をめぐっては、復古的な家族観を押しつけようとする右派勢力、宗教勢力におもねるような立場に固執し、まずは「同性愛者」にたいする〝理解増進〟から始めようではないかとのきわめて低い人権感覚である。
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日本国憲法第14条は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定めている。そしていま、LGBTQの当事者にたいする差別について、法案に「差別してはならない」と明記することは、差別を社会的に許さないという規範を確立していくことでもある。それさえも法案に明記できないという日本の人権レベルが、国際的にも問われている問題でもある。
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