「解放新聞」(2023.12.05-3084)
1948年12月10日、国連総会で「世界人権宣言」が採択された。今年で75年を迎える。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)では、「宣言」を活性化していくことを目的に「ヒューマンライツ75」イニシアティブをスタートさせた。採択から75年の間に、「宣言」はすべての人とすべての国が達成すべき共通の基準となり、世界中の人権保護システムの基盤となってきた。「宣言」の条文は、思想・良心・宗教の自由、集会・表現・結社の自由、プライバシー保護の権利などの自由権、労働・健康・福祉・十分な生活水準・教育などの社会権をすべての人に保障する人権の普遍性や平等性を宣言している。しかし現状では、自由権や社会権を享受している人たちがいる一方で、権利が保障されていない大勢の人たちがいる。
「宣言」の理念はいまや、戦争、感染症、格差拡大、人種差別、気候変動などで危機的状況を迎えている。
「宣言」は「誰一人取り残さない」連帯のための行動指針である。「宣言」を法的に実現するために、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)、個別の人権を保障するため、多くの国際人権諸条約が採択されてきた。これらの人権条約が保障する権利の内容を理解し、広めて、実行していくことが「人権を守る」ことになる。とくに条約を批准した国は条約を遵守することが義務づけられている。
国際人権諸条約を批准した国は、定期的に条約の履行状況を「政府報告書」として国連の条約委員会に提出し、委員会での審査に臨む。遵守されていない場合は、委員会から総括所見とともに勧告が出される。国連は、批准した条約を国内法として機能させるため裁判で国際人権条約を使うことを求めている。また、国内の人権状況を条約が示す国際人権基準にもとづいて監視する国内人権機関の設置(パリ原則)、個人通報制度の導入、また、国内裁判で人権が回復されない場合、直接国連に通報する、などの手段で国際人権条約が国内法として機能することをめざしている。
しかし、残念なことに日本政府の報告書にたいし厳しい勧告が数多く出されてきた。裁判では人権条約をとり入れて判決を出す事例はいまだ数少ない。国内人権機関は未設置で、時代遅れの人権擁護委員制度を国際基準にすることすらできないでいる。個人通報制度導入にも消極的だ。女性差別撤廃委員会からは、条約を実行しようとしない政府にたいし、「条約に入っている意味がない」と厳しく指摘された。
2018年の人種差別撤廃委員会の政府報告書審査では、国内人権機関設置と技能実習生保護に関して1年以内のフォローアップ報告が求められた。提出した政府報告書は不十分と指摘を受けたうえに、2020年にフォローアップ勧告が出され、次回の政府報告書に含めて今年1月に提出をと求められたが、政府はいまだに定期報告書を送付していない。国際人権諸条約が各国で遵守されるために、こうした国連の地道な活動がおこなわれていることを覚えておきたい。
国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家が、日本での条約の実行状況を調査し、政府や自治体、企業や労働組合などに精力的にヒアリングをおこない、8月に詳細な声明を発表した。来年6月に最終報告書を国連に提出する。
声明では、個々の人権侵害をとりあげるというよりも日本の社会構造の問題として分析している。男女の雇用格差、LGBTQへの本名開示要求、障害者への差別や低賃金、被差別部落出身者への就職差別やヘイト、アイヌ民族の先住民族の権利尊重ができていない、労働組合活動への嫌がらせなど幅広く課題をとりあげた。労働慣行である下請け・孫請けが低賃金や劣悪な労働の温床になっていることも指摘した。マスコミ報道はジャニーズ問題に集中していたが、声明は、業界全体の性暴力やハラスメントを黙認する文化を指摘していた。人権の理念を基軸に分析することで労働現場や日本の社会構造を鋭くえぐり出していた。
また、ビジネス関連の人権侵害事例にたいする救済プロセスを強化するため、独立性の高い国内人権機関の設置とともに、企業関係者、裁判官、弁護士などへの国際人権法の研修が強調された。日本の裁判官をはじめ司法関係者は国際人権法を軽視していて積極的に学んでいないので、マイノリティの人権侵害に関して十分に司法が機能しているとはいえない。差別禁止法がないなかで、マイノリティ当事者が権利回復するには名乗りをあげて裁判をするしかない。費用も時間もかかる。しかも裁判で身をさらすために二次被害が生じる。被害者の立証責任を転換することも課題だ。
国連は、「マイノリティ権利宣言30周年」の昨年、マイノリティの権利が十分に認識され尊重されてはいない世界の現状に鑑み、すべての分野で、あらゆる形態の差別を禁止するために、マイノリティの権利を守る「包括的反差別法制定のための実践ガイド」(以下、「実践ガイド」)を作成した。OHCHRは「包括的反差別法の策定途上にある政府、立法者、政策立案者などから支援と助言を求められていたが、要望に応える包括的な権威あるガイダンスはなかった。そこで国際法を徹底的に分析し、世界中の専門家と協議し、平等と無差別に対する権利を尊重し、保護し、充足する義務を果たすために、国が採用しなければならない法律に関して、明確で明快なガイダンスを提供することにした」と説明している。
人権をないがしろにし、国際人権条約を真摯に受け止めて実行しようとはしない政治が続いている日本では、差別禁止法を求める声が大きく、とくにマイノリティ運動に関わる市民から声があげられている。反差別国際運動(IMADR)は国連の許諾を得て、「実践ガイド」の翻訳作業にとりかかり、10月に日本語版を完成した。
「実践ガイド」は6部構成であり、200ページを超えるので、冒頭に要約が置かれている。第1部:国はどのような義務の下で包括的反差別法の制定を求められているか。第2部:包括的反差別法はどのような内容にすべきか。第3部:包括的反差別法の下でマイノリティの権利はどのように守られるべきか。第4部:差別的暴力とヘイトクライムにどのように対処されるべきか。第5部:表現の自由と差別の境目はどこにあるのか、どのような表現が差別につながるのか。第6部:平等や多様性を推進するためには何が求められているのか。
「実践ガイド」には、世界の国内・国際裁判所の差別の救済事例が豊富に紹介されているが、大部なので普及要約版を発行する。これらの理論を血肉化して、包括的反差別法(差別禁止法)制定へのロードマップを描いていく必要がある。
11月16日、IMADRは「国連『包括的反差別法制定のための実践ガイド』を日本で広めよう」と題して、衆議院第一議員会館で院内集会をひらいた。OHCHRから人権オフィサーを迎え、「実践ガイド」について基調報告を受けた。国が国際人権法の義務を果たし、すべての人が自由で平等である社会の基盤を創造するためのガイドラインとなることを強調した。すでに、差別禁止法案として、外国人人権法連絡会が「人種等差別撤廃法モデル案」、部落解放・人権研究所「差別禁止法研究会」が「すべての人の無差別平等の実現に関する法律(案)」を公表している。包括的な反差別法(差別禁止法)の制定に向けて協議し、制定実現へのとりくみを強化したい。
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