「解放新聞」(2024.10.15-3116)
狭山事件の第3次再審請求審は、被害者のものだとして石川一雄さん有罪の決定的証拠とされている「発見万年筆」インクの鑑定実施をめぐるやりとりを中心にして、大きな山場を迎えている。一方、9月26日、袴田事件の再審公判が静岡地裁でひらかれ、國井恒志(こうし)・裁判長は、袴田巖さんに無罪を言い渡した。判決は、袴田さんが犯行を自白したとする検察官調書、犯行着衣とされた「5点の衣類」、「5点の衣類」のうちズボンの共布(ともぬの)とされる端切れ、の三つの証拠について「捜査機関によってねつ造された」と認定した。
部落解放同盟中央本部は、袴田事件の再審無罪判決で、再審・えん罪事件に国民の関心が高まっているこの機をとらえて、「全国統一行動」をよびかけている。具体的には、袴田再審無罪判決の出された9月26日から、石川一雄さんに無期懲役を言い渡した寺尾不当判決50年を迎える10月31日までに期間を設定。「袴田事件無罪判決勝利!狭山事件の事実調べ・再審開始と再審法改正」の実現を求める月間と位置づけ、全国の部落解放同盟と共闘団体がともに、「袴田のつぎは狭山だ!」を合言葉に、署名や街宣活動、集会開催をはじめ創意工夫あるとりくみを展開し、大きな世論形成を巻き起こそう。
狭山第3次再審請求審は、裁判所と検察官の協力のもとでの弁護団による「発見万年筆インク」の鑑定を軸に、いよいよ大詰めを迎えている。一昨年8月29日、弁護団は11人の鑑定人の証人尋問とインク資料の鑑定実施を求める事実取調請求書を提出したが、これに合わせて部落解放同盟は、全国一斉に事実調べを求める署名運動を開始、これまでに52万筆の署名を東京高裁に提出した。これにたいして検察官が「鑑定人尋問はすべて必要ない」とする意見書を提出したため、弁護団は反論の意見書や補充書を提出してきた。しかし、期待していた大野勝則・裁判長のもとでの鑑定実施は実現できないまま、昨年12月に大野裁判長が定年退官し、家令和典・裁判長(62歳)が就任した。弁護団は、家令裁判長にたいして、この事件の争点や無実の新証拠などを内容とするプレゼンテーションの実施を要請し、4月17日、弁護団によるプレゼンテーションが実現した。
ところで、現在の争点である「発見万年筆」のインク鑑定について検察官は、別のインクを補充して混合した場合、インクが凝固して、「発見万年筆」で書いた「数字」のインクからクロム元素が検出されない可能性がある、という意見書を提出してきた。しかし、「別のインクの補充」という仮定には、なんの根拠もない、検察官が想像だけでこしらえた架空の話であり、争点隠しであり、問題のすり替えである。これにたいして弁護団は、被害者が使っていたパイロット社のジェットブルー・インクと、「発見万年筆」に入っていたブルーブラック・インクを混合しても、検察官の言うようには凝固せず、そのインクで「数字」が書けて、その「数字」からクロム元素が検出される、ということを実証的、科学的に確認した専門家の報告書を提出した。
「発見万年筆」インクの裁判所による鑑定実施を含めた11人の鑑定人尋問請求について、裁判所はまだ結論を出していないが、弁護団は8月19日に申し入れ書を提出し、弁護団としてインク資料の鑑定を実施し、新証拠として提出したい旨を伝えた。そのさい、鑑定資料がすべて検察官の手元にあることから、検察官に鑑定資料の使用を認めるよう裁判所に要請した。また、弁護団は8月27日の第61回三者協議でふたたび協力を要請したところ、裁判官が検察官にたいして弁護団の鑑定実施に協力するよう要請した。その結果、今後、専門家によるインク資料の蛍光X線分析鑑定が実施されることになる。
ところで8月27日の三者協議で弁護団は、前回の三者協議で釈明を求めた3点、すなわち、①「数字」のインクからはクロム元素が検出されないことを前提にして争点をしぼるのか、②検察官の手元にある「発見万年筆」で書いた「数字」などのインクの資料について蛍光X線分析をおこなったのか、③おこなっていないとすれば、なぜインクの分析をおこなわないのか、について、今回の三者協議でふたたび検察官に裁判所から釈明を求めるべきだと主張した。これにたいして検察官は、回答するかしないかも含めて10月末までに返答する、と返事した。
以上のような経過から、狭山再審請求では、弁護団による万年筆インク成分の蛍光X線鑑定が実施されることになり、その結果を含めて11人の鑑定人尋問の実施についての協議がおこなわれることになったが、これにたいして裁判所がどう判断するのか。またそれとは別に、弁護団が釈明を求めた先の3点にたいして、検察官がどのように回答するのか。これら二つの争点にたいする裁判所、検察官の回答がいよいよ焦点となってきた。
袴田判決を前にした9月19日、日本弁護士連合会(日弁連)、再審法改正をめざす市民の会の主催で、市民集会「今こそ変えよう!再審法〜カウントダウン袴田判決」が日比谷野外音楽堂でひらかれた。昨年、日弁連が「再審法」改正案を公表して国会での審議を求め、それにこたえる形で今年3月に超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が結成され、袴田事件の判決直前のこの集会には、全国から再審事件にとりくむ支援者や法曹関係者など2500人が結集した。部落解放同盟もこの機会に「再審法」の改正にとりくもう。
そもそも再審とは、えん罪から無実の人を救済するための最後の手段として、判決が確定した裁判をもう一度やり直す制度である。しかし、裁判のすすめ方を定めた法律(「刑事訴訟法」)には、この大事な再審についてわずか19か条しか書かれておらず、どのような場合、どのような手続きをへて再審がおこなわれるのかというルールはまことに不明確である。そのため、審理のすすめ方は、担当した裁判官の「さじ加減」次第というのが実態だ。足利事件、布川事件、袴田事件などのえん罪・再審事件がマスコミで取りあげられるたびに「再審法」が問題になったが、本格的な改正議論は起こらなかった。とくに問題なのは、再審開始決定にたいする検察官の不服申立ての問題である。現在の「再審法」では、苦労のすえ、ようやく再審開始が認められても、検察官が不服を申し立てたために再審開始決定がひっくり返ることがよくある。
袴田事件の袴田巖さんは、2014年に静岡地裁で再審開始決定が出て47年ぶりに釈放された。テレビで見て、よかったと思った国民も多かった。ところが、実際に再審裁判が始まったのは、今年になってからだ。検察官の不服申立てで、いったん決まった再審開始決定がひっくり返されたのである。再審開始決定にたいして、検察官が抗告で取消しを申し立てることができる現在の再審制度は、いたずらに裁判を長引かせ、無実の人を苦しめるだけだ。狭山事件でもこうした事態にならないとは誰も言えない。仮に再審が決定されても検察官が不服申立てをおこなえば、再審開始は反故になってしまうのだ。このため、いまのうちに「再審法」の改正を実現することが強く求められている。
寺尾不当判決50年を迎える10月31日まで「袴田のつぎは狭山だ!」を合言葉に、「袴田事件無罪判決勝利!狭山事件の事実調べ・再審開始と再審法改正」を求め、「全国統一行動」の創意工夫あるとりくみを全国各地で展開しよう。そして11月1日には、「全国統一行動」の成果を携え、日比谷野音での狭山事件の再審を求める市民集会に全国から結集しよう。
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