「解放新聞」(2024.11.15-3119)
「世界人権宣言」採択76年を迎える。飢餓・戦争・大虐殺を経験してきた国際社会は、マイノリティが真っ先に人権侵害にさらされることを認識し、マイノリティの人権を重視することが人権保障の原則であることを確認した。差別や人権侵害を「根絶すべき社会悪」とし、世界あげてとりくむことを決意して、「世界人権宣言」を採択し、国際人権の基礎をつくった。国際人権の戦略は、各国が国際人権諸条約に規定された「新しい人権概念」を条約の批准をとおして、国内法として機能させ、マイノリティへの制度的差別を廃止し、個人の尊厳と人権の普遍性を実現することにある。
マイノリティの人権保障を普遍的な人権概念とした「世界人権宣言」を具体化するために、国際人権諸条約に結実させた。「国際人権規約(自由権規約・社会権規約)」(1979年)、「女性差別撤廃条約」(85年)、「人種差別撤廃条約」(95年)、「障害者権利条約」(2014年)(カッコ内は日本の批准年)などである。
国際人権は、マイノリティを人権侵害にさらす制度的差別を国際人権諸条約によって解消することに挑戦してきた。すなわち、条約を国連総会で採択し、各国が批准し、「新しい人権概念」にもとづいて国内の法律を改正し、新しい制度設計にもとづく制度を実施する。日本では憲法第98条の国際法の遵守規定をふまえて、批准した国際条約は憲法に次ぐ国内法になる。条約に違反する国内法は改正を求められる。新しい制度設計では、人権侵害にさらされてきたマイノリティの存在を認め、被害を救済し、マイノリティを社会の構成員として処遇し、多様性を認める新しい豊かな社会へ向かう。国内法と国際法とが結合しながら、国内法の不十分さを補っていく循環型人権保障システムを国際社会は求めている。
国連は条約によってマイノリティの人権保障を実現するための四つの実行手段をとっている。①定期的に政府は実行報告書提出②国内裁判所は判決で使う③人権委員会設置④個人通報制度である。日本は、個人通報制度の条約を批准せず、人権委員会もなく、条約を使った裁判所の判決はきわめて少ない。循環型人権保障システムが十分機能しているとはいえない。
政府は定期的政府報告書審査で、条約の実行状況報告書を提出する義務を負っている。国連人権理事会(あるいは各条約委員会)は国際人権基準で審査する。審査は、4年を1周期として加盟国192か国すべて対象にする。NGO・マイノリティ当事者も「カウンターレポート」を提出し、政府報告書と対等に扱われる。国家の人権侵害・条約違反が詳細に報告され、事前ロビーイングで委員への情報提供がおこなわれる。また、政府報告書提出前には外務省を中心にNGOとの意見交換会も義務づけられている。
2022年8月、国連・障害者権利委員会で第1回日本政府報告書審査がおこなわれ、9月に最終所見・勧告が出された。日本は条約の「医学モデルから社会モデルにパラダイム転換」ができていないことを指摘された。旧優生保護法に関して、優生手術の被害者のための補償制度を見直すことを勧告された。今年の最高裁の「旧優生保護法」の違憲判決につながる勧告である。政府が除斥期間(時効20年)を根拠に損害賠償を認めてこなかったことは著しく正義・公正に反するとした。政府は誤りを認めて謝罪し、賠償することになった。国際法と国内法がつながって循環型人権保障システムとなってきた。
国内裁判所が国際人権条約を取り入れて判決を出すことで、マイノリティへの制度的差別は解消されていく。「民法」の婚外子相続分2分の1(「民法」第900条4号ただし書き)規定は婚外子差別であり、出生届には「嫡出・非嫡出」の差別欄がある。1993年、東京高裁は、「民法婚外子相続分差別は憲法第14条違反」とし、「国際人権規約」第26条違反とした。しかし、95年、最高裁は合憲判決を出す。法律婚の尊重のために事実婚の子を差別しても許されるとして、合理的差別論にもとづく制度的差別を承認し、出生差別を禁止する国際人権条約を黙殺した。
自由権規約委員会は条約違反だとして改善勧告を出す。2013年、最高裁大法廷は、判例を変更し、「民法」規定は憲法第14条1項に違反し無効とした。判決理由のなかで、「国民の意識の変化や条約委員会からの数々の勧告・指摘があった」と言及し、国際人権の人権の普遍性にたどり着いた。課題は、「民法」は改正されたが、出生届の非嫡出欄廃止の「戸籍法」改正案を国会が否決し、時代遅れの制度的差別が現存することだ。国際法と国内法とがつながり、循環型人権保障システムが機能し、制度的差別が是正されていく。
女性差別撤廃委員会は、「民法」規定に条約に違反する女性差別規定があると指摘し、ただちに廃止を勧告。国連の勧告を受けて、裁判所は違憲判決を出し、「民法」改正へ動き出した。
婚姻最低年齢の男女差別(「民法」731条)や再婚禁止期間(「民法」733条)は違憲判決で改正された。嫡出推定(「民法」772条)は300日規定が残されたが、再婚後は再婚夫の子と改正した。事実婚やDV被害者には300日規定を残した。「同姓(氏)原則」(「民法」750条)はいまだ解決されず、96%の女性が「姓」(名字)の変更を強制されている。政府は「自由に選択できる」とするが、実質的に女性が不利益を被る間接的女性差別である。
2015年、最高裁大法廷判決は社会的に定着しているので合憲としたが、女性裁判官を含む5人は違憲の反対意見で、条約に言及している。21年の最高裁大法廷でもふたたび合憲判決。4人は違憲の反対意見で、女性差別撤廃委員会の勧告に言及した。今年10月の第9回女性差別撤廃委員会で再度法改正が勧告された。
条約批准(加入)国は、「パリ原則」(国内人権機関の地位に関する原則)にもとづく国内人権機関(人権委員会)設置が義務づけられている。1993年「パリ原則」を国連総会は採択した。ガイドラインが示す原則で重要なのは、政府機関から独立した機関(「国家行政組織法」の第3条委員会、内閣府外局など)で地方人権委員会も設置することである。
「人権擁護委員法」(1949年)では、憲法の人権規定を機能させる監視機関を規定したが、政府機関から独立していないために、国連から条約に従った制度改正が何回も勧告されてきた。法務省は「人権擁護法案」で差別禁止規定と人権救済機関の構想を示すが、2003年廃案。12年には「人権委員会設置法案」を策定し、国会上程したが、廃案。その後も国連各条約委員会から設置の勧告が続く。国連人権理事会は08年に続いて、今年も人権救済機関の設置を勧告した。政府は「引き続き検討」と回答するにとどまっている。
個人通報制度は、国内の裁判手続きでも人権が回復されない場合、国連に直接通報できる制度である。国際法と国内法がつながる循環型人権保障システムである。日本は、個人通報制度をすべて批准していない。典型的な国家中心主義である。国境線の内側でマイノリティにたいする制度的差別を合法とし、合理的差別論を展開している。政府は四審制度になれば司法の独立が侵されると主張するが、189か国が批准する「女性差別撤廃条約」では、2021年現在、115か国が個人通報制度を批准している。反差別国際運動と中央女性運動部が参加した今年の第9回女性差別撤廃委員会政府報告書審査には、国会承認へのタイムスケジュールを提出するよう国連から事前に質問書が出されていたが、「検討中」としか回答しなかった。
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