「解放新聞」(2025.05.15-3138)
石川一雄さんが3月11日、入院先の入間川病院(埼玉県狭山市)で死去した。もう少しで再審開始の入口となる鑑定人尋問が実現するかもしれないという矢先の死去である。石川さんはどんなに無念であったことだろうか。4月4日に石川一雄さんの遺志を引き継いで、石川早智子さんが第4次再審を申し立てたが、狭山事件の再審開始をかちとり、無罪判決の声を石川さんの御霊(みたま)の前に報告できるよう、いっそう支援運動を強化していかなければならない。
石川一雄さんの人生は、えん罪を晴らすための闘いの人生そのものだった。彼は、1963年に起きた狭山事件で、「殺人事件の犯人」という汚名を着せられ、いらい62年間、不屈の精神で無実を訴え続けた。別件で逮捕されてから32年間は獄中から無実を訴え続け、また94年に仮出獄で出所し、96年に早智子さんと結婚してからは二人で全国各地をめぐり、無実を訴えた。
彼の人生は、まさにえん罪を晴らし、正義を取り戻すための闘いの人生そのものだった。
石川一雄さんはわれわれにいくつもの重要な教訓を残した。
一つ目には、部落差別から解放されるためには闘う以外にないことを教えた。狭山事件は、えん罪であると同時に部落差別にもとづいた事件である。身代金を取りに来た犯人を取り逃がして非難を浴びた警察は、「部落の者がやったに違いない」という噂(うわさ)に便乗して、被差別部落に見込み捜査をおこない、別件で石川さんを逮捕した。その意味で、狭山事件は部落差別を象徴する典型的な差別事件である。部落解放同盟は、この狭山事件を部落差別にもとづいたえん罪事件として運動の柱に据え、全国的な闘いをすすめてきた。そして、石川一雄さんは、その先頭で闘い抜いた。獄舎にいるときは獄中から、また仮出獄してからは、その身を削って無実を訴えては休む間もなく全国をかけめぐった。
二つ目には、国家権力と闘うことの重要性を教えた。狭山事件は犯人を取り逃がした警察が、体面を取り繕うためにでっちあげた権力犯罪である。石川さんは獄中でそのことに気づき、一人で闘いを開始した。彼はえん罪を晴らすためには闘うしかないことを獄中で悟り、文字を取り戻しながら国家権力との孤軍奮闘の闘いに挑んだ。彼は、部落差別は政治がつくったものであり、差別をなくすためには国家権力と闘わなければならないことを教えた。
三つ目には、被差別部落の子どもたちに、学ぶことの大切さを教えた。狭山事件の背景には、部落差別の結果としての貧しさのために教育を受ける権利を奪われた部落青年の実態があった。部落解放同盟は、狭山事件を教育からの疎外が生んだ事件として捉え、教育の課題として狭山事件を提起し、就学保障や学力保障などの同和教育運動にとりくんだ。石川さんは獄中から全国の子どもたちに学ぶことの大切さを訴え、子どもたちは狭山事件から部落差別を乗り越える生き方を学んだ。
四つ目には、えん罪で苦しんでいる人たちに、闘うことを教え、勇気を与えた。昨年、再審無罪判決をかちとった袴田事件の支援運動を担った人は、袴田支援運動の原点は狭山事件だと語った。足利事件の支援運動も、きっかけは狭山事件の運動だったと語る。狭山事件はいまだに解決していないが、石川さんはえん罪で苦しんできた多くの人たちに勇気を与え、無罪へと導く先駆者の役割を果たした。その肝心の狭山事件でいまだに再審開始が実現していないのは残念だが、近いうちに必ず再審の道を切り拓くことになるだろう。
五つ目には、差別を受けているさまざまな人たちに勇気を与えたことである。被差別部落の出身者として立ちあがった石川さんの生き方は、障害をもった人たちやアイヌ民族など被差別の立場にいるさまざまな人たちに勇気を与えた。1970年代、障害者の解放運動やアイヌ民族の解放運動が、狭山事件を闘う石川さんに影響を受けた。
石川一雄さんが死去したため、狭山事件の第3次再審請求審は審理終了となった。弁護団は4月8日、東京都内で記者会見をひらき、東京高裁に第4次再審請求をおこなったと発表した。石川早智子さんが請求人となった。
再審裁判では、申立人が死亡した場合、再審請求が自動的に終了となるため、狭山事件の場合も3月17日に審理が終了した。これまでの積みあげによって、ようやく鑑定人尋問が実現する局面を迎えた矢先の石川一雄さんの死去であったため、裁判の先行きが心配されたが、弁護団は準備をすみやかにすすめ、4月4日に第4次再審請求をおこなった。申し立てでは、争点の万年筆のインク資料の鑑定など、これまで提出してきた新証拠や主張をそのまま第4次再審においても新証拠、主張として提出した。
東京高裁では、これまで担当してきた第4刑事部がひき続き担当することになり、裁判長もこれまでの家令和典・裁判長が担当することになった。裁判は、石川一雄さんの死去によっていったん中断されたが、弁護団の早急な手続きで、ほとんど第3次再審の延長線上で審理が再開されることが期待される。家令裁判長のもとで、証人尋問を実現させ、再審開始、無罪判決をかちとりたい。早智子さんを支えながら、再審開始に向けて闘いを広げたい。
部落解放同盟中央本部と狭山事件の再審を求める市民の会、部落解放中央共闘会議、「同宗連」などによる実行委員会は、石川さん不当逮捕から62年を迎える5月23日に、東京・日比谷野音で市民集会をひらく。全国から日比谷野音に結集しよう。石川早智子さんは4月16日の追悼集会で「亡くなったいまも(夫に)かかっている見えない手錠を外したい」と語った。われわれは早智子さんを支えながら、いよいよ正念場となる第4次再審闘争を出発させよう。
また、各地で集会、街宣活動、パネル展などにとりくもう。東京高裁に事実調べ(証人尋問)と再審開始を求める署名運動をすすめよう。あわせて要請ハガキなどにとりくもう。
超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」(会長=柴山昌彦・衆議院議員(自民党))の総会が2月26日にひらかれ、「再審法」(「刑事訴訟法」)改正の骨子案が了承された。
改正骨子案は、①再審請求人側から請求があれば、裁判所は相当と認めるときには検察官に証拠開示を命じなければならないこと②裁判所が再審を開始した場合に検察の不服申し立てを禁止すること、を柱とするものだ。
柴山会長は、「問題は法改正の内容とスピード」、「えん罪被害者の迅速な救済が妨げられてはならない」とのべ、議員立法を今国会で提出、成立をめざす方針を確認した。議連の参加議員は3月時点で379人で、全国会議員の過半数となっており、今国会で議員立法として「再審法」改正法案の提出、可決成立が実現可能な状況になっている。通常国会の会期は6月22日とされているため、いよいよ「再審法」改正も正念場を迎える。全国各地で地元の国会議員へ、議連への参加の働きかけと要請をすすめよう。
狭山第4次再審の闘いが始まるが、「再審法」に不備がある現状では、仮に再審開始が決定されても検察官が不服申し立てをおこなえば、審理開始までに相当の時間がかかることが予想される。石川一雄さんの無念の死を無駄にしないために、「再審法」改正を今国会で実現しよう。そして、狭山事件の証人尋問をかちとり、一日も早い再審開始を実現し、石川一雄さんの墓前に無罪判決が報告できるよう、狭山闘争と並行して「再審法」改正の闘いを全力ですすめよう。
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