無実の日までたたかう
高木、高橋決定は私の無実を証明
石川一雄さんのメッセージ

「解放新聞」(2003.09.01-2134)

 8・3〜9狭山・反戦・反核・平和週間を中心に、狭山40年の総学習運動、証拠開示のルール化を求める署名運動を各地で展開している。弁護団は9月末の補充書提出へ、作業をすすめている。石川一雄さんから、上告棄却26年、再審請求26年にあたり、現在の思いや、高木・高橋決定の不当性、たたかいへのあらためての決意表明など、メッセージが届いた。全文を掲載する。

一刻も早く事実調べを

 国家、司法権力に因る極悪の部落差別に対決し、「石川の命わが命」を合言葉に40年間も闘い続けられて、まだ冤罪が晴らせないことの無念の思いは禁じ得ないまでも、夏本番の中、私と怒りを共有し、上告棄却26周年糾弾集会に参加されたすべての皆さんに感謝の言葉をお届け致します。
 現在、全国の狭山支援運動で最もカを入れて取り組んでおられるのは、なんとしても、最高裁に事実調べを行わせる運動を力強く進められている旨伺い知り、当然の事乍ら裁判所には、地裁、高裁にかかわらず、「公正・公平」な裁判を行うことが義務付けられており、だからこそ、一刻も早く事実調べを行う為の再審開始を強く求める必要があるんです。
 私は、過去の事をむし返すことに少し抵抗を感じますが、先般の高橋裁判長は、次々と明らかにされる私の無実の新証拠の全てを無視する一方、検察官自身が其の隠された証拠の存在を認めているのに、開示勧告も出さなかったことに対しては、怒りを押さえることはできません。被差別部落に対する見込み捜査、私にねらいを絞ったデッチ上げ逮捕、差別そのものである取り調べとウソの「自白」の強要、部落差別を開き直り、煽り立てる一連の判決、棄却決定などは、検察官手持ちの証拠が開示されれば、事件当時の情況のみならず、場合に因っては、真犯人が隠されているかもしれないので、裁判官の開示勧告は絶対的必要不可欠であったのです。
 皆さんもご承知の様に、寺尾の確定判決では、「脅迫文の文字と石川の筆跡はまったく同一とされてきましたが、先の高木決定では、「筆跡は違うが環境や心理状況で変わる」というならば、確定判決を否定したことにもなるので、本来ならば、この時点で、事実調べを行うべきだったんです。「疑わしきは罰せず」という原則があるし、特に狭山事件の場合は、脅迫状の筆跡の違いばかりでなく、斎藤鑑定に依って、様々な問題点が指摘され、そして、「私が有罪になったことすら疑わしい」と、鑑定者の目でも、「狭山事件」というよりも、私を犯人として見た場合、「脅迫文」の「鑑定」からは、うかがうことはできないといいきっております。
 従って、高木、高橋決定は、逆に私の無実を証明したばかりでなく、確定判決の破綻をも意味しているわけです。高木、高橋は、私の血の叫びも、そして、新証拠にも正面から真剣に見ることなく、権力の差別犯罪に手を染めてしまいましたが、口では或は文章では、どのようにでもごまかすことができても、科学は真実を証明してくれているので、今後も負けずに、最高裁に期待し、無罪の日まで、不屈に闘い抜く決意で居りますことをお伝えし、同時に皆さんの更なるお力添えを心からお願い申し上げて、私のご挨拶といたします。

2003年8月9日
石川一雄
8・9上告棄却26か年糾弾再審実現集会参加ご一同様