人間解放の熱い闘いの線上に立つ
石川一雄さん
新年メッセージ
「解放新聞」(2006.1.16-2252)

 全国の支援者皆々様へ謹んで新春のお喜び申し上げます。狭山裁判闘争の運動は数年間取組まれている中で、昨年は殊の外、多大なご尽力を賜り、誠に有難うございました。たゞ大変残念に思うと同時に忿懣遣る瀬無きは、最高裁の不当極まる決定でした。にも拘わらず、全国の支援者達は司法権力の荒唐無稽な暴論に対し、非難・糾弾、そして、権力をして心底から震撼せしめた闘いを展開する一方、第三次こそ「事実調べの実現を」を合言葉に果敢に闘って下さったことは、私にとって正に何にも勝る勇気を与えられ、支えられた一年でありました。然も、部落の兄弟姉妹達にあっては、人間解放の熱い闘いの魂が、脈々と宿って幾多の紆余曲折を経て、自らの手で差別を撤廃し、且つ「狭山の勝利」こそが、其の証左であり、結晶であると、個々自らの立場を私石川一雄に置きかえて奮闘して下さっておられる姿を見るにつけ、スケープゴートにされた私自身も不撓不屈の闘志と世紀を越えて尚健在であることを支援者達をはじめ、司法にも示す必要性から、完全無罪を勝取る迄は「何次迄でも闘う」と決意した次第です。
 とは言うものの、昨年は、私の身の上に2度の火の粉が降り懸かり、それらは皆さん方の支えに依って切り脱けることができ、現在に
至っている訳ですが、なんといっても特筆すべき点は、市民集会が狭山で開かれたことでありましょう。地元で初めての集会は兎も角、狭山市は交通便が悪く、果たして「…こんな辺鄙な所に来てくれるだろうか」という思いが杞憂であったことに大変うれしく思いました。元より我が家では家庭の事情もあって、学校に行って教室で勉強した記憶が皆無に等しく、そんな訳で会場であった入間川小学校は「母校」といえないので、複雑な心境であったのも事実です。然し乍ら、翌日の報道には、各紙とも3000人とか4000人とか区々でしたけれども、こんなに不便な所なのに全国からよくぞ来て下さったと感謝感激で一杯でした。特に狭山の市長さんが壇上に立って下さり、心強いコメントをして頂いた事など、目頭が熱くなると共に「…この勢いを更に強くせねば」と心の中で誓ったものでした。
 弁護団の方は私が不当逮捕された5月23日前後に、第三次再審請求を申し立てる由も、私達は抗告審の棄却後すでに第三次のステップを踏んでおり、今年は更に全国民に狭山事件の真相を知って貰った上で、ご支援をお願いし、支援の「輪」を拡げるべく、東奔西走の決意でおりますので、皆さんにも一層のご協力を切にお願い申し上げる次第であります。
 たゞここで私の体調面について御心配下さっておられる方々にお伝えしておかねばなりません。それは去る11月中旬に私の側を歩いていたお年寄りの杖が滑って私にたおれかかってきて連悪く2人の体重がガードレールの上に掛って、私が肋骨を4本折ってしまったことです。後で考えたら私がクッションになったことで、お年寄りは怪我をせずに済んだだけでもよかったと思いました。でも現在は、快復し精力的に訴え活動に取組んでおりますので、御心配をおかけした皆々さんに快癒していることを知ってもらいたいと思った次第です。依って私達は第三次に望みをつなぎ、並々ならぬ決意の下で闘っており、支援者皆さんも、より以上のお力添え下さいますよう此処に再度お願いするものであります。
 最後になりましたが、今年も皆さんにとって御多幸でありますよう衷心より念じつゝ、右支援のお願いと私の決意の程をお伝えして年頭のこ挨拶といたします。
 今年こそ撓な実に花を咲かせるべくがんばります。

◎ 人生の交差点には戻らねど 民の声で司法に掛橋
◎ 新年に望みを乗せて第一歩 司法を信じて真実一路

二〇〇六年一月一日
石川一雄