<月刊「狭山差別裁判」347号/2002年11月>

原点にかえって狭山事件のトータルな総学習を!
司法改革に積極的に目をむけ証拠開示ルール化を!

 弁護団は十月三十一日、特別抗告申立補充書を最高裁に提出、最高裁調査官と面会し、事実調べ、証拠開示の機会を保障するべきであること、棄却決定を取り消し、再審を開始すべきことを強く申し入れた。補充書は、筆跡、足跡、斎藤鑑定など各論点について再審棄却決定、異議申立棄却決定の誤りを明らかにしたうえで、自白に信用性がないこと、自白じたいが石川さんの無実を示しているとする総論を展開している。
 狭山事件のえん罪性はどこに表れているか。まず、有罪の根拠とされた証拠にたいする重大な疑問である。石川さんが脅迫状を書いたとする警察の筆跡鑑定や万年筆の疑わしさはだれもが感じるものである。筆跡の明らかな違いを書くときの「心理状能」でごまかしたり、万年筆インクの違いを「補充の可能性」で無視する裁判所の判断が納得できないことも誰でも同感するだろう。
 さらに、自白の不自然さ、矛盾など、自白の疑わしさもまた数多く存在し、えん罪であることを物語っている。補充書は、逮捕直後の別件の取調べ調書から、石川さんの当時の生活なども詳細に分析し、石川さんには、そもそも自白のように脅迫状を作成し身代金要求の誘拐を計画・実行するという犯行の動機がないことを明らかにしているが、われわれも、もう一度原点にかえって、自白がきわめて疑わしいこと、この不自然・不合理な自白こそ石川さんの無実を示していることを学習することがだいじだ。補充書はこうした狭山事件のえん罪性を最高裁に丁寧に説明するものとなっている。
 では、なぜえん罪はおきたのか。警察が犯人を取り逃がし、事件が社会・政治問題化したこと、被差別部落への見込み捜査、別件逮捕など捜査の問題、市民の中にあった差別意識の問題、石川さんの生い立ちなどの問題を見なければならない。
 さらに、なぜ誤判になるのか。裁判官の判決や決定はなぜ市民の常識的な判断とずれるのか。なぜ、鑑定人尋問や現場検証は三十年近くもまったくおこなわれないのか。証拠が開示されないまま再審が嚢却されるというようなことがなぜ許されているのか。こうした司法は何によって支えられているのか。こうした狭山裁判に見られる司法の問題に切り込む必要もある。
 見込み捜査、別件逮捕、代用監獄での取り調べ、誤った鑑定や虚偽自白によるえん罪、誤判は今も身近におきているという現実をもっと知られなければならない。四十年にわたって無実を叫びつづける石川さんがわたしたちの目の前にいること、そして、同じようなえん罪・誤判がいまもおきていて、それは社会の構造的な問題であることをふまえた闘いが今必要である。
 最高裁第一小法廷の判事が、十月から十一月にかけて三人交代する。補充書提出を受けて、特別抗告審は今後重要な段階をむかえるといわねばならない。十月にも福岡で住民の会が結成され、全国で百十五団体に広がってきている。あらたに地域で市民に訴え、住民の会を広げ、また若い世代に訴えていくためにも、さきに見たような狭山事件の全体的な学習が必要である。狭山事件の真相、斎藤鑑定などの無実の証拠、えん罪の原因・背景、市民にとってのえん罪の恐怖と誤判をなくすための司法改革の必要性といったトータルな狭山事件の総学習運動をすすめよう。そして、最高裁や最高検にたいする要請ハガキや署名とともに、司法改革に積極的に目をむけ、証拠開示のルール化を求める運動を展開しよう。


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