(月刊「狭山差別裁判」477号/2017年11月)
狭山事件で有罪確定判決となっている寺尾判決(東京高裁・寺尾正二裁判長による無期懲役判決)は、警察の筆跡鑑定を根拠に石川さんと脅迫状は同一筆跡であるとして、有罪証拠の主軸としている。当時の石川さんが漢字をあまり知らないとしながら、自白をよりどころにして、家にあった漫画雑誌「りぼん」から漢字を拾い出して書いたとし、「りぼん」に出てこない「刑」という漢字はテレビで「七人の刑事」を見ていたので覚えていたと認定している。警察の鑑定と自白をよりどころに強引に石川さんが脅迫状を書いたと認定したのである。さらに再審を棄却した決定も当時の石川さんは脅迫状程度は書けたと認定している。
しかし、第3次再審で逮捕当日の上申書や取調べ録音テープが開示されて、当時の石川さんが部落差別の結果、学校教育を受けられなかった非識字者であり、脅迫状は書けないことが明らかとなった。取調べ録音では、警察官が字を教えながら添付図面の説明文字を書いていることが明らかになった。それにもかかわらず、石川さんが取調べで書いた文字はほぼすべてひらがなで、促音や拗音、長音など小学校低学年で習得する表記が正しく書けていない。石川さんは「こうじょう(工場)」を「こおじを」、「がっこう(学校)」を「があこを」、「えきどおり(駅通り)」を「エきどんり」と書いているが、脅迫状は「気んじょ」「いッて」「時かんどおり」など拗音も促音も正確に書かれている。明らかに筆記能力が違う。石川さんが脅迫状を書いていないことは明らかだ。
寺尾判決は、万年筆、鞄、腕時計の発見を自白にもとづいてはじめて発見された「秘密の暴露」として有罪の根拠としている。重要な証拠について、一つでも捜査官の作為や偽造があればこの事件はきわめて疑わしくなるとして、その点を十分検討したが、捜査官による作為というような弁護人の主張は認められないと決めつけている。その根拠として、取調べをした青木警部の「平素から供述調書というものは被疑者の言うとおりをそのまま録取するものだと考えているし、それを実践してきた」という法廷での証言を引用している。取調べに問題はない、証拠のねつ造などないという警察官の法廷での証言を一方的に信用できると決めつけているだけだ。
ところが、第3次再審請求では、取調べ録音テープが証拠開示され、死体の状況を説明できない石川さんに対して、警察官らがヒントを与え、露骨な誘導までおこなって自白させていた実態が明らかになった。「言う通りを供述調書に書いた」「犯行を認めてからスラスラ自白した」などという警察官らの証言がウソであったことが暴露された。
さらに、下山鑑定等の新証拠によって、自白通り発見されたとして有罪の根拠とされた万年筆が被害者のものではない、事件と無関係なものであることが明らかになった。発見経過の疑問などとあわせて、万年筆はとうてい「秘密の暴露」とはいえない。警察官の証言に依拠して捜査に不正はないと決めつけた寺尾判決の誤りが明らかになっているといわねばならない。
寺尾判決以来、さまざまな無実の新証拠が出されている。しかし、狭山事件では一度も証人尋問も現場検証も事実調べがおこなわれていない。第3次再審ではこれまで191点もの新証拠が出され、寺尾判決は完全にくずれている。
寺尾判決から43年―第3次再審請求を審理する東京高裁第4刑事部は今度こそ鑑定人尋問など事実調べをおこない、再審を開始すべきである。
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