(月刊「狭山差別裁判」539号/2023年4月)
狭山弁護団は昨年8月に、東京高裁第4刑事部(大野勝則裁判長)に「事実取調請求書」を提出し、新証拠を作成した専門家11人の証人尋問と万年筆インク資料の鑑定を裁判所が実施するよう求めた。事実調べをおこない、全証拠を総合的に評価して再審を開始するよう求めているのだ。
再審開始決定が東京高裁で出され確定し、再審公判が始まった袴田事件では、重要な裁判の争点である「5点の衣類」の血痕の色の問題について、昨年、弁護側の鑑定人3人の証人尋問が東京高裁でおこなわれ、弁護団の主張を認めて再審開始決定が出されている。
狭山事件においても、筆跡や万年筆など有罪判決の重要な争点について、有罪証拠の誤りを明らかにしている鑑定人は、その分野の専門家である。証人尋問によって直接説明を聞き、新証拠の意義を確認して裁判所は判断すべきであろう。
足利事件の再審請求では、有罪証拠の決め手とされたDNA型鑑定について、無実を訴える菅家利和さんと犯人のDNA型が違うとする新証拠を弁護団が提出し、DNA鑑定の再鑑定を裁判所に求めた。宇都宮地裁は2008年2月に再鑑定もおこなわず再審請求を棄却したが、即時抗告で東京高裁の田中康郎裁判長は、DNA再鑑定をおこなうことを決定、弁護側、検察側が推薦する2人の鑑定人による再鑑定が実施された。
そして、翌2009年4月末には、裁判所の嘱託鑑定が2つとも「同一のDNA型とはいえない」という結果となり、6月4日、菅家さんは千葉刑務所から釈放され、同月24日には再審開始決定が出された。2010年3月、菅家さんは再審無罪となった。
狭山弁護団は、狭山事件の重要な争点である万年筆について、インク資料の裁判所による鑑定の実施を求めている。インク資料というのは、2016年に証拠開示された「発見万年筆で書いた『数字』」のインクと、上告審で証拠開示された「被害者が事件当日の授業で書いたペン習字浄書」の文字のインク、2013年に証拠開示された「被害者のインク瓶」のインクである。弁護団は専門家に依頼し、蛍光X線分析をおこなったところ、ペン習字浄書のインクや被害者が使っていたインク瓶のインクには、当時販売されていたパイロットのジェットブルーインクの特徴であるクロムという金属元素が含まれているが、石川さんの家から発見され有罪の証拠とされた万年筆で当時書かれた「数字」のインクからは、クロム元素が検出されないことが明らかになった。
この鑑定結果は、発見万年筆が被害者のものとは言えないことを科学的に明らかにしており、「自白した通り被害者の万年筆が発見された」という有罪判決の認定に合理的疑いが生じたとして、自白のおかしさなど他の新証拠と総合的に評価して再審を開始するよう求めているのである。
これらインク資料はすべて検察官の手元にあるものだ。ところが、検察官は、弁護団のインク鑑定にたいして、みずからはクロム元素があるかないか検査できるはずなのに、それもせず、クロム不検出に科学的に反論をすることなく、被害者が万年筆を十分に水で洗って別のインクを補充すれば、クロム元素が検出されないことが説明できるとか、ジェットブルーにブルーブラックを混ぜれば凝固してクロムが検出されない可能性があるなどと主張するにいたっている。
検察官の主張には科学的な論証は何もなく、憶測を重ねているだけだ。裁判所は、第3者の専門家による蛍光X線分析を職権でおこない、客観的な事実にもとづいて万年筆の疑問を解明すべきだ。
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