人権教育・啓発の推進に関する法律の大綱(案)
部落解放同盟中央本部
【提案理由】
①1969年の同和対策事業特別措置法以降これまでの一連の「特別措置法」とこれに基づく施策では、部落問題の部分的な解決には役だったとしても、根本的な解決が達成できなかった。今一度、1965年の「同和対策審議会答申」で示された「同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題」であり、「その早急な解決こそ国の責務」であるという原点に立ち返り、国際的課題でもある日本の歴史と社会に深く根ざした部落差別撤廃にむけた日本政府の責務を明確に示す必要がある。とくに、部落問題は「近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である」との指摘をふまえ、今日なおも根深く存在している差別意識を撤廃するとともに、これを支えている社会システムと差別文化を変革し人権文化を創造していく必要がある。
②96年5月の地域改善対策協議会意見具申では「根深く存在している差別意識を撤廃するために、これまでの同和教育や啓発活動の成果を踏まえ、人権教育・啓発へと発展させる」と指摘しているが、これを踏まえる必要がある。
③96年6月の与党・人権と差別問題に関するプロジェクトチームによる3項目の合意の中で「根深く存在している差別意識を撤廃するため、地対協意見具申ならびに人権教育のための国連10年国内行動計画等を踏まえ、人権教育・啓発に関する法律を検討すること」を提起していたことを踏まえる必要がある。
④人権擁護施策推進法、並びにこの法律の提案理由、及びこの法律を承認した衆・参両院の附帯決議の中で、部落問題をはじめとする日本に存在する差別問題と人権問題を解決するために人権に関する教育・啓発を推進することが国の責務であることが明確にされた。この法律に基づき設置された人権擁護推進審議会において2年(1999年5月)を目処に、人権教育・啓発の今後の基本方策に関する答申を出すことが求められている。さらに、この答申をうけた政府は法的整備を含め誠実に対応することが求められている。
⑤99年1月14日現在、部落差別撤廃・人権条例は、577の自治体で制定され、宣言は945の自治体で採択されている。これらの条例・宣言の中では、部落差別の撤廃と人権確立のために教育・啓発を推進していくことが明確に盛り込まれている。民主主義の本旨からして、国のレベルでも、人権教育・啓発を積極的に推進していくとともに、これらの取り組みを支援・促進するための法整備が求められている。
⑥日本がこれまで締結した国際人権規約や人種差別撤廃条約等の中に盛り込まれている人権教育・啓発の推進に関する条項、ならびに規約人権委員会や子どもの権利委員会等が日本政府に示した教育・啓発の推進に関する勧告の遵守が求められている。
⑦1994年12月の第49回国連総会で決定された「人権教育のための国連10年」に関し、日本政府が推進本部を設置するとともに国内行動計画を策定し取り組みをはじめている。国内行動計画では、重点課題への対応として、「同和問題」をはじめ、「女性、子ども、高齢者、障害者、アイヌの人々、外国人、HIV感染者等、刑を終えて出所した人、その他」の差別問題、人権問題が取り上げられている。また、自治体においても、同様の取組みがすすんでいる。これらの取組みに法的根拠を与え、一層積極的かつ全国的なものとする必要がある。
①以上の経過と根拠を踏まえたとき、部落差別をはじめあらゆる差別を撤廃し人権を確立することに役立つ人権教育・啓発の推進に関する法律の制定が求められており、以下に人権教育・啓発の推進に関する法律の大綱(案)を提起する。
人権教育・啓発の推進に関する法律の大綱(案)
〔一〕目的
この法律は、部落差別をはじめとする差別が、人間の尊厳を侵し、社会的に存在が許されない問題であることにかんがみ、すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念並びに我が国が締結した国際人権諸条約及び人権教育のための国連10年等の趣旨にのっとり、部落差別をはじめあらゆる差別を撤廃し、人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるため、人権教育・啓発に関する施策の基本となる事項を定めることにより、人権教育・啓発に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって差別のない民主社会の樹立に資することを目的とすること。
〔二〕定義
この法律において「人権教育・啓発」とは、部落差別をはじめあらゆる差別を撤廃し、すべての人の人権を保障するため、学校教育、社会教育等を通じて人々に働きかける教育・啓発活動をいうものとすること。
〔三〕基本理念
国及び地方公共団体が行う人権教育・啓発は就学前教育、学校教育、社会教育等を通じた生涯学習のあらゆる場を通じて人権尊重の意識を高め、あらゆる差別を撤廃することを旨として積極的に推進されなければならないものとすること。
[四]国の責務
国は、部落問題をはじめ様々な人権問題に関する人々の正しい認識を確立するため、人権教育・啓発に関する基本方針を策定し、総合的な施策を推進するとともに、地方公共団体が推進する人権教育・啓発に関し指導・援助するものとすること。
[五]地方公共団体の責務
地方公共団体は、国の施策に準じ、部落問題をはじめ様々な人権問題に関する住民の正しい認識を確立するため、人権教育・啓発活動に積極的に取り組むものとすること。
[六]国民の努め
国民は、自ら人権尊重の意識の高揚に努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する人権教育・啓発に関する施策に協力するように努めるものとすること。
[七]事業者の責務
事業者は、その事業所における人権尊重の意識の高揚に努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する人権教育・啓発に関する施策に協力する責務を有するものとすること。
[八]国の基本計画の策定
国は、人権教育・啓発に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、以下の施策に関する基本的な計画を策定するものとすること。
1、国内、国外の情報の収集、整理に関する施策
2、就学前教育、学校教育、社会教育等を通じた系統的な人権教育・啓発の実施に関する施策
3、資格を有する人権教育・啓発指導員(仮称)の養成に関する施策
4、カリキュラムの編成、教材及び指導方法の開発に関する施策
5、部落問題をはじめ様々な人権問題の重点課題に係る人権教育・啓発の推進に関する施策
6、高等教育機関の設置に関する施策
7、研究、推進機関の拡充に関する施策
8、特定職業従事者に対する人権教育を推進することに関する施策
9、事業所における人権教育・啓発の推進に関する施策
10、文化、情報、マスメディア分野での取組みに対する協力等に関する施策
11、人権教育・啓発の推進に寄与する団体の自主的な取組みの促進及び支援に関する施策
12、その他の研究、推進に資する施策
[九]地方公共団体の基本計画の策定
地方公共団体は、当該地方公共団体における人権教育・啓発に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、国に準じて人権教育・啓発に係る基本計画を策定しなければならないものとすること。
[十]財政上の措置等
国は、人権教育・啓発に関する施策の推進に必要な財政上の措置その他の措置を講ずるとともに、地方公共団体が実施する人権教育・啓発に関する施策を推進するため、地方公共団体に対して必要な財政的な支援を行うものとすること。
[十一]調査の実施
政府は、定期に、人権意識調査等の人権教育・啓発に関する施策の策定に必要な調査を実施するものとすること。
[十二]年次報告
政府は、国会に対して、毎年、人権教育・啓発に関して講じた施策に関する報告書を提出するものとすること。
[十三]中央人権教育・啓発推進会議
総理府(内閣府)に、人権教育・啓発に関する基本計画を策定し、及びその実施を推進するため、内閣総理大臣を会長、関係大臣等を委員とする中央人権教育・啓発推進会議(仮称)を置くものとすること。
[十四]地方人権教育・啓発推進会議
地方公共団体に、当該地方公共団体における人権教育・啓発に関する基本計画を策定し、及びその実施を推進するため、当該地方公共団体の長を会長、関係機関の長等を委員とする地方人権教育・啓発推進会議(仮称)を置くものとすること。
[十五]中央人権教育・啓発審議会
1、国に中央人権教育・啓発審議会(仮称、以下、審議会という)を置くものとすること。
2、審議会は、当事者を代表する委員を含む人権問題及び人権教育・啓発活動に関し学識経験のあるものによって構成するものとすること。
3、審議会は、人権教育・啓発の在り方等の基本事項について中央人権教育・啓発推進会議等関係機関に検討結果を報告し、勧告を行い、その他必要な協力を求めることができるものとすること。
[十六]地方人権教育・啓発審議会
地方公共団体に、国の審議会に準じた地方人権教育・啓発審議会を置くものとし、その組織及び運営に関し必要な事項は当該地方公共団体の条例で定めるものとすること。
[十七]指定法人
内閣総理大臣は、人権問題に関する啓発業務、それに係る調査、研究、資料の収集等を委託事業として引き受ける公益法人を指定することができるものとすること。
以上