「人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」に対するわが同盟の見解
2000年12月12日Ⅰ、はじめに
1、人権擁護推進審議会は、11月28日「人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」を公表した。
2、それによれば、来年1月19日までパブリックコメントを求めるとともに、大阪、福岡、東京、札幌において公聴会を開催し、これらを通して出された意見を今後の審議の参考にするとのことである。
3、わが同盟としては、99年12月「人権侵害の被害の救済」について、人権擁護推進審議会において意見表明を行い、基本的な見解を明らかにした。
4、さらに、本年10月27日付で、同審議会の「中間取りまとめ」に向けて「要請文」を提出したところである。
5、以上の経過を踏まえ、今回公表された「中間取りまとめ」を見たとき、以下8点に及ぶ基本的な問題がある。
Ⅱ、基本的な問題点
1、新たな方策の確立が求められている深刻な部落差別の実態が「中間取りまとめ」では、明確に認識されていない。
今回公表された「中間取りまとめ」を一読したとき、なによりもまず感じられるのは、現状のままでは解決し得ない深刻な部落差別の実態が明確に認識されていないという問題がある。例えば、1975年の「部落地名総鑑差別事件」に続いて98年6月に「差別身元調査事件」が発覚してきていること、大阪府岸和田市住民による差別張り紙事件に代表されるように、関係行政機関が説得しても差別行為を止めようとしない事件が生起してきていること、「部落民を皆殺しにせよ」などの差別扇動がインターネットを通して流布されていること、などである。
2、「差別禁止法」(仮称)の整備の必要性が盛り込まれていない。
独立した人権委員会(仮称)を新たに設置し、一定の強制力を持った調査を実施し、実効ある救済を可能にするためには、そのことと密接不可分なこととして、人権委員会(仮称)が取り上げる差別なり人権侵害を法律で禁止しておく必要がある。そのことがなければ、人権委員会としては、従来通りの任意調査と注意処分しかできないこととなってしまう。このため少なくとも、国際人権規約や人種差別撤廃条約を踏まえた「差別禁止法」(仮称)を整備する必要がある。
その際、部落差別事件等の現状を踏まえたとき、「差別身元調査事件」等を根絶するための就職差別の禁止、結婚差別や就職差別を助長する調査業者による差別身元調査の禁止、「部落民を皆殺しにせよ」などとした集団に対する差別宣伝・差別扇動の禁止を盛り込むことが必要であるが、「中間取りまとめ」には、この点が盛り込まれていない。
3、当事者間の話し合い、既存のシステム等による救済によって解決が可能な差別や人権侵害については、それを尊重するという原則を明確にしておくことが必要であるが、この点についても触れられていない。
差別なり人権侵害について、当事者間の話し合いや既存のシステムによって解決されている事例も存在している。新たに設置される人権委員会(仮称)に求められているいることは、当事者間の話し合いによっても、あるいは既存のシステムによっても解決し得ない問題を、簡易、迅速、かつ安価に解決することであることを明確にしておく必要があるが、この点が「中間取りまとめ」では、明確にされていない。なお、当事者間の話し合いの中には、わが同盟によって実施されている「糾弾」による解決も含まれることはいうまでもない。
4、警察官や入国管理関係職員、刑務官など公権力の行使に関わる職員による人権侵害に対して、新たに設置される委員会が強制力をともなった調査、並びに是正命令等を行使できる必要があるが、この点の指摘がなされていない。
近年、警察官や入国管理関係職員、刑務官など公権力の行使に関わる職員による人権侵害が多発している。一方、日本は、1999年に拷問等禁止条約に加入した。このような状況下にあって、公権力の行使に関わった職員による人権侵害に対しては、新たに設置される委員会が強制力をともなった調査ができること、並びに人権侵害が明確になった場合には、強制力をともなった是正命令等が出せることなどが必要である。しかしながら、この点の指摘がなされていない。
5、新たに設置される人権委員会(仮称)は、国家行政組織法第3条に基づく独立委員会とし、部落差別をはじめとした差別や深刻な人権侵害を効果的に解決できるものとすることが必要であるが、「中間取りまとめ」では、この点でも不明確である。
新たに設置される人権委員会(仮称)は、国家行政組織法第3条に基づく独立委員会とすること。また、この委員会は、すべての府省庁に関わる問題を取り扱うことになることから内閣府との関連を持った委員会とすること。さらに、この委員会は、部落差別をはじめとする差別、深刻な人権侵害を効果的に解決できるものとする必要がある。このため、この委員会の設置にあたっては、①パリ原則に基づき人権問題に精通した多様な委員をを確保すること、②充分な人員を確保すること、③部会を設置すること、などの工夫を凝らす必要があるが、これらの点が「中間取りまとめ」では不明確である。
6、中央レベルの人権委員会(仮称)のみならず、少なくとも都道府県・政令都市レベルの人権委員会(仮称)を設置する必要があるが、「中間取りまとめ」では、全くこの視点がない。また、委員の選任にあたっては、ジェンダーバランス、定住外国人を含むマイノリティ出身者を積極的に選任する必要があるが、この点の指摘がない。
部落差別をはじめとする差別や深刻な人権侵害を簡易、迅速、かつ安価に解決していくためには、中央レベルのみでなく、少なくとも都道府県・政令都市レベルの人権委員会を設置する必要がある。この点は、地方分権という時代の要請、差別や人権侵害は、基本的には地域で生起している現状を直視したとき重要な視点である。
また、その際、中央の人権委員(仮称)は、内閣総理大臣が国会の承認を得て任命するものとし、地方の人権委員(仮称)は、都道府県知事・政令都市市長がそれぞれの議会の承認を得て任命するものとすること。委員の選任にあたっては人権への理解度、ジェンダーバランス、定住外国人を含むマイノリティ出身者を積極的に選任すること。
なお、中央の人権委員会(仮称)は、2つ以上の都道府県・政令都市にまたがる事件、並びに重大事件を担当し、それ以外の事件は地方の人権委員会(仮称)が担当するものとし、同等の権限を持つものとすること。これらの諸点が、「中間取りまとめ」では、全く欠落している。
7、人権擁護委員の現状を見たとき、抜本的にその在り方を見直す必要があるが、 「中間取りまとめ」では、その視点がない。
人権擁護委員の現状を見たとき、多分に「名誉職化」していると言わざるを得ない。中には、人権擁護委員が部落差別事件を引き起こしている事例すら存在している。また、その構成を見ても高齢者、しかも男性に偏っているという問題があり、抜本的にその在り方を見直すことが不可欠である。それにもかかわらず、「中間取りまとめ」では、安易に人権擁護委員の「活用」が考慮されている。
8、新たに設置される人権委員会(仮称)の教育・啓発機能は限定したものとすることが必要であるが、その点の指摘がない。
新たに設置される人権委員会(仮称)は、人権侵害の救済を中心的な任務としながらも、①人権政策にかかわった提言機能、②日本が締結した国際人権諸条約の実施、とりわけ報告書の作成に当たっての助言機能、③人権教育・啓発機能等をあわせもつことが必要である。ただし、このうち人権教育・啓発機能については、①人権侵害の救済に取り組んだ経験を踏まえた教育・啓発のあり方についての提言機能、②人権侵害の被害者の救済に関係した人びとに対する教育・啓発機能、③人権侵害の被害者の救済にかかわる人権委員や職員等に対する教育・啓発機能等に限定されるものとすることが必要であるが、その点の指摘が「中間取りまとめ」にはない。
なお、第150臨時国会で「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が制定されたが、この法律で求められているごく一部の機能を人権委員会が担うこととなる。
Ⅲ、具体的な問題点
以上の基本的な問題点を踏まえ、以下逐条的に「中間取りまとめ」の問題点を34点にわたって指摘する。
第1 はじめに~調査審議の対象とその経過~
①人権擁護推進審議会(以下「本審議会」という。)は、昨年7月に、人権教育・啓発の在り方に関する諮問第1号について答申した後、9月以降、諮問第2号である「人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策の充実に関する基本的事項」について、本格的な調査審議を行ってきた。
諮問第2号の下での本審議会の任務は、人権侵害の被害者の救済のために法務省の人権擁護機関がこれまで行ってきた取組を踏まえ、1被害者救済に関する施策をより充実させるという観点から、行政機関による人権救済のための基本的な仕組み、すなわち人権救済制度の在り方について提言することである。特に、各国の取組等国際的な潮流も視野に入れつつ、我が国における人権侵害の現状と救済の実情を踏まえて、「人権の世紀」と呼ばれる21世紀にふさわしい人権救済制度の在り方を示すことが求められている。
1、アンダーラインの部分を「法務省の人権擁護機関がこれまで行ってきた取り組みが不十分なものにとどまっていることを踏まえ」と変更すべきである。(理由としては、抜本的な方策の確立が求められていることを明確にする必要があるため。
②本審議会では、これに応えるため、一昨年3月に人権救済制度検討準備委員会を設置して、各国の人権救済に関する取組や我が国の裁判外紛争処理制度(ADR)等についての基礎的な調査を開始した。諮問第2号に関する本格的な調査審議を開始した昨年9月からは、改めて各種人権課題に関する関係団体からのヒアリングを実施するとともに、救済にかかわる各種制度等に関して関係行政機関から説明を聴取するなどして、国内における人権侵害の現状と救済の実情の把握に努め、これらに対する理解を深めた。さらに、北米、欧州4か国にわたる海外調査の実施等により、広く諸外国の人権救済に関する取組についても認識を深めてきた。
本年4月からは、これらの基礎的調査の成果を参照しつつ、救済の理念と対象、救済の措置、調査手続・権限、救済機関の組織体制の4つの柱を中心に、論点の整理を行い、これを基に9月以降議論を進めてきたが、この段階で、一般の方々から広く意見を求めることとし、ここに中間取りまとめを公表する。
③本審議会は、人権救済制度における「救済」の意味を、人権侵害が発生した後の侵害行為の排除や被害回復のみならず、人権侵害が発生するおそれの高い場合のその防止や、いったん発生した後の再発防止を含む広いものとしてとらえた。人権は一たび侵害されると被害の回復が容易でなく、また、人権侵害は往々にしてこれを生む慣行等を背景として継続的又は集団的に発生することから、侵害を未然に防止することは、優れて救済としての意義を有するものと考える。この観点からは、加害者に人権尊重思想を啓発し(個別啓発)、自主的な被害回復とともに再発防止を図ることも救済として重要である。
もとより、ここでの救済は、人権尊重の理念の普及高揚を目的として行われる一般的な啓発活動とは異なるが、いわば対症療法としての人権救済と根治療法としての人権啓発は、人権尊重社会の実現を目標とする人権擁護行政における車の両輪であり、両者が互いに有機的な関係を保ちながら推進されてこそ、初めて真に効果的なものとなることに十分留意しなければならない。
④人権救済にかかわる世界の潮流に目を向けると、人権諸条約に基づく各種委員会の活動や、欧州等における地域的な人権保障の枠組みに基づく取組等に加え、近時、人権救済をその重要な任務の一つとする国内人権機構(注1)の整備の動きが活発化しつつある。(※)11国際連合(以下「国連」という。)総会で採択された「国内機構の地位に関する原則」(いわゆるパリ原則)(注2)や国連人権センター作成の「国内人権機構:人権の促進と擁護のための国内機構の設立と強化に関するハンドブック」(注3)は、国内人権機構の整備に指針やモデルを提供するものであり、各国における実際の取組(別添参考資料7参照)と並んで、我が国における人権救済制度の在り方を考える上でも貴重な資料である。本審議会も、これらの国際的潮流を十分視野に置いて審議を行ってきた。
2、※印の部分に「なお、その際、人権法や各種差別禁止法を整備することによって、人権侵害や差別行為が明確に禁止されており、国内人権機関は、その禁止条項の実施機関となってきていることにも留意する必要がある。(例;カナダ人権法とカナダ人権委員会)」といった文章を挿入する必要がある。(理由としては、新たな創設が求められている人権救済の機関が、調査や救済において実行ある取組を可能にするためには、人権侵害なり差別行為をあらかじめ法律によって禁止しておく必要があるため。)
⑤本審議会は、これまでの調査審議を通じて、我が国における被害者救済施策の充実の必要性を痛感し、以下のとおり、組織体制面の整備も含めた抜本的な改革を内容とする中間取りまとめを行うものであるが、これに対して寄せられる意見を踏まえ、人権救済制度の基本的な枠組みづくりを目指して今後更に調査審議を続けていく予定であり、建設的な意見が幅広く寄せられることを切に希望する次第である。
(注1)国内人権機構
"national human rights institution"の訳語(国内人権機関と訳されることもある。)。明確な定義はないが、人権擁護に係る一定の活動を行っている特別の政府機関等を指していう例が多い。「国内人権機構:人権の促進と擁護のための国内機構の設立と強化に関するハンドブック」(注3参照)においては、「憲法又は法令に基づき、政府によって設立された機関で、人権の促進と擁護に関し、その機能が明確に定められているもの」と定義されている。
(注2)「国内機構の地位に関する原則」(いわゆるパリ原則)
1991年(平成3年)、国連人権委員会の決議に基づいてパリで開かれた第1回国内機構ワークショップ(我が国も参加)において採択され、1993年(平成5年)、国連総会でも附属文書として採択された原則で、国内人権機構の権限・責務、構成等についての指針を提供している(詳細については、別添参考資料5参照)。
(注3)「国内人権機構:人権の促進と擁護のための国内機構の設立と強化に関するハンドブック」
1995年(平成7年)、国連人権センター(現国連人権高等弁務官事務所)が、国内人権機構の設置や強化を考えている諸国のためのガイドラインとして発行したもので、国内人権機構が実効的に機能するための要素等を示している(その要点については、別添参考資料6参照)。
第2 我が国における人権侵害の現状と被害者救済制度の実情
1 人権侵害の現状
本審議会は、人権教育・啓発に関する先の答申において、女性、子ども、高齢者、障害者、同和関係者、アイヌの人々、外国人、HIV感染者やハンセン病患者、刑を終えて出所した人、犯罪被害者等に対する人権侵害の現状についての認識を明らかにした(第1、1「人権に関する現状」)。人権救済に関する本格的な調査審議を開始した昨年9月以降、救済の観点から、我が国における人権侵害の現状やこれに対する救済の実情に関する認識を深めるため、改めて関係団体からヒアリングを行ったり、関係行政機関から説明を求めるなどしてきた。
3、アンダーラインの部分については、ヒアリングも1団体30分と限られたものであった。なによりも大きな問題は実態視察がなされていないという問題がある。(例;大阪府岸和田市住民による差別張り紙事件)最終的な答申を取りまとめるまでに、とくに救済が求められている実態を審議会は視察する必要がある。
人権救済の検討に当たっては、人権侵害の類型化が有用であることから、以下、これに従って概観する。
① 差別の関係では、女性・高齢者・障害者・同和関係者・アイヌの人々・外国人・HIV感染者等に対する雇用における差別的取扱い、外国人等に対する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱い、同和関係者・アイヌの人々等に対する結婚・交際における差別、セクシュアルハラスメント、アイヌの人々・外国人等に対する嫌がらせ、同和関係者・外国人等に関する差別表現(注4)等の問題がある。
② 虐待の関係では、夫・パートナーやストーカー等による女性に対する暴力、家庭内・施設内における児童・高齢者・障害者に対する虐待、学校における体罰、学校・職場等におけるいじめ等の問題があり、これらの問題はその性質上潜在化しやすいことから、深刻化しているものが少なくない。
③ 公権力による人権侵害としては、各種の国営・公営の事業等における差別的取扱いや虐待等、私人間におけるものと基本的に同じ態様の問題があるほか、違法な各種行政処分による人権侵害、捜査手続や拘禁・収容施設内における暴行その他の虐待、いわゆる冤罪や国等がかかわる公害・薬害等に至るまで様々な問題がある。
④ マスメディアによる人権侵害として、犯罪被害者等に対する報道によるプライバシー侵害、名誉毀損、過剰な取材による私生活の平穏の侵害等の問題があるほか、その他のメディアを利用した人権侵害として、インターネットを悪用した差別表現の流布や少年被疑者等のプライバシー侵害等の問題がある。
4、インターネットによる差別宣伝、差別扇動については、今後一層深刻化することが予想されるため、さらに踏み込んだ記述 が必要である。例えば、「部落の所在地を一覧にして宣伝しているもの、特定の著名人を名指しして部落出身などと宣伝しているもの、「部落民を殺せ」などと危害を加えることを煽動しているものがある。」 ことを明記するべきである。
5. そのほか、高齢者・障害者にかかわる家族等によるその財産の不正使用や悪質な訪問販売・悪徳商法による財産権侵害の問題等、様々な問題がある。
2 被害者の救済にかかわる制度の実情
法務省の人権擁護機関は、広く人権侵害一般を対象とした人権相談や人権侵犯事件の調査処理を通じて、人権侵害の被害者の救済に一定の役割を果たしているが、現状においては救済の実効性に限界がある。また、被害者の救済に関しては、最終的な紛争解決手段としての裁判制度のほか、行政機関や民間団体等による各種の裁判外紛争処理制度(ADR)等が用意されているが、これらは、実効的な救済という観点からは、それぞれ一定の制約や限界を有している。
5、法務省人権擁護機関は、ほとんどといってよいほど人権擁護の役割を果たしていない。いったいどのような事例をもって、「一定の役割を果たしている」などと言えるのであろうか。
1. 法務省の人権擁護機関による人権相談及び人権侵犯事件調査処理制度
① 法務省人権擁護局、その出先機関である法務局・地方法務局の人権擁護部門と各支局の人権擁護担当職員に加え、各市区町村に配置された全国約1万4、000名の人権擁護委員で構成される法務省の人権擁護機関は、人権相談や人権侵犯事件の調査処理を通じて、人権侵害の被害者の簡易・迅速で柔軟な救済に努めてきた。平成11年に受け付けた人権相談は約66万件、人権侵犯事件は約1万7、000件に上っている。
6、近年、日本に在住する外国人が増えてきている。人権は、国籍の違いを越えて尊重しなければならない。さらに、国際的にも注目されているこの種の文書は、せめて西暦と併記する必要がある。例;1999年(平成11年)以下元号表記の部分は、全て西暦と併記することが望ましい。
このうち、人権侵犯事件の調査処理制度は、法務大臣訓令という内規に基づく制度であり、任意調査により人権侵害事実の有無を確認し、これが認められるときは、勧告、説示等の措置をもって加害者を啓発し、人権侵害状態の除去や再発防止を促すなど、専ら任意的手法によって人権侵害事案の解決を図るものである。対象とする人権侵害に特段の限定がないため、その時々に問題となっている人権侵害事象に対して柔軟な対応が可能であり、また加害者に対する啓発を中心としたソフトな手法は、それなりの効果を上げてきた。
②しかし、その反面、実効的な救済という観点からは、次のような限界や問題点がある。
○ 専ら任意調査に依存しているため、相手方や関係者の協力が得られない場合には、調査に支障を来し、人権侵害の有無の確認が困難となる。
○ 専ら啓発的な任意の措置に頼っているため、加害者が確信的であるなど任意に被害者救済のための行動をとることが期待できない場合には、実効性がない。
○ 政府の内部部局である法務省の人権擁護局を中心とした制度であり、公権力による人権侵害事案について公正な調査処理が確保される制度的保障に欠けている。
○ 人的資源が質・量ともに限られており、専門的対応や迅速な調査処理が困難な場合がある。
○ 上記の結果として、国民一般から高い信頼を得ているとは言い難い。
7、「特に被差別部落出身者で人権侵害を受けた体験のある人の中で、法務局・人権擁護委員に相談した人は0.6%にすぎなかった。(1993年総務庁地域改善対策室調査)」ことを、現行制度の問題点として、明確に指摘すべきである。
(2)司法的救済と各種裁判外紛争処理制度(ADR)等
ア 司法的救済
裁判制度に関しては、国民のより利用しやすい司法の在り方等について、現在、司法制度改革審議会において検討が行われているところであり、本審議会としてもその成果に期待するものである。しかし、裁判制度には、以下に述べるような一定の制約がある。すなわち、その中心となる訴訟は、法と証拠に基づき権利・義務関係を最終的に確定するものであるため、本質的に厳格な手続を要するものであること(公開性、要式性等)や、現行不法行為法上、採り得る救済措置が限られていること(事後的な損害賠償が中心)などから、簡易・迅速な救済や事案に応じた柔軟な救済が困難な場合がある、"裁判手続を利用するためには、権利侵害を受けた者による申立てと手続の追行が必要であるが、差別や虐待の被害者のように、自らの社会的立場や加害者との力関係から被害を訴えることを思いとどまったり、たとえ訴えようとしても、証拠収集や手続追行の負担に耐えられずにこれを断念せざるを得ない者が少なくなく、そもそも被害意識が希薄な被害者すらいるなど、自らの力で裁判手続を利用することが困難な状況にある被害者がいる、といった問題がある。
イ 各種裁判外紛争処理制度(ADR)等
一方、労働問題、公害、児童虐待等の一定の分野においては、最終的な紛争解決手段である裁判制度を補完する裁判外紛争処理制度(ADR)や被害者保護のための特別の仕組みが設けられており、また様々な分野で、公私の機関・団体による被害者保護の取組が行われている(別添参考資料4参照)。これらは、それぞれに被害者救済の機能を果たしているが、実効性の観点から限界や問題点を指摘されているものもあり、改善のための取組も行われている。また、これらの制度等は、そもそも総合的な人権救済の視点に立って設置されるなどしたものではないため、救済が必要な分野をすべてカバーしているわけではない。
3 人権救済をめぐるその他の情勢
①本審議会設置の一つの契機となった地域改善対策協議会の「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について(意見具申)」(平成8年5月)においては、各国の取組等国際的な潮流も視野に入れ、21世紀にふさわしい人権侵害救済制度の確立を目指して鋭意検討を進めるべきことが提言されている。また、男女共同参画社会基本法(平成11年6月成立)においては、性差別等による人権侵害の被害救済を図るために必要な措置を講ずべきことが国の責務とされ(17条)、主に法務省の人権擁護機関がその任に当たることが期待されている。
8、1965年8月に出された内閣同和対策審議会答申においては、差別に対する法的規制の必要性と国家から独立した救済機関創設の必要性を指摘し、これらの点について国家として検討する必要性を指摘していたことにも言及する必要がある。
①規約人権委員会(注5)は、我が国の報告書に対する最終見解(1998年(平成10年)11月)の中で、人権侵害の申立てに対する調査のための独立した仕組みを設置すること、とりわけ、警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置することを勧告した。また、児童の権利に関する条約に基づく児童の権利に関する委員会も、我が国の報告書に対する最終見解(同年6月)の中で、独立した監視の仕組みを設置するために必要な措置を講ずることを勧告した。
9、規約人権委員会の勧告15では、「同和問題に関して委員会は、…効果的な救済制度に関し差別が続いているという事実を締約国が認めたことを是認する。締約国がそのような差別を終結するための措置を取ることを委員会は勧告する。」と、部落問題に関する救済につても、具体的に指摘していることも強調すべきである。
(注4)差別表現
この中間取りまとめにおいては、差別表現という言葉を、差別に基づいて個人又は集団を誹謗・中傷する表現のほか、いわゆる部落地名総鑑のように、必ずしも個人等を直接誹謗・中傷するものではないが、差別を助長・誘発する表現を含むものとして使用している。
(注5)規約人権委員会
市民的及び政治的権利に関する国際規約に基づく人権委員会。
第3 人権救済制度の果たすべき役割
1 人権救済制度の位置付け
人権侵害の現状や被害者救済制度の実情、特に、最終的な紛争解決手段である裁判制度における一定の制約などを踏まえると、今日の幅広い人権救済の要請に応えるため、人権擁護行政の分野において、簡易性、柔軟性、機動性等の行政活動の特色をいかした人権救済制度を整備していく必要がある。すなわち、人権救済制度は、被害者の視点から、簡易・迅速で利用しやすく、柔軟な救済を可能とする裁判外紛争処理の手法を中心として、最終的な紛争解決手段である司法的救済を補完し、従来くみ上げられなかったニーズに応える一般的、横断的な救済制度として位置付けられるべきである。
10、安価(最大限無料)であることも必要である。
既に個別的な行政上の救済制度が設けられている分野、例えば、女性の雇用差別に関する都道府県労働局(雇用均等室)・機会均等調停委員会や児童虐待に関する児童相談所など、被害者の救済にかかわる専門の機関が置かれている分野においては、当該機関による救済を優先し、人権救済機関は、当該機関との連携の中で必要な協力を行うとともに、当該機関による解決が困難な一定の事案については、人権救済機関として主体的な対応を行うなど、適正な役割分担を図るべきである。また、各種の行政上の不服申立手続や刑事手続との間においても、適正な役割分担を図る必要がある。
2 具体的役割
(1)あらゆる人権侵害を対象とする総合的な相談と、あっせん、指導等の手法による簡易な救済
人権救済制度においては、法務省の人権擁護機関が従来取り組んできたように、あらゆる人権侵害を対象として、総合的な相談と、あっせん、指導等の専ら任意的な手法による簡易な救済が図られるべきである。
①相談は、適切な助言を通じて、人権侵害の発生や拡大を防止し、人権侵害に関する紛争の自主的解決を促進するなど、それ自体が有効な救済手法であると同時に、より本格的な救済手続への導入機能や、他の救済にかかわる制度等を利用すべきものについてはその紹介・取次ぎによる振り分け機能を併せ持った極めて重要な手法であり、人権救済制度においては、あらゆる人権侵害を対象とする総合的な相談サービスを提供すべきである。
②あっせんや啓発的手法を用いた指導その他の強制的な調査権限を伴わない専ら任意的な手法による救済は、対象を限定することなく、広範な人権侵害に対して簡易・迅速で柔軟な救済を可能とする仕組みとして、これを維持することが相当である。
(2)自主的解決が困難な状況にある被害者の積極的救済
差別や虐待の被害者など、一般に自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある人々に対しては、より実効性の高い調査手続や救済手法を整備して、積極的救済を図っていく必要がある(以下、このような意味での実効的な救済を「積極的救済」と呼ぶこととする。)。
①司法的救済には、様々な理由から自らの力で裁判手続を利用することが困難な状況にある被害者がおり、このような被害者との関係では有効に機能しないという限界がある(第2、2(2)ア)が、一般に差別や虐待の被害者はその典型である。これらの被害者には、自らの社会的立場や加害者との力関係から被害を訴えることを思いとどまったり、たとえ訴えようとしても、証拠収集や訴訟追行の負担からこれを断念せざるを得ず、泣き寝入りに終わるものも少なくないほか、そもそも被害意識が希薄である場合すらあり、被害が潜在化している実情にある。そして、そのことが更に同種の人権侵害を拡大させるおそれがある。したがって、差別や虐待の被害者を中心とした自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある人々に対しては、積極的救済を図っていく必要がある。
②先の答申において、女性や子ども等の被害者別にみた人権課題を指摘した(第1、1「人権に関する現状」)が、もとより、これらの被害者の属性をもって一律に弱者ととらえることは妥当でなく、むしろ、一般にその被害者が自らの人権を自ら守ることが困難な状況に置かれている差別、虐待といった人権侵害の態様に着目して、積極的救済の対象とすることが適当である。
③積極的救済の対象とする人権侵害については、その救済手続が一面で相手方や関係者の人権を制限するものでもあることから、そのような関係者らの予測可能性を確保する意味からも、対象となる差別や虐待の範囲をできるだけ明確に定める必要がある。
④積極的救済は、差別、虐待を中心に、救済の必要性が高く、人権救済機関が有効な関与をなし得る人権侵害を対象として行うべきである。さらに、差別、虐待等の一定の類型に属さないものについても、人権擁護の観点から看過し得ないものに対しては、機動的かつ柔軟に積極的救済を図ることができる仕組みを工夫する必要がある。なお、積極的救済の対象を考えるに当たっては、人権救済機関の人的・物的資源を分散し、その実効性を損なうことがないよう、また、市民生活への介入を無用に増大させることがないよう配慮する必要がある。
11、部落差別に基づく差別事件に関し、「積極的救済」が必要となってくる事例としては、(1)矢田教育差別事件や八鹿高校差別事件の場合にように、相手側に「差別性」が認められるにもかかわらず、差別した側が話に合いにも応じようとしない場合、(2)大阪府岸和田市の住民による差別張り紙事件のように、関係行政機関が説得しても応じようとしない場合、等が考えられる。この内、前者の場合は、(1)少なくとも話し合いの場を設定すること、(2)「差別をしたもの」になんらかの謝罪と反省を促すこと、後者の場合、(1)差別張り紙を撤去すること、(2)差別をしている本人に対して、専門的なカウンセラーも含めたチームで説得をし反省を促す等が、積極的な救済策として求められている。
3 その他
人権救済機関は、その活動に関する公開性・透明性を高め、説明責任を果たすことにより、信頼性の向上に努めるとともに、具体的事件の調査処理に当たっては、関係者のプライバシー保護に配慮する必要がある。
12、従来、差別を受けた人、人権侵害の被害者が、その旨を法務局等に申し出ても、加害者に対する取組状況についての報告が全くなされてこなかったという問題がある。そしてこの点が法務局等に対する信頼感を無くす大きな要因になっていた。従って新たに創設される救済機関の対応として、加害者に対する取組状況を定期的に被害者に報告することを義務づける必要がある。
第4 必要な救済措置とこれを実現するための手法
1 人権侵害類型と必要な救済措置
(1)差別
人種、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病等を理由とする、社会生活における差別的取扱い等については、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助等の手法により、積極的救済を図るべきである。差別表現については、その内容、程度、態様等に応じた適切な救済を図るべきである。
13、遺伝子に基づく差別も急速に問題化し始めてきているので、「遺伝子にもとづく差別」についても具体的にふれておく必要がある。
ア 人権侵害の現状と救済の実情
①先に指摘したとおり、女性・高齢者・障害者・同和関係者・アイヌの人々・外国人・HIV感染者等に対する雇用における差別的取扱い、外国人等に対する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱い、同和関係者・アイヌの人々等に対する結婚・交際における差別、セクシュアルハラスメント、アイヌの人々・外国人等に対する嫌がらせ、同和関係者・外国人等に関する差別表現等の問題がある。
②これらのうち差別的取扱いに関しては、雇用や公共的な各種事業等の分野ごとに禁止規定が設けられているが、社会的身分に基づく募集・採用差別や、一般業種に関する商品・サービス・施設の提供等における差別的取扱いなど、私人間における差別に関しては明示的に禁止されていない領域もあり、違法な差別の範囲が必ずしも明確ではない。
14、「部落民を殺せ」などの集団に対する差別宣伝や差別扇動も、明示的に禁止されていない。なお、1975年に発覚した「部落地名総鑑差別事件」、さらに98年6月に発覚した「差別身元調査事件」を直視したとき、この種の差別事件の根絶をはかるためには、部落差別に基づく就職差別を明確に禁止する必要があることを審議会は指摘すべきである。ちなみに日本は、雇用と職業における差別を禁止したILO111号条約(ILOの基本条約の一つ)に批准していない。
③そのほか、これらの差別に関する司法的救済については、一般に、異なる取扱いの差別性、不合理性を立証するための証拠収集が被害者にとって重い負担となっており、また特に雇用等の継続的関係における相手方との力関係や人間関係悪化等への懸念もあり、被害者が訴えにくい状況がある。
④ 雇用における差別に関しては、労働省都道府県労働局長による紛争解決援助や機会均等調停委員会による調停、募集等における個人情報の収集制限に関する労働大臣(公共職業安定所長)の指導、助言、改善命令等の行政上の取組がなされている。
イ 必要な救済措置等
(ア)差別的取扱い等
a 救済対象
これらのうち差別的取扱いに関しては、一般に積極的救済が必要であるが、まず、その対象とすべき差別的取扱いの範囲を明確にする必要がある。
①積極的救済を行うべき差別的取扱いの範囲は、上記の問題状況や、差別を禁止する憲法14条1項、人種差別撤廃条約(特に1条、5条)(注6)の趣旨等に照らし、人種・皮膚の色・民族的又は種族的出身、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病を理由とする、社会生活(公権力との関係に係るもののほか、雇用、商品・サービス・施設の提供、教育の領域における私人間の関係に係るものを含む。)における差別的取扱いを基本とすべきである。
②一定の年齢以上であることを理由とする差別の問題については、雇用における定年制等、既存の社会制度との関係にも十分留意する必要があり、人権救済制度において対応すべき事案等について引き続き検討することとする。
③性的指向等(注7)を理由とする差別的取扱いについては、積極的救済の対象とすることを引き続き検討することとする。
④結婚・交際における差別を含め、個人の私的生活における差別については、個人の内心にかかわる問題であるから、強制的な権限を伴う救済の対象とすることは困難である。なお、これらの差別を目的とした身元調査の問題に関しては、人権救済制度における対応の在り方について引き続き検討することとする。
15、部落差別に基づく結婚差別の場合、これまで、民間運動団体や、地元自治体等が相談活動に取り組み、一定の成果を上げてきている。新たに設置される委員会が、結婚差別に関する相談活動を実施するにあたっては、これらの取り組みと連携をもつ必要がある。
また、部落差別に基づく結婚差別や就職差別の場合、興信所や探偵社など調査業者が介在する事例が少なくない。その際、調査業者に対して部落差別調査等を規制することは可能である。既に大阪府では1985年10月以降、部落差別調査等規制等条例が制定されていて、一定の成果を上げている。国のレベルでも、この経験を踏まえた法規制を整備するよう提言する必要がある。
④ セクシュアルハラスメントや人種、民族、社会的身分等にかかわる嫌がらせも、差別的取扱いと同様、積極的救済の対象とすべきである。
b 救済手法
①積極的救済の対象とすべき差別的取扱い等に関しては、当事者間の合意を基本とする調停や仲裁のほか、勧告・公表、さらには、これらが奏功しない場合の訴訟援助の手法が有効と考えられる。
②差別の事後的救済には限界があることから、差別が慣行化し、あるいは差別の指示、宣言が行われているなど、将来、上記の差別的取扱い等が生じる明白な危険がある場合に、特定の個人に被害が生じる前にどこまでの対応が可能かについても、引き続き検討することとする(第4、2(7)参照)。
(イ)差別表現
①差別表現のうち、特定の個人に対する侮辱や名誉毀損に当たるものについては、差別的取扱いに関する救済手法と同様の手法により、積極的救済を図るべきである。
②いわゆる部落地名総鑑の出版やインターネット上の同種情報の掲示のように、人種、民族、社会的身分等に係る不特定又は多数の者の属性に関する情報を公然と摘示するなどの表現行為であって、差別を助長・誘発するおそれが高いにもかかわらず、法律上又は事実上、個人では有効に対処することが著しく困難な一定の表現行為が行われた場合の救済については、表現の自由との関係に十分配慮しつつ、差止め、削除等の手法の可否について引き続き検討することとする(第4、2(7)参照。
16、「差し止め」や「削除」を求めるべきである。それに従わない場合には、そのことに関して一定の罰則を加える必要がある。なお、そのためには、これらの行為をあらかじめ法律で禁止しておく必要がある。
③集団誹謗的表現(人種、民族、社会的身分等により識別された一定の集団を誹謗・中傷する表現)の中には、関係者の人間としての尊厳を傷つけ、あるいは一定の集団に対する差別意識を増幅させるなど、人権擁護の観点から看過し得ないものがあり、適切に対応することが必要である。集団誹謗的表現は、その内容、程度、態様等において様々なものがあることから、その対応に当たっては、これらを踏まえることが必要であり、憲法の保障する表現の自由の観点からも、慎重な配慮が求められる。
17、「部落民を皆殺しにせよ」などの事例に示される集団誹謗的表現は、「表現の自由」の名の下に容認されるものではない。また、この種集団誹謗的表現の方が、個人に対してなされるものよりも危険である。なぜなら、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺に象徴される集団殺戮をもたらしかねないからである。このような観点から、ドイツやフランスではこれらの表現行為も法的に規制されているし、日本でも、名誉毀損罪や侮辱罪に集団の要素を加味することによって法的規制をすることは十分可能である。
なお、日本が締結している市民的及び政治的権利に関する国際規約第20条2項では、「差別、敵意または暴力の煽動となる国民的、人種的または宗教的憎悪の唱道は法律で禁止する。」と差別扇動を禁止している。この条項も踏まえて検討すべきである。
○集団誹謗的表現のうち、個別的人権侵害であるととらえることのできるもの(例えば、特定の職場や地域の中で当該集団に属する多数人を侮辱し、その名誉を毀損するもの)については、特定の個人に対する侮辱や名誉毀損に当たる差別表現と同様に取り扱うべきである。
○上記以外の集団誹謗的表現についても、その内容、程度、態様等に留意しながら、人権救済機関による意見表明や行為者に対する個別指導等の手法によって適切に対応していくことを考えるべきである。
(2)虐待
加害者・被害者間に法律上又は事実上の力の優劣を伴う関係がある中で起きる虐待についても、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助等の手法や早期発見のための工夫等により、積極的救済を図るべきである。
ア 人権侵害の現状と救済の実情
①先に指摘したとおり、夫・パートナーやストーカー等による女性に対する暴力、家庭内・施設内における児童・高齢者・障害者に対する虐待、学校における体罰、学校・職場等におけるいじめ等の問題があり、深刻化しているものが少なくない。
②虐待は、通常そのほとんどが犯罪を構成するが、「法は家庭に入らず」の原則により警察等が家庭内の問題に慎重な姿勢をとってきたこと、被害者が処罰意思を明確に示すことのできない状況に置かれている場合も少なくないことなどから、刑事的規制が必ずしも有効に機能してこなかった。女性に対する暴力、保護者等が加害者となることが多い児童、高齢者、障害者に対する虐待は、いずれもその密室性や加害者との力関係、被害者自身の立場の弱さ等から潜在化し、問題を一層深刻化させている。
③近時、女性に対する暴力の関係では、ストーカー規制法(注8)が成立し、ストーカー行為が犯罪とされるとともに、行政的対応が整備された。また、児童虐待の関係では、児童虐待防止法(注9)が成立し、児童福祉法の下での児童相談所の対応が強化された。行政面では、警察が、女性、子どもを守るための積極的対応を打ち出し、婦人相談所や婦人保護施設における被害女性の保護・支援の取組も一定の範囲で拡大している。各種施設における虐待に関しては、都道府県知事等による監督の仕組みがあるほか、近時、地方公共団体によるオンブズマン組織設置の動きがある。
イ 必要な救済措置等
①虐待に関しては、上記のとおり、一定の立法的・行政的な手当てがなされているが、いまだ十分な取組が行われていない分野もあり、人権救済制度においても積極的救済が必要である。その前提として、積極的救済の対象とすべき虐待の範囲を明確にする必要がある。
○その範囲は、上記の問題状況や児童虐待防止法上の定義等に照らすと、加害者・被害者間に法律上又は事実上の力の優劣を伴う関係がある中で起きる虐待、すなわち、家庭、施設、職場その他の場所で、女性、子ども、高齢者、障害者等の相対的に劣位にある者に対して行われる身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト(保護義務者の場合)を含むものとすべきである。学校における体罰、学校や職場等におけるいじめも、これに含まれる場合がある。
②虐待に関しては、差別と同様に、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助等を整備するとともに、人権救済機関は、関係機関等との連携協力により、早期発見や被害者の保護・支援に努めるべきである。
○虐待は潜在化しやすく、その間に深刻化する傾向があることから、人権救済機関は、訪問相談の実施や民生委員等の各種民間ボランティアとの連携等により、早期発見に努めるべきである。また、障害者や高齢者に関しては、周囲とのコミュニケーションに関する困難性から、虐待被害の発見が遅れることがあるため、これらの人々とのコミュニケーションを確保する工夫も必要である。
○虐待については、被害者に対する事後的なカウンセリングが重要であるほか、加害者へのカウンセリングにより再発防止を図る必要がある場合も少なくないが、カウンセリングには心理学等の専門的知識を要することなどに照らすと、人権救済機関は、公私の関係機関・団体における取組を踏まえつつ、これらと連携協力していく必要がある。また、被害者の生活支援の面でも、公私の関係機関・団体と連携協力すべきである。
18、「公私の関係機関」との連携が重要との指摘は、注目に値する指摘である。部落問題をはじめとした差別問題の救済に関しても、この視点を持つべきである。新たに設置される救済機関は、民間団体を敵視するのではなく、主体性をもって連携を図るべきである。
③家族や訪問販売業者等による高齢者、障害者の財産権侵害についても、その密室性や被害者のコミュニケーション障害、被害認識の欠如等から問題が潜在化しやすいなど、虐待と共通の問題がある。人権救済機関としては、虐待の早期発見のための取組の中で、これらの問題についても目配りし、あっせん、指導等任意の手法により被害の拡大を防止し、被害者の保護を図ると同時に、適宜告発等により刑事手続を促すなど必要な措置を講ずべきである。
(3)公権力による人権侵害
公権力による人権侵害のうち、差別、虐待に該当するものについて、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助の手法により、積極的救済を図るべきである。
ア 人権侵害の現状と救済の実情
①先に指摘したとおり、公権力による人権侵害には、各種の国営・公営の事業等における差別的取扱いや虐待等、私人間におけるものと基本的に同様の態様のものがあるほか、違法な各種行政処分による人権侵害、捜査手続や拘禁・収容施設内における暴行その他の虐待からいわゆる冤罪や国等がかかわる公害や薬害等の問題に至るまで様々な問題がある。
②行政処分に対しては一般的な行政不服審査や個別の不服申立ての手続が整備されている。また、捜査手続や拘禁・収容施設内での虐待等については、付審判請求を含む刑事訴訟手続のほか、内部的監査・監察や苦情処理のシステムが設けられている。
イ 必要な救済措置等
公権力による人権侵害についても、私人間におけると同様、自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある差別や虐待の被害者に対して、特に積極的救済を図る必要があることは言うまでもない。
他方、各種行政処分に対しては一般又は個別の不服申立制度が整備されており、また、人権救済機関が冤罪や公害・薬害等の問題にまで幅広く対応することは、関係諸制度との適正な役割分担の観点からも適当でないことから、公権力による人権侵害すべてを積極的救済の対象とすることは相当でない。
このほか、規約人権委員会の最終見解における勧告の趣旨等をも勘案すると、公権力による人権侵害に関しては、前記(1)、(2)の差別、虐待に該当するものについて、他の手続との関係にも留意しつつ、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助の手法により、積極的救済を図るべきである。
19、新たに設置される救済機関は、公権力による人権侵害、差別事案も積極的に取り扱うべきである。その際、調査権限や勧告の執行力とも相当強力な権限を付与されることが必要である。とくに、警察官や入国管理関係職員、刑務官など公権力の行使に関わる職員による人権侵害に対して、新たに設置される委員会が強制力をとも なった調査、並びに是正命令等を行使できる必要がある。
(4)メディアによる人権侵害
ア マスメディアによる人権侵害
マスメディアによる人権侵害に関しては、まずメディア側の自主規制による対応が図られるべきであり、その充実・強化を要望することとするが、犯罪被害者等に対する報道によるプライバシー侵害等については、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助により、積極的救済を図るべきである。
(ア)人権侵害の現状と救済の実情
①報道によるプライバシー侵害、名誉毀損、過剰な取材による私生活の平穏の侵害等の問題がある。
特に、犯罪被害者やその家族のプライバシーを侵害する報道や行き過ぎた取材活動は、二次被害とまで言われる深刻な被害をもたらしている。被疑者・被告人の家族についても同様の問題があるほか、少年被疑者の実名報道等の問題もある。これらの人々は、その置かれた状況から、自ら被害を訴えることが困難であり、また裁判に訴えようとしても訴訟提起・追行に伴う負担が重く、泣き寝入りせざるを得ない場合も少なくない。
②新聞、雑誌等の活字メディアについては、各社の自主規制に委ねられているが、放送については、法律上の訂正放送制度に加え、放送局が共通の自主的苦情処理機関として設置した「放送と人権等権利に関する委員会機構(BRO)」による取組がある。
(イ)必要な救済措置等
a 自主規制
活字メディアについては第三者性や透明性の確保を含む自主規制の強化・徹底を、放送についてはBROの更なる充実を要望することとする。
①マスメディアによる人権侵害の問題については、憲法上保障された表現の自由、報道の自由の重要性にかんがみ、まずメディア側の自主規制による対応が図られるべきである。新聞、雑誌各社においても、第三者を活用した苦情処理制度の新設等の取組も含め、一定の努力がなされているが、なお十分な信頼を得るためには、苦情処理の過程に第三者を活用する取組を更に進めるとともに、結果の公表も含めて苦情処理制度全般の透明度を高める取組が期待される。なお、自主規制の充実に関しては、諸外国において、メディアが苦情処理のために自主的に設置した共通の第三者機関による取組が評価されていることも参考にされるべきである。
②放送に関するBROについては、審査基準の明確化や取材活動への対応を含め、その活動が一層充実・強化されることが期待される。
b 人権救済機関による救済
犯罪被害者とその家族、被疑者・被告人の家族、少年の被疑者・被告人等に対する報道によるプライバシー侵害や過剰な取材等については、これらの人々が自らの人権を自ら守っていくことが困難な状況にあることに照らし、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助により、積極的救済を図るべきである。
①マスメディアにおける自主規制の現状等に照らすと、マスメディアによる人権侵害の問題をすべてその自主規制に委ねることは相当でないが、他方で、マスメディアによる人権侵害を広く積極的救済の対象とすることは、表現の自由、報道の自由の保障等の観点から相当でなく、特に救済の必要性の高い上記の分野に限って積極的救済を図るべきである。
②誤った犯人報道を含め、誤報による名誉毀損の被害も深刻であるが、行政に属する人権救済機関が報道内容の真偽や取材内容等についての調査を行うことは、表現の自由、報道の自由との関係で相当でなく、また、実効的な調査も期待できないことから、これらの人権侵害は、原則として人権救済機関による積極的救済にはなじまないものと考える。
イ その他のメディアによる人権侵害
インターネットは、個人が不特定多数の人に向けて大量の情報を発信することを可能とし、これを悪用した差別表現の流布や少年被疑者等のプライバシー侵害の問題が顕在化している。これらについては、まず一般の差別表現等としての救済の在り方を検討すべきであるが、インターネットに固有のものとして、通信の秘密で守られた発信者情報の開示等の問題があり、これについては、関係省庁による検討状況も踏まえて、実効的な救済の在り方を引き続き検討することとする。
20、インターネットによる差別宣伝、差別扇動は、現在深刻な実態である。今後、インターネットの普及にともない、この問題は一層深刻化することが予測される。そこで、この問題については、独立の項目を起こし、(1)インターネットの利用にあたっては基本的人権を尊重する義務があること、(2)利用者やプロバイダーに対する人権教育を義務づけること、(3)公的な苦情処理機関を設置すること、(4)公的な苦情処理機関などの指導にも従わない場合、なんらかの罰則を加えることなどを、盛り込む必要がある。
2 救済手法の整備
以上を総合すると、人権救済制度における救済手法を大幅に拡充することが必要であり、相談やあっせん、指導等に加え、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助等の整備を図る必要がある。
(1)相談
①あらゆる人権侵害に対応できる総合的な相談窓口を整備する必要がある。相談窓口は、被害者が気軽に相談できる身近なものでなければならない。この観点からは、特に、都道府県や市町村の行う各種相談事業との有機的な連携が重要である。
②相談は、適切な助言等を通じて、人権侵害の発生や拡大を防止し、当事者による紛争解決を促すなどそれ自体が有効な救済手法であるから、担当する職員等には各種人権問題とその解決手法に関する専門的知識が必要であり、職員等の質的向上が重要である。一方、相談の振り分け機能との関係においては、他の救済にかかわる制度や細分化された行政窓口等の中から、事案に応じた適切な部署に紹介・取次ぎを行う必要があり、これをたらい回しに終わらせないためにも、関係機関との連携協力体制の構築が必要である。
(2)あっせん、指導等
あっせん、指導その他の強制的要素を伴わない専ら任意的な手法による救済は、従来から法務省の人権擁護機関が行ってきたところである。実効性に一定の限界があることは否めないものの、粘り強く加害者を啓発して自主的に是正措置等を講ずることを促すその手法は、再発防止等の観点から人権救済にふさわしいものであると同時に、事案に即した柔軟な解決を可能にするものであり、これに従事する職員の専門性を涵養するなどして、引き続き、この手法による対応を充実していく必要がある。
(3)調停
調停者が必要に応じて事実関係を調査した上で、当事者間の合意による紛争解決を促す調停は、裁判手続に比べ、簡易・迅速で、具体的事案に即した柔軟な救済を可能とする手法であり、諸外国の人権救済機関も含め、内外で最も活用されている代表的な裁判外紛争処理の手法である。人権救済においても、この手法を大いに活用すべきであり、一定の専門性等を有する人権擁護委員の参加を含め、調停手続やこれを担う体制の整備を図るべきである。
21、現行の人権擁護委員には本質的な問題がある。そこで、「人権擁護委員の参加」を削除し、「一定の専門性や人権問題に関する見識を有する委員による」とすべきである。
(4)仲裁
仲裁人が、仲裁判断に従うとの当事者双方の合意を前提として、必要な調査を行い、確定判決と同一の強い効力を持つ仲裁判断を示す仲裁は、解決の柔軟性を維持しつつ、より簡易・迅速に事案の最終的な解決を図る裁判外紛争処理の手法である。従来、我が国では、一定の分野を除き、必ずしも十分に利用されてこなかったが、その有用性にかんがみ、人権救済においては、事案に応じて柔軟に活用すべきである。
(5)勧告・公表
人権侵害の加害者に対し、人権侵害の事実を指摘して任意に一定の救済措置を講ずるよう促す勧告は、それ自体に勧告内容の遵守を強制する効力はないが、人権救済機関の権威を背景とした相応の指導力を期待することができるとともに、その不遵守に対する公表は、一般に対する啓発効果のほかに、これを嫌う者にとっては事実上間接強制の効果を持ち得る。法務省の人権擁護機関においては、従来から任意調査に基づいて人権侵害の事実を確認した一定の重大事案に関して勧告を行ってきたが、要件・手続等を整備した上、勧告・公表の手法を有効に活用すべきである。
(6)訴訟援助
① 勧告・公表までの手法によっても被害者救済が図れない場合の対応として、被害者が自らの請求権に基づき訴訟提起できる場合には、被害者が司法的救済を得られるよう人権救済機関がこれを援助していくことが相当である。
○ 諸外国の人権救済にかかわる機関の中には、審判手続を経て、拘束力のある裁定を行うものがあるが、被害者自らが訴訟提起できる場合には、むしろ訴訟の利用を図ることが直截かつ合理的である。
○ 他方、諸外国の人権救済にかかわる機関の中には、被害者に代わって自ら訴訟を提起することにより救済の実現を図るものもあるが、被害者自らが訴訟提起できる場合の人権救済機関による訴訟提起の必要性については疑問があるほか、法制面での問題もあり、むしろ被害者の訴訟を援助していくことが相当と考える。
② 訴訟援助の具体的手法としては、法律扶助に加え、人権救済機関が調査の過程で収集した資料を訴訟に活用していくための資料提供の制度について、その要件や手続の点も含め、整備することを検討すべきである。また、救済の確実な実現を図るためには、更に進んで人権救済機関が被害者の提起した訴訟に主体的に関与し得る仕組みも考えられるところであり、人権救済機関による意見陳述や訴訟参加の制度について引き続き検討することとする。
22、新たに設置される救済機関の積極的な訴訟参加は、とりわけ人権侵害や差別をした当事者が公権力の場合必要である。
(7) 特定の事案に関する強制的手法(注10)
差別を助長・誘発するおそれの高い一定の表現行為や慣行的な差別的取扱い等、被害者個人による訴訟提起が法律上又は事実上著しく困難であったり、それだけでは問題の実質的解決にならない事案に関する救済の在り方については、上記手法のほか、人権救済機関による命令・裁定や人権救済機関が裁判所に差止命令の発付を求める制度等も視野に入れつつ、表現の自由との関係や行政と司法の在り方等を踏まえて、引き続き検討することとする。
23、「差し止め命令」の発布を裁判所に求める制度等積極的に検討すべきである。ただその際、その行為を明確に法律で禁止しておくことが必要である。
(注6)人種差別撤廃条約
あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約。
(注7)性的指向等
性的指向(異性愛、同性愛、両性愛の別を指すsexual orientationの訳語)のほか、性同一性障害、インターセックス(先天的に身体上の性別が不明瞭であること)等を含む。
(注8)ストーカー規制法
ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年5月成立、同年11月施行)。
(注9)児童虐待防止法
児童虐待の防止等に関する法律(平成12年5月成立、同年11月施行)。
(注10)特定の事案に関する強制的手法
差別を助長・誘発するおそれの高い一定の表現行為(第4、1(1)イ(イ)②)や慣行的な差別的取扱い等(同(ア)b②)については、勧告・公表等の手法に加え、これを強制的に排除する手法についても検討する必要がある。その手法としては、人権救済機関が命令又は裁定(後者は行政審判に基づく審決等をいう。)によって差止め等を命ずる方法や、裁判所が人権救済機関の申立てに基づいて差止め等を命ずる方法が考えられる。前者の手法については、排除すべき行為が表現行為に属する場合、行政機関がこれを行うとすると、表現の自由の保障との関係が特に問題となり、他方、後者の手法については、表現の自由の保障との関係のほか、類似の制度が現行法上例外的にしか認められておらず、また、司法制度との適合性の点も含め、三権分立の下での行政と司法の在り方が問題となるなど、検討すべき課題がある。
第5 調査手続・権限の整備
①法務省の人権擁護機関による現行の人権侵犯事件の調査処理制度においては、専ら任意調査により事実関係の解明が図られているが、関係者等から協力が得られない場合は調査に支障を来し、事実関係の解明が困難になる。積極的救済を図るべき人権侵害については、救済手法を実効性あるものとするだけでなく、その前提となる事実関係の解明を的確に行えるようにすべきであり、一定の強制力を伴う調査権限を整備する必要がある。
②強制的な調査権限の内容や強制の程度については、他の裁判外紛争処理制度(ADR)における強制調査権限の整備状況等も踏まえながら、必要な調査権限を整備すべきであり、例えば、過料又は罰金で担保された質問調査権、文書提出命令権、立入調査権の必要性等について、救済の対象や救済手法の内容との対応関係において引き続き検討することとする。もっとも、人権救済制度の性格上、裁判所の令状を要するような直接的な強制を含む強い調査権限まで認めるべきではないと考える。
24、強制力をともなった調査も必要な場合も想定される。但し、その前提として、その行為を禁止した法律が整備されている必要がある。
③調査の範囲、対象は、相手方の人権への配慮からも過度に広範であってはならない。行き過ぎた調査により、相手方の内心の問題やプライバシー等に必要以上に踏み込むことにならないよう、十分留意する必要がある。
④積極的救済の対象とすべきマスメディアによる一定の人権侵害(第4、1(4)ア(イ)b)との関係では、表現の自由、報道の自由の重要性にかんがみ、強制調査について慎重な配慮が必要であり、この種事案に対する調査の在り方についても、引き続き検討することとする。
第6 人権救済機関の組織体制の整備
1 人権救済機関の独立性等
積極的救済を含む救済を行う人権救済機関は、政府からの一定の独立性が不可欠であり、そのような独立性を有する委員会組織とする必要がある。
①人権救済機関は、差別、虐待に係る私人間の様々な紛争に関し、強制調査権限を行使するなどして人権侵害の有無を認定した上、勧告・公表や訴訟援助を含む手法により被害者救済を図ることや、公権力による同種の人権侵害について同様の積極的救済を図ることに加え、マスメディアによる一定の人権侵害についても積極的救済の対象とすることなどに照らすと、これまでの内部部局型の組織の充実・強化による対応には限界があり、政府から一定の独立性を有し、中立公正さが制度的に担保された組織とする必要がある。
また、広範な人権侵害について様々な判断を求められることなどに照らすと、合議制の機関が相当であり、上記の点も併せると、人権救済機関は、独立性のある委員会組織とすべきである。
②委員会の業務を十分に支え得る事務局を整備する必要がある。後記(第6、6)の会の設置に向けては、現在これらを主要な所掌事務としている法務省人権擁護局の改組も視野に入れて、体制の整備を図るべきである。
2 人権救済機関の全国的な組織体制の在り方
人権救済機関については、全国各地で生起する人権侵害事案に対して実効的な救済を可能とする組織体制を構築する必要があり、そのためには、法務局・地方法務局の人権擁護部門を改組することなどにより、人権侵害事案の調査や調停、仲裁等に当たる委員会事務局の地方における組織体制の整備を図る必要がある。
①意思決定機関としての委員会は、事務局の行う調査に基づいて勧告・公表や一定の訴訟援助等についての決定を行うものとし、委員会を支える事務局は、相談業務のほか、事案の処理に関して委員会を補佐するため、申立事案の調査を行い、その結果を委員会に報告し、また必要に応じて、調停、仲裁を行うなどの役割を担うものとすべきである。なお、一定の事案については、委員会又はその構成員が自ら調査等を行うことも視野に入れた仕組みとする必要がある。
②上記の事務分担の下で、日々各地で生起する人権侵害事案に適切に対処するためには、法務局・地方法務局の人権擁護部門を改組することにより、委員会事務局の地方における組織を整備するとともに、専門性を有する職員や人権擁護委員の確保により、その体制整備を図る必要がある。なお、事務局の地方組織と委員会の間の迅速な情報伝達を可能とする仕組みの導入も必要である。
25、新たに設置される委員会に求められる基本的な要件は、国家からの独立性を確 保すること、地方分権の時代の流れを踏まえたものとすること、専門性と多様性を反映したものとすること等である。このため、なによりもまず求められることは、(1)法務省人権擁護局の早急な中央人権委員会(仮称)事務局への所掌事務の移管、(2)法務局・地方法務局の人権擁護に関わった所掌事務の都道府県・政令都市単位に設置される人権委員会(仮称)事務局への移管、(3)中央人権委員会の独立性を確保するために、この委員会は、国家行政組織法第3条に基づく委員会とする。
26、新たに整備される独立した委員会が取り扱う人権侵害や差別行為は、全府省庁に関連しているし、都道府県・政令都市等地方自治体との連携も求められてくることから、省庁再編後新たに設置される内閣府に付置されることがふさわしい。(「法務省人権擁護局の改組」といった部分的な改善でなく、抜本的なものとする必要がある。)
27、中央と地方の委員会は、基本的には対等の関係とすべきである。但し、中央は複数の都道府県にまたがる人権侵害や差別行為、並びに重大な事件を扱うものとする。(従って、地方の人権委員会についても「法務局・地方法務局の人権擁護部門を改組」などという部分的なものでなく、抜本的なものとする必要がある。)
3 人権擁護委員が人権救済に果たすべき役割
人権擁護委員は、今後も積極的に相談業務に関与するほか、当該市区町村や他の民間ボランティア、被害を受けやすい人々等との日常的な接触を通じて、人権侵害の早期発見に寄与するなどの役割を果たすとともに、さらに、その適性に応じて、あっせん、調停、仲裁にも積極的な参加を行うなど、積極的救済にも寄与すべきものとして位置付けるべきである。
①全国の市区町村に配置された人権擁護委員は、最も身近な相談窓口であり、その専門性の涵養等を通じて相談の質的向上に努めるとともに、当該市区町村や民生委員等の民間ボランティア、さらには被害を受けやすい人々等との日常的な接触を通じて、様々な人権侵害の早期発見に努め、人権救済においてアンテナ機能を担うことが期待される。
②人権救済には、一定の専門的知識、経験、素養等が必要であるが、人権擁護委員にも、その適性に応じて、あっせん、調停、仲裁やその調査手続への積極的な参加を求め、調停等に関する体制の充実を図るべきである。
28、人権擁護委員は、現状では「名誉職化」している。中には、人権擁護委員が部落差別事件を起こしている事例もある。さらには、定住外国人を排除し、高齢者、しかも男性に偏っているという問題がある。
このため、人権擁護委員の在り方を抜本的に改め、(1)人権についての一定の理解を条件とする(例えば、3ヶ月程度の研修を義務づける)、(2)年齢やジェンダーバランス、を考慮するとともに、定住外国人を含むマイノリティの代表も加われるようにする、(3)実働日数を増やすために手当を大幅に増額し、勤労者については有給休暇扱いとすることができるようにする、など工夫を凝らす必要がある。
なお、人権擁護委員は、基本的には地域に密着した活動を行うことから上記の条件の下に、地方自治体の協力を得て地方の委員会が委嘱するものとする必要がある。
4 人権救済機関の人的構成に関する留意点
委員会の構成に当たっては、人権問題を扱うにふさわしい個人的資質を有する委員を確保すべきはもちろんのこと、その選任には国民の多様な意見が反映される方法を採用すべきであり、また、実際の調査や審査事務を担当する事務局職員を質・量ともに充実する必要がある。人権擁護委員制度については、適任者確保の観点から、改めて検討することとする。
①委員に関しては、中立公正で人権問題を扱うにふさわしい人格識見を備えた者を選任すべきは当然であるが、その選任については、国会の同意を要件とするなど国民の多様な意見が反映される方法を採用すべきであるとともに、ジェンダーバランスにも配慮する必要がある。
29、中央の委員については、内閣総理大臣が国会の同意を得て任命し、地方の委員は知事または政令都市の市長が当該議会の同意を得て任命するものとする。なお、委員の人選にあたっては、人権についての高度な理解はもとより、年齢、ジェンダーバランスに考慮を払うとともに、定住外国人を含むマイノリティからの積極的な任命を図る必要がある。
②人権侵害の調査や調停、勧告等の事務に携わる事務局職員にも、法的な知識、素養や各種の人権問題に対する理解を含む専門性が求められる。人権救済制度が真に実効的なものとなるか否かは、救済措置や調査権限の整備等と並んで、このような専門性を有する職員を質的・量的にいかに確保するかにかかっていると言っても過言でなく、これを可能とするための人事システムや研修の整備に格別の配慮が必要である。
30、人権委員会を新たに立ち上げる際には、その職員として法務省からの出向を認めるとしても、人権についての理解度を考慮するとともに、半数を超えてはならないものとすること、さらには出向者はノーリターンで移動すべきこと。(地方の委員会についても同様)また、新規に職員を採用する場合、人権についての理解度はもとより、ジェンダーバランスと定住外国人を含むマイノリティの出身者を積極的に採用すること。
②人権救済に関与する人権擁護委員にも、これにふさわしい専門性が求められる。人権擁護委員制度については、人権救済や人権啓発において人権擁護委員が果たすべき重要な役割に照らし、適任者確保の観点から、人権救済制度の在り方に関する答申後に、本審議会において引き続き検討を行うこととする。
31、29でもふれたように、現状の人権擁護委員は、根本的な問題があり、その在り方については抜本的に見直すべきである。
5 救済にかかわる他の機関・団体との連携の在り方
人権救済機関は、様々な分野において各種の救済にかかわる取組を実施している国、地方公共団体、民間の関係機関・団体等との間で、緊密な連携協力関係を構築していく必要がある。
(1)国
人権救済機関は、それぞれの分野において被害者の救済にかかわっている国の機関との間で、適正な役割分担の下に連携協力関係を築いていく必要がある。
(2)地方公共団体
①市町村や都道府県においては、各種の相談事業が展開されているが、身近な相談体制の整備の観点からも、人権救済機関は、地方公共団体の相談窓口と連携協力し、救済すべき事案を適切に人権救済の手続に乗せていく必要がある。
②都道府県においては、児童相談所や婦人相談所による取組を始め、一定の分野において、人権侵害の被害者の保護等にかかわる施策が実施されているが、実効的な救済を図るためには、人権救済機関は、特に被害者の保護の面を中心に、これら施策を実施する機関との間で連携協力関係を深めていく必要がある。また、虐待事案等における警察の役割は重要であり、警察とも連携協力していく必要がある。
③地方公共団体においては、そのほか、人権救済にかかわる様々な独自の取組もみられるところであり、人権救済機関としては、それらも視野に入れ、地方公共団体と連携協力していく必要がある。
(3)民間
広く人権擁護の活動を行っている日本弁護士連合会、単位弁護士会や、様々な分野で被害者の救済に取り組んでいる民間団体等との間においても、適正な連携協力関係を構築していく必要がある。
32、人権侵害や差別の被害者の救済をしていく上で、人権確立や差別撤廃に関わった民間団体の果たす役割は極めて大きい。このため、新たに設置される機関は、民間団体を敵視することなく、パートナーとして位置づけ、定期的な懇談、個別事案に関する臨機応変な協議、民間団体の支援なども重視すべきである。また、当事者間の話し合いによってしかるべき解決の方向が見いだされている場合には、それを最大限尊重する旨を明確にしておく必要がある。なお、当事者間の話し合いによる解決には、わが同盟によって実施されている「糾弾」が含まれることはいうまでもない。
6 人権救済機関が他に所掌すべき事務
人権救済機関は、人権救済とともに、人権啓発、政府への助言等の事務を所掌すべきであり、そのための組織体制も併せて整備する必要がある。
①第1で述べたとおり、人権尊重の理念を普及高揚し、人権侵害の発生を未然に防止する一般的な人権啓発と、個別の人権侵害に関して被害者を救済する人権救済は、人権擁護行政における車の両輪であり、人権尊重社会の実現のためには、両者を総合的かつ有機的に進めていくことが肝要である。いわゆるパリ原則や国連人権センター作成のハンドブック(注2、注3参照)も、両者を国内人権機構の重要な任務と位置付けているところである。したがって、人権救済機関は、人権啓発も併せて所掌すべきであるとともに、人権救済機関の組織体制の整備に当たっては、先の答申で提言した人権啓発に関する施策の実施を含め、人権啓発の総合的かつ効果的な推進が可能となるよう特段の配慮が必要である。
33、人権教育・啓発については、1995年12月、内閣総理大臣を本部長とし、全府省庁から本部員が選ばれた「人権教育のための国連10年推進本部」が設置され、97年7月に包括的な国内行動計画が示されている。また、12月6日は、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が施行された。
今後新たに設置される救済機関が、人権啓発に関して一定の役割を担うとしても、「人権教育の10年」や「人権教育・啓発推進法」で規定されている教育・啓発の全てをカバーすることは到底なし得るものではない。
新たな救済機関が担当する人権啓発は、人権侵害や差別行為に対する取り組みとの関係で必然的に求められてくる啓発に限定すべきである。
②人権救済機関が救済や啓発に係る活動の過程で得た経験・成果を政府への助言を通じて政策に反映させていくことも有用であり、政府への助言は上記パリ原則等においても国内人権機構の重要な任務と位置付けられている。したがって、人権救済機関は、この機能をも併せ持つべきであり、さらに人権白書の作成と国会への提出、国連や諸外国の国内人権機構との協力等もその任務とすべきである。
34、国際的な救済制度を活用するため、市民的及び政治的権利に関する国際規約についての第一選択議定書(個人からの通報を認めた条約)を批准すること、人種差別撤廃条約の第14条(個人または集団からの通報を認めた条項)、拷問等禁止条約 第22条(個人からの通報を認めた条項)を承認する旨の宣言を行うことを提言する 必要があるが、「中間とりまとめ」では、この点についての指摘がない。