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声明

 

「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」の制定にたいする声明

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 第150臨時国会で「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」(以下「人権教育・啓発推進法」という)が制定されました。この法律は、私たちの立場からは、なお十分なものとはいえません。しかし、さまざまな困難を乗り越えてこの法律が誕生したことは、ひとえに日本の人権政策の確立を願う国民の努力の結晶であり、関係各位に心から感謝と敬意を表します。なかでも法制定運動に協力を惜しまなかった「部落解放基本法」制定要求国民運動中央実行委員会に結集する宗教団体や企業、労働組合、人権団体、そして地方自治体などの諸団体の皆さんに心から感謝申しあげます。また法案提出に尽力いただいた自民・公明・保守の与党3党、および民主・社民・自由をはじめとした野党各党にも心から感謝申しあげます。

 この「人権教育・啓発推進法」は、頑迷な法務省と対決のすえかちとった法律です。昨年7月29日、法務省のもとに設置された人権擁護推進審議会は、「第1部・人権教育・啓発に関する答申」をおこないました。しかし、この答申は、人権団体や国民の声を無視して「人権教育・啓発のために法的措置は不必要」との立場をとりました。また人権問題の解決で重要な「国の責任」をうたわず、「公権力の人権侵害」を審議会の議論から除外し、「国民相互の理解」などと責任を国民に転嫁し、いずれも国民から厳しい批判を浴びました。
私たち部落解放同盟もまた、この答申を厳しく批判しました。部落解放同盟は、法務省と対決して政府に「国の責任」を明確にせよと迫り、法律を制定するよう要求し、所管を変更せよと運動を展開しました。部落解放同盟のこの一年のとりくみは、法務省との闘いそのものでした。
これにたいして法務省は、あくまでも法律の制定に反対し、国の責任を不問に付し、所管の変更に抵抗しました。法務省は、「同和問題に関する国民の差別意識は……依然として根深く存在している」という1996年5月の地域改善対策協議会意見具申の指摘にもかかわらず、「同和」行政の打ち切りに躍起となり、この法案にたいして最後まで妨害を企てました。しかし、ねばり強い大衆運動は、ついに法務省の頑迷な抵抗を打ち破りました。

  この法律の内容は、第1条(目的)、第2条(定義)、第3条(基本理念)、第4条(国の責務)、第5条(地方公共団体の責務)、第6条(国民の責務)、第7条(基本計画の策定)、第8条(年次報告)、第9条(財政上の措置)と附則(人権擁護推進審議会の「救済」に関する審議結果をふまえ3年以内に見直しをする旨の規定など)から構成されています。
また、この法律が衆・参両院の法務委員会で承認されたさい、附帯決議が採択されました。その内容は、①人権教育および人権啓発に関する基本計画の策定にあたっては、行政の中立性に配慮し、地方自治体や人権にかかわる民間団体など関係方面の意見を十分にふまえること②前項の基本計画は、「人権教育のための国連10年」に関する国内行動計画等をふまえ、充実したものとすること③「人権の21世紀」実現に向けて、日本での人権政策確立のとりくみは、政治の根底・基本に置くべき課題であり、政府・内閣全体での課題として明確にすべきであること④人権教育及び人権啓発に関する本法の基本理念並びに国、地方公共団体及び国民の責務について周知徹底を図り、特に公務員による人権侵害のないよう適切な措置を講ずること。

  「人権教育・啓発推進法」が制定されたことの意義は、きわめて大きいといえます。日本の国内法のなかで人権教育・啓発の推進を真正面にすえた初めての法律であり、この法律の不十分性を克服するためにも制定された意義を明確にし、今後の「人権教育・啓発推進法」の具体化、創造化のとりくみが重要になってきます。
意義の第一点目は、私たちが、1985年5月以降制定を求めつづけてきている「部落解放基本法案」に盛り込まれていた「教育・啓発法的部分」の精神を具体化し、部落差別をはじめ、あらゆる差別の撤廃と人権確立に役立つという点です。
第2点目は、「日本国憲法」や「教育基本法」に盛りこまれている差別撤廃と人権確立のための条項を具体化するために役立つという点です。
第3点目は、日本が締結した「国際人権規約」、「女性差別撤廃条約」、「子どもの権利条約」、「人種差別撤廃条約」などの国際人権諸条約のなかに盛りこまれている人権教育の推進に関する条項の具体化に役立つという点です。
第4点目は、現在とりくまれている「人権教育のための国連10年」にちなんだとりくみの法的根拠が獲得されたこととなり、これをいっそう発展させることに役立つという点です。
第5点目は、全省庁、すべての地方自治体、学校や企業をはじめ、あらゆる場所で人権教育を推進していくことに役立つという点です。
第6点目は、差別が撤廃され人権が確立された21世紀の日本社会を実現し、日本が国際社会で名誉ある地位を占めることに役立つという点です。

  この「人権教育・啓発推進法」はまた、今日までの「同和」教育と啓発の成果を引き継いだ部落差別をなくしていくための法律です。
周知のとおり、この法律は、今後の「同和」行政を検討するなかから生まれました。そのいきさつを振り返れば、つぎのような経過をたどっています。
部落問題の解決に向けた今後の方策の基本的在り方を検討していた地域改善対策協議会は、1996年5月の意見具申で、「差別意識の解消を図るための教育・啓発については、これまでの同和教育や啓発活動の中で積み上げられてきた成果とこれまでの手法への評価を踏まえ、すべての人の基本的人権を尊重していくための人権教育、人権啓発として発展的に再構築すべきである」と提言しました。これを受けて、1996年7月の閣議決定で、「同和問題に関する差別意識の解消に向けた教育・啓発に関する地域改善対策特定事業は、一般対策としての人権教育・啓発に再構成して推進する」とされました。
このような経過のもとに、1996年12月、「人権擁護施策推進法」が制定され、同法にもとづいて、人権擁護推進審議会が法務省に設置され、教育と啓発に関する事項について審議されることになり、その答申の限界や問題点を批判的にふまえ、この法律が制定されました。したがって、この法律には、「同和教育や啓発活動の中で積み上げられてきた成果とこれまでの手法への評価を踏まえ、すべての人の基本的人権を尊重していくための人権教育、人権啓発として発展的に再構築」するという位置付けが与えられています。この法律は、人権教育・啓発として再構成された「同和」教育や啓発をすすめるために制定された法律として重要な意義を担っているのです。
この法律には、「同和」教育・啓発の名称は付けられていませんが、具体的な中身として人権教育・啓発のなかに「同和」教育をしっかり位置付け、人権教育・啓発のもっとも重要な課題として部落問題の解決を展望するために制定された法律です。
ところで「人権教育・啓発推進法」には、もう一つより積極的な意味で部落差別をなくす位置付けを与えることが重要です。すなわち、部落への差別意識や偏見をなくすためには、「同和」教育を推進すると同時に人権意識の底上げのための人権教育・啓発が不可欠だということです。
1993年の全国実態調査では、一般的な傾向として人権意識の低い人ほど、部落民との結婚に強く反対していることがわかりました。このため、部落への差別意識をなくすためには、人権意識を底上げするための人権教育・啓発を強く推進することが不可欠であると総括されました。私たち部落解放同盟は、この観点からより積極的に人権教育・啓発を位置付け、この法律を武器に部落解放に向かって歩んでいきたいと考えます。

以上指摘したように、今回制定された法律には大きな意義がありますが、いくつかの問題点も存在しており、今後の運動によって克服していく必要があります。

問題の第1は、第七条に規定されている「基本計画」の内容が十分検討されず、不明確だという点です。この法律の内容は、実質的には「基本計画」にかかっています。しかし、その「基本計画」は今後策定するものとされ、その内容は十分に検討されていません。
この点については、衆参両院での附帯決議に「『人権教育のための国連十年』に関する国内行動計画等を踏まえ、充実したものにすること」との指摘がありますが、これを最大限活用して、政府に迫っていく必要があります。具体的には、学校教育や社会教育、企業内研修などあらゆる場で人権教育を推進していくこと、人権とのかかわりの深い特定職業従事者にたいする人権教育を積極的に推進することなどを求めていくことが重要です。また、人権教育がとりあげるテーマとして、部落差別の撤廃をはじめあらゆる差別の撤廃を明確に位置付けることを求めていくことも必要です。
問題の第2、「基本計画」の策定を誰が、どこでおこなうかが明記されていない点です。
私たち部落解放同盟は、法案審議にあたって、「基本計画の策定については、地方自治体や人権団体、NPOなどから幅広い意見やそのとりくみを反映させること。また政府が策定した『人権教育のための国連10年・国内行動計画』をふまえる」ことを要求しました。また「人種差別撤廃条約」など日本政府が締結した人権に関する諸条約をふまえるよう要求しました。この点について附帯決議で、「地方自治体や人権にかかわる民間団体等関係方面の意見を十分に踏まえること」とした指摘が盛りこまれており、これを最大限活用していく必要があります。「基本計画」策定にあたっては、国の「行動計画」はもとより、各地方自治体が作成した「行動計画」をふまえるとともに、地方自治体や人権団体と十分に協議し、策定することが欠かせません。
なお、衆議院での附帯決議の第1項目では「行政の中立性に配慮し」との規定もありますが、その意味するところは、行政は、人権教育・啓発に関する施策を実施するさい、憲法や教育基本法、さらには日本が締結した国際人権規約などを根拠にしなければならないという意味として理解されなければなりません。
問題の第3は、この法律の所管が法務省と文部省となっている点です。私たちのねばり強い闘いによって、法務省の単独所管を改めさせ、文部省を加えることになりましたが、それでも不十分だといわざるをえません。これまでの法務省の治安対策的な発想が基本計画の策定に反映されることがあってはなりません。それでは「人権教育のための国連10年」の理念をふまえた人権教育・啓発の推進とはいえません。
いうまでもなく人権教育や人権啓発の推進は、政府全体でとりくむべき課題であり、現に22の省庁で人権教育や人権啓発がとりくまれています。しかし、人権教育・啓発は法務省が実質的に所管しています。私たち部落解放同盟は、政府全体の総合調整機能をもつ省庁――新たな省庁再編では内閣府が所管するよう訴えてきましたが、省益を優先させた法務省は最後まで自省の所管に固執しました。今回、法制定の過程で文部省との共管という位置付けが与えられ、また法律の附帯決議で、日本における人権確立の取組みは、政治の根底・基本に置くべき課題であり、政府・内閣全体での課題として明確にするべきである、とされましたが、法務省が実質的に所管する体制は変わっていません。人権教育・啓発は、「政府・内閣全体での課題」であり、私たちは今後とも内閣府への移管を実現するため国民的な運動を推進していかなければなりません。
ちなみに、1995年12月、閣議決定にもとづき設置された「人権教育のための国連十年推進本部」の構成を見たとき、本部長は内閣総理大臣で、副本部長には関連性の深い五人の大臣が就任し、本部員には全府省庁の事務次官クラスが網羅されています。そして、事務局は内閣官房内政審議室に置かれています。これを見たとき、今回制定された法律の所管は、法務省ではなく2001年1月6日以降新たに設置される内閣府に置くことがふさわしいことは、いうまでもありません。
問題の第4は、財政上の措置が明確にされていない点です。
人権教育・啓発を推進するためには、推進体制を整備すると同時に、それを裏づける十分な財政措置がとられなければなりません。財政的裏づけのない計画は、画にかいた餅と同じです。このため部落解放同盟や地方自治体は、財政措置を強く求めましたが、法律では「地方公共団体に対し、事業の委託その他の方法により、財政上の措置を講ずる」とされただけで、十分な財政措置が条文に明記されていません。
問題の第5は、人権教育・啓発センターや人権教育・啓発指導員など具体性を欠いた法律になっている点です。
人権教育・啓発を地域で具体的に実践しようとすれば、具体的な推進体制が整備されなければなりません。部落解放同盟は、法案検討の過程で、人権教育・啓発推進のために各地域に隣保館の拡充や人権教育・啓発センターの整備、人権教育・啓発を専門的に推進していくためのリーダーの養成、また人権教育・啓発指導員などの配置を要求しました。しかし、「人権教育・啓発推進法」にはそうした具体的なものが示されませんでした。
問題の第6は、「3年後の見直し」を付記することで、法律そのものを人権侵害にたいする救済機関設置法に吸収合併し、廃止するおそれを残していることです。
法律の附則第2条では、被害者の救済に関する人権擁護推進審議会の第2部の「審議の結果をも踏まえ、見直しを行うものとする」ことが追加されました。この見直しは、せっかく誕生したこの法律そのものを廃止するおそれを残しています。というのは、法務省はかねてから、「人権教育・啓発のために法的措置は不必要」と公言し、人権教育・啓発は、現在検討中の救済機関の所掌事務の一つとして位置付けることを検討しています。そして、もし新しく人権侵害にたいする救済機関の設置法が誕生すれば、その法案のなかに今回の「人権教育・啓発推進法」を包摂するとの発言もおこなっています。もしこれが事実だとすれば、実質的に「人権教育・啓発推進法」の廃止を意味することになります。これは法律制定に反対してきた法務省のきわめて政治的な策謀というほかありません。本来、附則2条の「見直し」は、法務省から内閣府へ所管を変更するという意味の見直しであり、私たち部落解放同盟は、今後政府および関係機関にたいして強く働きかけていきます。

  以上のような意義と問題点をもつ「人権教育・啓発推進法」の制定をふまえた今後の課題は、つぎのとおりです。
第1に、「人権教育・啓発推進法」の所管を法務省から内閣府に変更するというとりくみを強化する必要があります。
第2に、全府省庁にたいして、それぞれの職員研修も含めた人権教育・啓発を推進するための計画の策定を求めていくことです。
第3に、人権とのかかわりの深い特定職業従事者にたいする人権教育・啓発をいっそう推進していくための(カリキュラムやテキストの策定を含む)計画の策定を求めていくことです。
第4に、すべての自治体にたいし、国の積極的な補助を求めつつ人権教育・啓発を推進していくための体制の整備と計画の策定を求めていくことです。
第5に、幼稚園や保育所、小学校、中学校、高等学校、大学、大学院大学などすべての教育機関で、学習指導要領やカリキュラムへの位置づけを含め、人権教育・啓発を推進することを求めていくことです。
第6に、民間の企業、農協や漁協、PTAや各種団体などで、人権教育・啓発を推進していくための体制を整備し、計画の策定を求めていくことです。
第7に、マスコミ各社にたいし人権教育・啓発を推進するための体制を整備し、計画を策定することを求めていくことです。
第8に、隣保館や公民館などを拡充し、地域に密着した人権教育・啓発センターを整備するとともに、各方面で人権教育・啓発を推進していくためのリーダーの養成を求めていくことです。
第9に、人権教育・啓発の推進にかかわるNGOやNPOにたいする積極的な支援を求めていくことです。

  21世紀を目前にした日本の人権状況はきわめて憂慮すべき状況にあります。それは、あいつぐ保険金殺人事件や児童虐待が多発していることに象徴されています。部落差別をはじめとした差別問題についても1998年6月に「差別身元調査事件」が発覚し、インターネットを悪用した差別宣伝・差別煽動がつづいています。
このような危険な日本の人権状況を直視したとき、「人権教育・啓発推進法」が制定されたことの意義はきわめて大きいといえます。この成果をふまえ、悪質な差別行為にたいする法的規制と人権侵害の被害者にたいする真の救済機関の設置、部落を含む人権のまちづくりの推進に役立つ法整備に向けたとりくみを強化していく決意です。
「激動の世紀」といわれた20世紀もあと一か月で幕を閉じ、新しい世紀を迎えようとしています。20世紀は、科学技術が急速に発達し、人びとの生活に豊かさをもたらした反面、2度の世界大戦に見られるように人類に多くの災いをもたらした世紀でもありました。迎える21世紀は、「人権の世紀」といわれていますが、この言葉には、人類の平和と幸福が実現する時代にしたいという全世界の人びとの願望がこめられています。
わが国でも、基本的人権の尊重を原理とする憲法のもとに、人権尊重が叫ばれてきましたが、憲法施行後50年以上を経過した今日の時点でも、部落差別をはじめ女性差別、障害者差別、外国人差別など不当な差別が解消されていません。このためわが国が、「世界の人権擁護推進に寄与し、国際社会で名誉ある地位を得るためにも」(第一部答申)、これらの課題を早急に解決していくための人権教育・啓発をはじめとして人権政策を確立させることが重要です。
本日、国会で「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が可決されましたが、部落差別をはじめとしてあらゆる差別をなくしていくために、私たち部落解放同盟はさらに部落解放の大道を歩むものです。
最後に、わが同盟は、この法律の制定に向けてともにとりくんできた人びととの連携をいっそう強化し、部落差別をはじめとするあらゆる差別の撤廃と人権確立にむけた法整備を実現し、人権文化が花ひらく21世紀の日本の創造をめざしていくことを誓うものです。

2000年11月29日 部落解放同盟中央本部


参考:人権教育及び人権啓発の推進に関する法律

 

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