2006年度(第63期)一般運動方針
三 今大会の意義と任務
1 部落解放運動の真価が問われる4つの重要課題
① 差別撤廃と人権確立をめざしてきた部落解放運動の80有余年の歴史と伝統が何であったのかという真価が問われるのが、まさにこれからの時代であるといえます。今大会では、こうした時代認識をふまえて、この1年間にとりくむべき「4つの重要課題」について提起します。
② 第1の課題は、「人権と平和」の視点を堅持した憲法や「教育基本法」論議を深め、戦争へとつながる危険な国権主義、民族排外主義と断固として対峙し、「人権侵害救済法」の制定をはじめとする総合的な「人権の法制度」を確立していくとりくみです。
③第2の課題は、狭山第3次再審闘争勝利への揺るぎない前進と、政治反動・経済不況、社会不安のもとで悪質・頻発化する差別事件を許さず、断固とした糾弾闘争を展開していくとりくみです。
④第3の課題は、正確な差別実態の把握に即した行政闘争の展開や部落解放運動の要求闘争の発展形態としての「人権のまちづくり」運動をはじめとする日常活動を強化していくとりくみです。
⑤第4の課題は、新たな時代の変化の要請に応えうる中央オルグ団の再編をはじめとする組織強化および財政確立と次代を担う人材育成に向けてのとりくみです。
2 憲法改悪の危険な政治動向と対峙し、総合的な「人権の法制度」確立への課題
①憲法・「教育基本法」問題への「反差別・人権」の視点からの基本対応
ここ数年来、憲法および「教育基本法」に関する改訂問題の論議が活発になってきていましたが、昨年の4月に衆参両院の憲法調査会が5年間の調査内容をまとめて「最終報告書」を議長に提出したことで、憲法論議は本格化してきました。
昨年11月には、自民党が“自衛軍”や“国民の義務”を明記した「新憲法草案」を結党50年を機に公表したのについで、民主党も「憲法提言」を公表し、各政党はもちろんのことマスコミ界もふくめて、憲法論議は加熱してきています。
部落解放同盟としてもこれらの憲法論議を政党任せにして座視することなく、「戦後60年の試練と検証を受けてきた憲法の基本精神である平和主義、基本的人権、主権在民は今後も揺るがすことのできない立場」であることを確認しながら、差別撤廃・人権確立の基本的視点を据えて論議を重ね、「憲法問題に関する中間報告」をまとめてきました。
そこでの基本対応は、まず第1に「戦争のできる国」や「市場原理にもとづく弱者切り捨て」の立場からの憲法改悪策動には断固反対するということです。また、憲法改悪策動に連動した一連の動向にも厳しく対処していくことが重要です。とくに、「日の丸・君が代」の教育現場への強権的な強制や偏狭な愛国心教育に道をひらく「教育基本法」の改悪、戦前の治安維持法に通じる「共謀罪」創設の刑法改悪、権力による個人情報の一元的管理を可能にする「住民基本台帳法」「個人情報保護法」の問題など、国民監視体制が着ちゃくと準備されていることを見逃してはならないということです。しかも、これらの準備が、「国民の安全・安心と利便のために」という心地よい甘言のもとにおこなわれてくることへの危険性に徹底した注意を払うべきです。
第2に、部落解放運動が、憲法を拠り所にしながら、教科書無償化や奨学金制度の改革、最低賃金制度や生活保護制度の改革などを通じて、憲法の内容を具体化・実質化させていくとりくみをすすめてきた成果を憲法論議に反映させつつ、基本的人権条項を中心に発展・充実させていく姿勢も重要です。とくに、憲法13条(個人の尊重と幸福追求権)・14条(平等権)を原点にしながら、結婚の自由と男女平等(24条)、生存権(25条)、教育権(26条)、勤労権(27条)など、一つひとつの関連条項を深めていく議論が必要です。
同時にこれからの議論を通じて、マイノリティの視点から年金制度、生保制度、最賃制度などを中心にして「社会的セーフティーネット」の具体的な基準づくりの検討をおこなっていくことも求められています。「憲法問題に関する中間報告」(国民投票法問題をふくめて)は、以上のような基本対応を中心にしてまとめていますが、今後さらにこの内容を深め、充実させていく議論を継続するとともに憲法改悪策動にたいする積極的発信と行動を展開していきます。
②「人権侵害救済法」制定に向け地域からの闘いを再構築する課題
憲法問題での危険な動向は、「人権侵害救済法」制定のとりくみのなかでも顕著になってきました。周知のように、国権主義・排外主義の立場から「人権否定」論や「国籍条項付与」論を掲げて、「人権侵害救済法」制定に反対する勢力が公然と台頭し、昨年の通常国会では法案の提出を政府・与党は見送りました。
しかし、「人権侵害救済法」の早期制定は、日本社会にとってなんとしても実現しなければならない課題です。それは、現実に差別や人権侵害に苦しんでいる人たちが多数いるという実態があるからです。だからこそ、「同対審答申」以来40年余、「部落解放基本法」制定要求20年余の長きにわたって法実現のためのとりくみが多くの関係者によってすすめられ、国際的にもその必要性が指摘されつづけているのです。
したがって、現段階での「人権侵害救済法」制定への基本方針は、真摯な与野党協議にもとづき、独立性・実効性を有する充実した閣法として、第164通常国会に提出させて、1日も早い法制定を実現させるということです。
このためには、巨大与党という新たな政治状況のもとで、昨年の闘いでの反対派の台頭という経験をしっかりと総括しながら、地域からの闘いを再構築していくとりくみが決定的に重要になってきます。地域実行委員会を中心にして、「なぜ法律が必要なのか」という差別・人権侵害実態(立法事実)を明らかにして、この法律をつくることが日本の人権政策を飛躍的に前進させていくという「法律制定の意義」を多くの人たちと共有していくとりくみを展開していくことです。
また、昨年10月に制定された「鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例」は、国に先駆けて「地方人権委員会」を設置し、差別や人権侵害の被害者救済への道をひらいたということで、不十分さはあるものの大きな歴史的意義をもっています。条例施行にあたっては、まだ流動的な要素があるものの、鳥取県の先例に学び、これを後退させることなくしっかりと支援しながら、全国的に「地方人権委員会」を設置する動きをつくっていくことが大切です。
これらのとりくみを通じて、議会決議や首長見解をひきつづき拡大しながら自治体とともに広範な社会的世論をつくり出していくことです。広範な地域からの正当で熱意ある力こそが、中央政界の巨大与党をして法制定に突き動かしていくことができるのであり、理不尽な反対派の国権主義、排外主義の動きを封じ込め、「人権と平和」を守り発展させていくのです。
③「人権の法制度体系」の総合的確立と横断的人権運動構築の課題
同時に大切なことは、総合的な「人権の法制度体系」の全体構想を具体的に明らかにしていくことです。今日、女性問題、障害者問題、在日外国人問題、アイヌ問題、沖縄問題、難病問題、虐待問題などにかかわる個別の「人権」関連法や施策は、それぞれに問題点はあるものの、当事者や関係者の努力によって着実に進展してきているといえます。
しかし、個別課題には歴史性や独自性があることと、行政の縦割り弊害にも災いされて、人権政策としての総合性が損なわれ、個別の「人権」政策がバラバラに切り離された状態になっており、残念ながらマイノリティ当事者運動や人権NGO運動自身にも離間状況が生じています。この離間状況が、人権にたいする反対派の台頭への統一した有効な反撃ができ得ていないという状況をつくり出しており、結果として「人権と平和」を危機に陥れているといえます。
したがって、早急に、人権を守り発展させるためには、日本の人権にかかわる法制度の総合的な体系はどうあるべきかという全体構想を打ち出し、「人権侵害救済法」をはじめとして個別の「人権」関連法が全体構想のなかでどこに位置しどのような意義をもっているのかを整理し、明示していくことが必要です。
同時に、理念法、実定法、手続実行、組織法・個別課題法などの全体構想策定プロセスを通じて、それぞれの「人権」関係の独自のとりくみと役割をお互いに尊重しつつ、連帯と協働を内実化していく広範な人権NGOの横断的ネットワーク構築と反差別共同闘争の実体化をすすめるとりくみが決定的に不可欠であり、これを強力にすすめていきます。
このため、幅広い各界の人たちの参加による「人権の法制度を!市民連絡会議」(仮称)を3月中に立ち上げ、日本でのこれからの人権の法制度のあり方についての全体構想を検討し、適宜提言活動をおこなっていくことを追求し、今年12月の人権週間をめどに「全体構想」の成文化をめざします。
④国際的な人権潮流との合流と活用の課題
また、これらの活動は、国際人権の潮流ともしっかりと合流していく視点が重要です。とりわけ、アジア太平洋国内人権機関フォーラム(APF)との連携を強めるとともに、07年8月に最終報告の予定である「職業と世系にもとづく差別の撤廃に関する原則と指針」作成をすすめている国連人権小委員会のとりくみにも積極的に関与すること、さらには今年の人権委員会(3月~4月)に提出が予定されているドゥドゥ・ディエン特別報告者の「日本の差別実態に関する報告書」にも留意しながら、日本の人権の法制度確立へ活用していく必要があります。また、「人権教育のための国連10年」(人権教育10年)にひきつづく「世界プログラム」の国内での具体化のとりくみを「人権教育・啓発推進法」を活用しながらすすめていくことも重要です。
3 狭山第3次再審闘争の勝利と悪質・頻発化する差別事件にたいする糾弾闘争の強化への課題
①狭山第3次再審闘争勝利へ向けた不屈の闘いの展開
昨年3月16日の最高裁による特別抗告棄却は、再審開始を求める多くの人びとの期待を裏切ったきわめて不当な決定でした。石川一雄さんの無実を明らかにする弁護団の新証拠にたいして、最高裁は、事実調べをすることもなく、密室審理での理不尽な証拠評価にもとづいて棄却決定をしてきたのです。たとえば、脅迫状にかかわる「筆記用具」や「2条線痕」の鑑定書についても、「肉眼で観察したところでは……別異の筆記用具で書かれているとは認め難い」とか「封筒及び脅迫状の写真を見ても……判然としない」といった驚くべき非科学的な厚顔無恥の理由を付して、棄却しています。
この最高裁の棄却決定は、「無実の人を誤判から救済する」という再審の理念に反するものであり、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則にも反するものであり、許されてはならないものです。
ここには、国連人権規約委員会などからも強く是正を勧告されている日本の司法制度の問題点が存在しています。すなわち、全証拠の開示保障をふくむ再審請求の公正、公平な手続のルール化やえん罪防止のための警察の取り調べの可視化や代用監獄の廃止などの問題です。それゆえに、狭山再審勝利への道は、司法制度改革のとりくみと密接に連動させながらすすめていくことが重要です。
第3次再審の闘いは、5月から本格的に展開されますが、「狭山闘争に勝利するためには何が必要か」ということを常に問い返しながら、石川無実の新証拠の正当性、新たな証拠開示の請求、えん罪防止や再審実現への司法制度の改革などを、さらに広範な人びとや日弁連を中心とする法曹界、マスコミ関係などにしっかりと訴えていくことが重要であり、そのためのとりくみ方を真剣に工夫していきます。
すでに、昨年の5月の中央集会では、市民運動として「狭山の怒りをすべての人に」という新たな広がりをもったとりくみが模索され、10月には「現場と原点に立ち戻る」という視点から狭山現地での勝利への徹底討論会、市民集会や現地調査などを重視した新たな闘い方の実践が開始されています。
このようなとりくみを、各地で狭山住民の会などの拡充をはかりながら、「狭山勝利」への大きな社会的世論をつくりだしていくために、地域からのねばり強い草の根市民運動として強化していきます。
また、狭山弁護団(中山武敏主任弁護人、中北龍太郎事務局長)の体制も、大幅に増員されて20人の弁護人による強力な布陣で、5月からの第3次再審闘争に向けた準備を精力的におこなっています。この弁護団活動に支障をきたさないように、物心両面にわたって支えつづけることは狭山闘争勝利への重要な鍵です。
②最近の差別事件の特徴と傾向および歴史の教訓
バブル経済崩壊以降の経済不況のもとで、大阪のアイビー社、リック社身元調査差別事件(98年)などにみられるように差別事件が全国的に悪質化してきていましたが、21世紀になってからの最近の差別事件は、さらに悪質・頻発化する傾向を帯びてきています。換言すれば、差別撤廃のとりくみに逆流する差別事件や顔の見えない陰湿な差別事件が横行してきているということです。
東京・福岡などでの大量差別ハガキ投書事件、京都での司法書士身元調査結婚差別事件、兵庫・大阪・愛知・東京などでの行政書士などによる戸籍謄本等大量不正取得事件、テレビ朝日「サンデープロジェクト」差別放映事件、通信関連会社N社社員結婚差別事件、日本マネジメント協会講師差別講演事件、T保険会社「同意書」差別事件、代々木ゼミナール講師差別事件、松阪商高元教員差別事件(名古屋高裁で裁判中)、インターネット上のおびただしい差別書き込み事件、各地での就職差別事件や差別落書事件など、枚挙に暇がありません。
とりわけ、行政書士などによる戸籍謄本等大量不正取得事件は、30年前に発覚した「部落地名総鑑」差別事件がいまだに終結しておらず、日本社会が根強い差別体質をもっていることを示すものであり、事件の全容解明を急ぐとともに、戸籍関連制度や8業種の戸籍などの自由閲覧・取得制度のあり方、興信所業者の規制のあり方、個人情報の自己コントロール権のあり方などをふくめて、抜本的な社会の仕組みを問い直していく闘いが必要です。
同時に、これらの差別事件の悪質・頻発化の社会的背景に、政治反動や経済不況にもとづく社会不安が存在していることを看破しなければなりません。すなわち、「戦争のできる普通の国」や「愛国的排外主義」の政治宣伝がなされ、「大量失業とホームレスの急増」や「400万人超の若年不就労と就労人口の3割が非正規雇用労働者」という状況にみられるように、市場原理にもとづく際限なき競争主義により「貧富の格差」が拡大しつづけ、社会の二極化が顕著になりつつあるもとで、「凶悪犯罪の多発化と低年齢化」、「DV問題、児童虐待や高齢者虐待の急増」、「セクハラやパワハラの急増」、「13万人を超す小中学生の不登校」、「7年連続の3万人超の自殺者」などとして、社会不安の現象が増大してきていることです。
部落解放運動の歴史的教訓は、差別事件の増大と社会不安の増大は表裏一体であり、「危険な時代」に突入していく前兆であることを教えてくれており、肝に銘じておかなければなりません。まさに、「差別は世界の平和と社会の平穏を脅かす」のであり、人権先進国といわれるフランスやオーストラリアでの最近の人種差別を契機とした大規模な「暴動」は、決して対岸の火事ではないことを教えています。
③差別の現実放置と糾弾否定の論理との闘い
差別事件が悪質・頻発化している現状にたいして、一つの事件もおろそかにすることなく、ていねいに糾弾闘争を行っていくことは、今日きわめて重要です。
ところが、差別の現実に頬被りし、差別糾弾を否定する一部の人たちが存在することは、きわめてゆゆしき事態であるといわざるを得ません。日共=「全国人権連」(旧全解連)の人たちは、「今日では部落問題は基本的に解決した」という結論が最初にありきの姿勢で、具体的に生じている部落差別事件の現実すら認めようとはせずに、部落解放同盟のおこなう糾弾闘争を否定することに躍起になっています。
その顕著な事例が、松阪商高元教員による町内会分離問題に端を発した差別事件です。現在、名古屋高裁で控訴審がおこなわれていますが、津地裁判決ですら「本件発言は、部落差別の意図から出た不当なもの」と認定しているにもかかわらず、共産党系の弁護団は「差別はなかった」とか「些細な、たわいもない失言」と強弁して、糾弾の不当性のみを強調しています。
しかし、糾弾についても地裁判決は、「原告に対し、出席を求め、事実関係の確認や差別意識を追及することは、その目的として不当とは言えず」、「糾弾学習会の内容自体は公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的があった」として糾弾の正当性を認めているのです。
問題は、三重県教委が松阪商高元教員にたいして糾弾会への出席を要請したことなどが「強要」であり「違法行為」であるとして、県教委に220万円の慰謝料支払いを地裁判決が決定したことです。しかも、この判断の大きな根拠になったのが、89年の法務省人権擁護局総務課長通知である『確認・糾弾について』だったのです。
周知のように、法務省通知は、確認・糾弾を全否定し、「出席すべきでない」と指導する通知になっています。これは、公権力が私人による集会に否定的に介入してはならないことを旨とする憲法21条(集会の自由)にたいする違憲行為であるといわねばなりません。とくに、香川県での中央交通タクシー運転手差別発言事件で、法務局の助言で差別者本人が確認・糾弾会への出席拒否を決断したことなどの事例に見られるように、その影響が随所に出てきていることを考えれば、法務省通知の撤回要求もしくは無力化するとりくみがぜひとも必要です。
現在の「危険な時代」における差別糾弾の意義がますます高まってきていることを認識し、この闘いを強化していかなければなりません。それは、同時に、差別の現実に頬被りをし糾弾を否定することで奇妙な気脈を通じている法務省と日共=「全国人権連」の歴史的醜態を暴き出し、是正していくことでもあります。
④「糾弾要綱」「報告集会」「共同闘争」を重視した糾弾闘争の強化
差別糾弾闘争は、部落解放運動にとっての生命線であり、人間の尊厳を守り、人権社会を確立をしていくために、正当で必要不可欠な社会的行為です。その正当な糾弾行為の社会的認知をより強固なものにしていくためにも、憲法条項の第12条・13条・14条・21条などの実質化をはかっていく社会的権利であることを明確にしながら、刑法条項の正当行為論・自救行為論(35条)や正当防衛論(36条)なども射程に入れて法的論拠をさらに深めながら整理していく必要があります。
重要なことは、差別が存在する限り糾弾は社会的に必要であり、どのように人権の法制度が整備されたとしても、被差別当事者による差別糾弾闘争は放棄されてはならないものだということです。糾弾闘争での「社会性・公開性・説得性」が強調されるのは、そのことの意味をふまえたものであるということを理解しておかなければなりません。
その意味からも、差別事件の糾弾では、必ず社会的に説得力のある「糾弾要綱」を作成して「糾弾会」を原則公開で実施し、糾弾後には各界の広範な人たちの参加を得て「差別事件真相報告集会」をひらき、差別撤廃・人権確立への具体的なとりくみ課題を共有・確認しながら「協働・共同闘争」のとりくみをしていくことを重視します。
4 差別実態に即した行政闘争の強化と日常活動としての「人権のまちづくり」運動の活性化への課題
①差別実態の全体的把握へ向けた実態調査実施へのとりくみ
部落解放運動にとっての試金石は、「部落差別」をどのように認識するかということであり、この認識が運動の成否にとってきわめて重要であることは言を待ちません。
一部の人たちは、部落問題は封建遺制の残滓の問題であり、生活実態にみられる低位性(格差)の問題が解消すれば、基本的に部落問題は解決するとの認識から、現在では格差の問題はほとんど解消し部落問題も基本的には解決したと主張しています。 しかし、これは、部落差別の実態を、低位性(格差)という領域からのみとらえた誤った一面的認識です。しかも、この格差すらも教育、就労、福祉などの分野では多くの課題を残しており、今日の厳しい社会状況のもとで、再び格差が拡大してきている現実を見逃してはなりません。
この間、繰り返してのべてきたように、部落差別の全体を把握するには、少なくとも「5領域」(実態的被差別・実態的加差別・心理的被差別・心理的加差別・差別事件)からの実態把握が必要です。この観点から、今日的な実態調査が必要となってきています。このような調査なしには、部落問題解決への有効な施策は実施できないからです。もちろん、正確な実態調査をおこなったうえで、差別実態が認められないのであれば、差別撤廃への施策実施はおこなう必要はないことは自明です。
93年の政府実態調査がおこなわれて以来、すでに13年が経過しており、「地対財特法」が失効してから5年目を迎えるこの時期に、「差別実態はどのように変わってきたのか」、「何が解決し、何が残された課題なのか」ということを明らかにする必要があります。したがって、「同和問題解決への責任」を負う政府、自治体にたいして、早急に実態調査を実施するように強くせまっていきます。
行政実態調査の実施にかかわって、大阪府が、昨年11月に『同和問題の解決に向けた実態把握について』と題する通知を関係市町村に出し、「実態調査の必要性」「行政データの活用」「同和地区とは旧同和対策事業対象地域」「個人情報保護条例の例外事項」などの考え方を明確に打ち出したことは注目に値します。未指定地区問題との関連でいえば、同和地区規定が不十分であることは否めませんが、実態調査に消極的な姿勢を見せている行政状況のなかにあって、その通知の意義は大きいといえます。
②既存の制度・施策への依拠から差別実態に即した行政闘争の強化
行政実態調査を求めつつ、みずからの手でも5領域からの実態の把握と分析をおこない、要求白書をまとめ、「部落解放総合政策」としておし出しながら、差別撤廃と人権政策確立のための行政闘争を強化することが緊急の課題になっています。
そこでは、まず第1に、新たな状況のもとでの行政闘争をすすめる基本姿勢を確認しておくことが重要です。すなわち、部落差別撤廃への第一義的な責務は行政にあることは言を待ちませんが、今日的には、「自助・共助・公助」という視点からの政策提起にもとづく行政闘争をすすめていくことです。そこでは、当たり前のことですが、
これまでの「特別対策」的な制度・施策へ依拠した要求から、現実の差別実態に即したとりくみへと脱却していくという姿勢が求められます。
既存の特別措置的な制度・施策があるから要求するのではなく、具体的な差別実態のなかにこそ部落問題解決への課題が存在するし、施策要求の根拠があるということです。この姿勢を堅持しないと、現実の差別実態から必要な施策を考えるのではなく、行政の事業施策の有無にあわせて要求施策を決めるという本末転倒のとりくみになってしまいます。
第2に、解放奨学金制度を一般奨学金制度として拡充したように、複合的・重層的差別の観点から、部落問題解決の仕組みを普遍的、一般的な差別・人権問題解決の仕組みとしてつなげていく政策要求をおし出すという視点が重要です。
とりわけ、部落問題解決への重要な課題である仕事、福祉、教育、住環境などの分野からのとりくみを真剣に追求することです。仕事の分野では、非正規雇用労働者(パート)が就労人口の3割を占めるという状況や若年層のニート問題は、以前の部落がおかれていた臨時工、社外工の状態が一般化してきていることを示しており、部落内外の協働の地域就労支援のとりくみが必要です。同様な視点から、受益者負担を軸とする介護保険の大幅な見直しが実施される福祉分野、公立小中学校での就学援助受給率の急激な増加が見られる教育分野、「公営住宅法」の改正にともなう家賃や運営管理に大きな変化が出てくる住環境分野などでの意識的なとりくみが重要です。
第3に、地方分権時代のもとでの市町村合併や「三位一体改革」、指定管理者制度導入への対応の問題です。部落解放同盟は、「地方分権の推進が、民主主義の原点である地方自治の実現を図っていくのものであり、住民みずからが自分たちの地域のことに責任をもって考え決定していく住民自治を拡充していくものである限り、私たちはこの方向を基本的に支持」することを、昨年の全国大会で確認してきました。
しかし、地方分権の姿は現在も明確に見えないまま、個別の事態だけが推移しているというのが現状です。この事態のもとで、部落問題解決への行政責任を明確にさせながら、それぞれの事態への対応を怠りなくすすめていくことが必要です。
市町村合併問題では、合併による「条例」制定状況の新しい現状を把握しながら、
新たなまちづくりの柱として「差別撤廃・人権条例」の制定と具体化を求めると同時に、部落問題解決への窓口行政の機構を整備・確立していくことです。
「三位一体改革」(3兆円の税源移譲、4兆円の補助金削減、地方交付税の見直し)問題では、同和対策関連事業で、国の補助事業が地方に移行したものについては、直ちに自治体への行政闘争のなかで、部落問題解決にとっての必要事業の位置づけや財源措置を機敏に確認していくことです。
指定管理者制度導入問題では、隣保館や老人福祉施設あるいは教育施設などの地域内公的施設の「設置目的と公的責任」を明確にさせながら、「これまでの成果を損なうことなく今後に引き継いでいく」方向を確認して、適用問題を議論することが重要です。また、既に導入が決定されているところや検討されているところについては、指定管理者の選定基準を施設の設置目的に合致するように細目を厳密に検討するとともに、条件が整うところでは地元での運営法人の設立などによって受け皿をつくっていくことも必要です。
③部落内外の協働の日常活動としての「人権のまちづくり」運動
行政闘争の強化の課題と一体のとりくみとして、人権のまちづくり運動をおしすすめていきます。
「人権のまちづくり」運動は、まさに部落問題解決にとっての重要な課題である仕事、福祉、教育、住環境、文化などの分野別課題について、周辺地域をふくめた部落内外協働のとりくみとして展開し、地域特性に応じた多様なまちづくり課題の設定によって日常活動として定着化させていこうというものです。したがって、「人権のまちづくり」運動は、部落解放運動の要求闘争の延長線上に位置するものであり、日常的な要求闘争の発展形態といえます。
「人権のまちづくり」運動を提唱してから、4年が経過しました。この間、隣保館モデル事業の活用や地域福祉計画の策定活動を通じて、各地でそのとりくみが展開されてきています。しかし、率直にいって、とりくんでいる所とそうでない所との運動的な地域格差が大きく出てきはじめています。
問題は、「部落問題解決の仕組み」を「一般的な差別・人権課題解決の仕組み」へとつなげる課題が見いだし切れていないことと、地域課題そのものについても行政闘争が弱体化していることに関連があります。
したがって、今年度は、行政闘争の強化課題と一体化させて、「人権のまちづくり」運動の推進を図っていくとりくみをしていきます。
5 新たな時代の課題に対応しうる中央オルグ団の再編をはじめとする組織強化と財政確立・人材育成の課題
①組織建設に向けた現在の問題と検討課題
これからの部落解放同盟の組織建設にあたって、考慮すべきいくつかの問題点があります。第1に、少子高齢化による地域内の高齢化の問題です。とりわけ、農山漁村部では、過疎化とあわせて組織人員そのものの維持が困難になってきています。第2に、都市部でも、若者や40~50代の比較的裕福な層が部落外に流出し、一般地区から困難を抱えた層が流入するという傾向が出てきています。第3に、生活実態の変化のなかで支部員・地域住民の要求の関心分野も多様化してきています。第4に、市町村合併による協議会や支部のあり方が変化してきています。第5に、「地対財特法」失効後5年目を迎える時期にあって、同和行政転換の経過措置もほぼ全国的に終了していくなかで、財政問題の見直しが必至であるということです。
部落の実態変化や同和行政の転換、市町村合併や日本社会の大きな変動という状況のなかで、前述したような問題点を見据えながら、部落解放同盟の組織のあり方を真剣に考えていかなければならない時期になってきています。
②行動的な中央オルグ団の再編と日常活動活性化への課題
これからの組織のあり方を検討するにあたって、重要なことは、運動の活性化を図りながら、将来展望を見いだすという姿勢です。その意味で、現在活発に運動を展開している地域は、なぜそれができているのか、停滞している地域は何が原因なのかということをしっかりと分析し、各地の豊かな地域実践や課題についての生きいきとした情報の交流と共有化をおこなっていくことが大事です。
その役割を、中央オルグ団を再編して、遂行していく体制を整えることが必要です。中央オルグ団は、都府県連や全国隣保館連絡協議会(全隣協)・全国同和教育研究協議会(全同教)などとも綿密に協議したうえで、具体的に地域・支部のなかに入り込みながら、地域実態や組織実態を把握し、日常活動の活性化にむけた運動課題の発掘を支部や地域住民とともにすすめるというかたちで、行政闘争(要求書作成)や糾弾闘争(糾弾要綱作成)、「人権のまちづくり」運動などをとりくむことを任務とします。また目的意識的に準備会組織や組織力の十分でない地域への支援・オルグ活動を重視します。さらに長野県連の統一の成果をひきつぎ、不幸な分裂状態にある運動体、諸潮流との統一に向けた働きかけを強化していきます。これらのオルグ活動の情報や経験を全国会議や「組織通信」で全国的に発信・共有していく活動スタイルをめざしていきます。
③財政確立と人材育成の課題
財政確立と人材育成の課題については、昨年度方針をひきつづき具体化していくためのとりくみが必要です。財政確立については、財政事情の全国実態の把握、基本財源(同盟費・機関紙誌・各種カンパ)の確立の徹底、新たな財源確保への検討を運動原則をふまえておこなうことです。
人材育成については、少子高齢化や過疎問題、少数点在地域の実態をふまえた人材育成を検討、新たな運動展開による人材発掘と育成の追求、人材育成のための中央解放学校などの研修体制の充実をはかることが重要です。
以上、今大会の意義と任務を基本的な「4つの重要課題」にしぼって提起しましたが、来年度に予定されている統一地方選挙や参議院選挙に向けて人権・民主勢力の拡充をはかる周到なとりくみをすすめていくことが重要ですし、また本年度が島崎藤村の『破戒』発行100周年にあたっており、あらためて文化面からの部落解放運動の今日的課題を探るとりくみが必要です。さらに戦後60年を機に具体的なとりくみが開始された「強制動員朝鮮人遺骨調査」のとりくみなどにも協力、参画するなど、民間レベルでの反差別国際交流をすすめていくことが重要であることも提起しておきます。