2007年度(第64期)一般運動方針
(3)危機的状況における部落解放運動再生への道
1.部落解放運動は何をめざそうとしているのか(第3期運動論の検証)
①戦後最大の危機への認識
部落解放運動の現状は、文字どおり戦後最大の危機的状況にあるといえます。
危機の直接的な契機は、昨年5月に発覚した大阪「飛鳥会」問題以降、京都、奈良とあいついで発覚した一連の不祥事でした。これらの不祥事にかかわって、かつてないほどの厳しさをもって部落解放同盟批判や同和行政批判が繰り返されています。
私たちは、この現実のうえに立って、まず社会的な謝罪を組織としての社会的責任において表明すると同時に、一連の不祥事を生み出してきた運動的・組織的原因を解析して、部落解放運動にとっての今日的な「危機の核心」とは何なのかということを真剣に解明する必要があります。このことにたいする明確な現状認識なくして、部落解放運動の今後を展望することはできません。
85年の歴史を刻んできた部落解放運動の経過と現状をしっかりと見すえながら、15年前に提起した「第3期部落解放運動」論を再確認し、今日の部落解放運動がどこに立っており、どこに向かおうとしているのかを今一度検証し、部落解放運動の歴史的使命と社会的責任に関して、すべての同盟員の共通の認識を再確立しておくことが不可欠です。
②第3期運動論提起の歴史的背景
私たちは、92年の全国水平社70周年を機に、部落解放運動が新たな段階に入ってきているとの認識のもとに、第3期部落解放運動論を提起してきました。
第3期論は、戦前の全国水平社時代を糾弾闘争主導の第1期と位置づけ、戦後の部落解放全国委員会から部落解放同盟へと引き継がれてきた時代を行政闘争主導の第2期として、これらの闘いを継続発展させる形で共同闘争主導の時代となるとの認識にもとづくものでした。
第3期論を提起する背景には、大きく4つの要因がありました。第1の要因は、「同対審答申」(65年)をうけて制定された「同和対策事業特別措置法」(69年)以降のいわゆる「特別措置法」が、環境改善などを中心とする格差是正の面では大きな成果を生み出したものの、部落差別そのものをなくすための総合的政策を展開するうえでは限界があるとの判断から、85年に「部落解放基本法」制定要求のとりくみを開始したことでした。このとりくみは、「人権基本法」の将来的制定ということを基底にすえて、国際人権基準の考え方なども組み込みながら、部落差別はもとよりあらゆる差別撤廃をめざすための「基本法」として押し出し、制定運動も宗教界や企業界、労働界、教育界、各種人権団体などを網羅した広範な人たちとの共同のとりくみとして、地域実行委員会もつぎつぎに立ち上げながら発展していきました。部落解放・人権確立へのとりくみを私たちが主体的に担いながらも、広範な部落内外の人たちの共同のとりくみを推進していく現実的な条件ができあがってきたということです。
第2の要因は、86年の「地域改善対策協議会・意見具申」による政府が画策した同和行政の反動的転換にたいして、「立ち枯れ」的状況に追い込むための反転攻勢の闘いからの教訓でした。差別糾弾闘争の否定を中心とした部落解放同盟への弾圧の口実が、同和対策事業にかかわる欠陥・問題点として9項目にわたって指摘されていました。私たちは、とりあえず弾圧攻撃をはね返すために意見具申を「立ち枯れ」(文書として存在はするが実効力を発揮させない)状況に追い込むことに成功しましたが、同和対策事業にかかわる問題については、81年の福岡県北九州市での土地転がし事件などの不祥事をふまえて、「解放が目的、事業は手段」との観点から総点検していく必要性に迫られていました。別言すれば、同和対策事業の功罪を峻別して、「組織内の不祥事」や「逆差別」「えせ同和行為」を真剣に克服していかなければ、部落解放運動の社会的責任や同和対策事業の社会性そのものが問われる段階になってきており、「ぬるま湯的状況」から自立・自律的な運動への脱皮を図らなければならない時期であったということです。
第3の要因は、88年の反差別国際運動(IMADR)の結成により、国際的な反差別・人権確立運動との具体的なつながりをつくり出したことです。このことにより、国連や世界各地でのマイノリティ団体の闘いの経験を学びあいながら共有し、国際人権基準を日本でも活用・具体化させていく方策や手法を習得し、国際的な英知から部落差別撤廃への政策を立案する見地を獲得してきました。同時に、水平社宣言の「自主解放」の思想が、世界に通用する誇るべき財産であることをあらためて確認することもできました。
第4の要因は、91年の東西冷戦構造の終焉という世界規模での歴史的な転換でした。部落解放運動に少なからぬ影響をおよぼしてきた「社会主義」の多くの国が崩壊していく現実の前に、「自由や平等」にかかわっていかに崇高な理念を掲げようとも、「人の顔が見えない」社会や人権が無視される社会は、体制のいかんを問わず必ず滅亡するという貴重な経験を体得してきました。
以上のような歴史的背景のもとに、第3期部落解放運動論は提起され、3つのスローガンを打ち出してきました。すなわち、「部落の内から外へ!」、「差別の結果から原因へ!」、「行政施策への依存から自立へ!」というものでした。
それは、部落差別撤廃のとりくみを、部落内環境改善事業に押しとどめることなく、日本社会の差別的関係性を変革し豊かな人間関係へと結びなおしていく部落内外の広範な協働のとりくみとして展開しようとするものです。同時に、格差という形であらわれる差別の結果にたいするとりくみだけではなく、差別を生み出す原因として日本社会の構造や意識に着目して改革のとりくみをすすめるということであり、その部落解放の主体を担う人間のあり方として、自立・自闘の自主解放精神を貫くことの必要性を提起したものです。
③新たな運動に向けての「同和対策事業総点検・改革」運動
私たちは、「旧態依然とした闘争スタイルや低位劣悪という部落観」から脱却して、新たな第3期の部落解放運動を築き上げるために、避けてとおることのできない弊害(課題)を克服するとりくみに着手してきました。
それが、93年に提起してきた「同和対策事業総点検・改革」運動でした。これは、当時の部落解放運動の弱点や弊害が、86年「地対協・意見具申」が指摘した問題点にあることを認識し、その問題点を自らの手で自律的に克服していこうとの問題意識から発したものでした。その問題点とは、1.個人給付事業の資格審査の徹底、2.住宅新築資金等の返還金の償還率の向上、3.著しく均衡を逸した低家賃の是正、4.国税の適正な課税の執行、5.地方税の減免措置の一層の適正化、6.民間運動団体にたいする地方公共団体の補助金等の支出の一層の適正化、7.公的施設の管理運営の適正化、8.同和教育と政治運動・社会運動とを明確に区別して推進するという教育の中立性の確保、9.行政の監察・検査、会計検査等の機能の一層の活用、という9項目にわたっていました。
私たちは、指摘されている問題点がすべて妥当であるとは考えていませんが、国や行政の側から先手を打ってくれば、必ず当事者の意見や実態が無視され強制的な手段による「是正措置」がおこなわれるとの判断から、「同和対策事業総点検・改革」運動によって部落解放運動の側から先手をとる全国的なとりくみとして実施しました。
「同和対策事業の総点検・改革」運動の意義については、5つのことが確認されました。それは、1.部落差別撤廃のための同和行政を確固たるものにすること、2.「解放が目的、事業は手段」の原則の再確認のもと、部落の完全解放を展望した条件整備事業を総合的に推進すること、3.正確な差別実態把握にもとづき、事業の社会性・合理性を明確にすること、4.周辺地域の条件整備および一般行政水準の引き上げと連動した事業展開をすること、5.自主解放の精神の徹底と組織改革の課題を明確にすること、でした。
以上のような意義づけのもとに、個別の事業にたいする点検・検討の方向性を具体的に提示してきました。(詳細は、93年作成「同和対策事業総点検・改革運動の意義と基準」を参照)
しかし、率直にいって、長期にわたって継続しようとしたこの「同和対策事業総点検・改革」運動は、全国的には所期の目的を十分に達成したとはいえない結果のままに、「改革停滞」という状況になってしまいました。
実は、この事態を深刻に総括しておく必要があったのです。この時点で、今回の一連の不祥事につながる事態がすでに進行していたということに強い自責の念を禁じ得ません。
④「特別措置法」失効後を見すえた改革への「7つの基本方針」の提案
私たちは、96年の「地対協・意見具申」以降、「同和問題を人権問題という本質から捉え、解決に向けて努力する必要がある」などとした積極面を活用しつつ、同時に本格化してきた02年3月の「特別措置法」失効後を見すえた部落解放運動の新たな方向づけについての全国的な議論を00年から開始してきました。その集約が、第58回全国大会(01年)と第60回全国大会(03年)で決定された「7つの基本方針」でした。
具体的には、1.「行政闘争強化基本方針」、2.「差別糾弾闘争強化基本方針」、3.「男女平等社会実現基本方針」、4.「組織強化基本方針」(以上第58回全国大会)、5.「新同和行政推進施策基本方針」、6.「人権の法制度確立基本方針」、7.「人権のまちづくり運動推進基本方針」(以上第60回全国大会)です。
33年間続いた「特別措置法」時代が終結するもとで、一般対策の施策を活用した同和行政・人権行政へと移行させるとりくみと部落解放運動の新たな方向をめざして、「7つの基本方針」を具体化させるとりくみを前進させるための努力を現在もなお継続しているところです。
⑤部落解放運動の現状と一連の不祥事の発覚
端的にいって、「特別措置法」失効後の激変緩和の経過措置も全国的にほぼ終了する今日、部落解放運動の現状は、組織的にも財政的にもきわめて厳しい状況になってきていることは事実です。
別言すれば、「特別措置法時代」という「特別の時代」を「当たり前の時代」として錯覚し、「ぬるま湯」から脱却しきれていなかったという運動と組織の悪しき体質が弊害としてあらわれてきていると厳しく認識しておかなければなりません。
そのような厳しい現状のもとで、昨年5月から大阪、京都、奈良と一連の不祥事が発覚してきたのです。まさに強力な部落解放同盟が存在する同和行政の先進地域であるといわれるところでの不祥事であり、部落解放運動にとっては計り知れない大打撃となりました。
私たちが今回の一連の不祥事にどう対応し、不祥事を生み出した運動と組織の原因を徹底的に解明し具体的に克服できるかどうかが、掛け値なしに部落解放運動の存亡を問われる重大事であることは、疑う余地がありません。そのことを抜きにして、失墜した部落解放運動の社会的信頼の回復はあり得ないということも事実です。
2.一連の不祥事が意味するものは何か(運動と組織の体質化された問題)
①一連の不祥事への組織的対処
一連の不祥事を引き起こした当該府県連は、それぞれの事情を調査したうえで厳正な処分を決定してきました。
大阪府連では、飛鳥会問題の不祥事を引き起こした当事者(小西邦彦・前飛鳥支部長)を除名処分にするとともに、飛鳥支部の再建大会を実施して執行部の刷新をはかりました。その後に発覚した八尾市での不祥事の当事者(丸尾勇・前安中支部相談役)にたいしても除名処分を決定しました。
京都府連では、京都市の不祥事にかかわって、問題発覚当時は同盟員ではなかったものの、雇用促進のとりくみの過程で部落解放同盟として推薦した者が含まれていた事実から、推薦の責任とその後の指導責任に不十分性があったことを反省し、京都市協11支部にたいして3か月間(06年12月7日~07年3月6日)の活動停止処分とともに、当該各支部の運動・組織の徹底した総点検をおこなうことを決定しました。
奈良県連では、奈良市職員として不祥事を引き起こした当事者(吉田昌史・前古市支部長)を除名処分とし、所属支部である古市支部を解体処分するとともに、県連としても当分の間の対外活動停止処分とすることを決定しました。
中央本部では、当該府県連のとりくみを見守りながら、「大阪「飛鳥会」問題等一連の不祥事にかかわる見解と決意」(06年9月29日)を組織内外に公表し、「部落解放同盟組織総点検・改革運動の実施」、「組織内えせ同和行為防止全国連絡会議の設置」、「同盟員教育の再構築による組織の質的強化と人材育成」、「部落解放運動発展への提言委員会の創設」などを柱とするとりくみを明らかにしてきました。
②一連の不祥事にたいする基本認識の姿勢
私たちは、今回の一連の不祥事の問題にたいして、前述したような組織的処断をもって事足れりというような認識は微塵ももっていません。なぜならば、今回の一連の不祥事は、決して「個人的な問題」であるとか「偶発的な問題」であるとかといったようなとらえ方をしてはならないと考えているからです。「個人的な問題」、「偶発的な問題」としてとらえるとするならば、それは、今後の部落解放運動にとっての自殺行為を意味するものであると判断しています。
今回の不祥事を生み出すような部落解放運動の体質的・構造的弱点が存在していたのではないかとの観点から、運動と組織のあり方を徹底的に自己分析していく作業が求められています。とりわけ、「特別措置法時代33年間の功罪」を事実に即して明確に総括して、「捨てる勇気」と「創りなおす気概」をもって事態に対処していく姿勢をすべての同盟員が共有することが肝要です。
同時に、この時代に部落解放運動が飛躍的に前進し、各分野での共闘の広がりとともに部落解放同盟組織自身も大きく拡大し、公共事業としての同和対策事業でも大きな影響力をおよぼしてきたことを考えれば、部落解放同盟の社会的責任がかつてないほどに大きくなってきているという事実に立脚して、今回の不祥事への厳格な対処が強く求められていることを自覚しておかなければなりません。
③不祥事にかかわる憂慮すべき事態と背景への洞察
私たちは、今回の不祥事を引き起こした当事者にたいして、「悪いものは悪い」として組織的に厳正に処断してきましたし、「犯罪は犯罪」として法的制裁を受け、社会的に指弾されることは当然であると受けとめています。同時に、そのような個人を生み出した部落解放同盟の社会的責任が鋭く問われることも自明のことであると考えています。
私たちは、そのような事態にたいして真正面から向き合い、まず最初に社会的に謝罪すべきことは謝罪し、組織の弱さをえぐり出しながら自らの襟を正すとりくみを通じて社会的信頼を回復していくことがもっとも重要なことであると認識しています。
しかし、同時に、今回の不祥事にかかわって看過することのできない憂慮すべき事態が存在し、進行していることに強い懸念を抱かざるを得ません。
第1の事態は、不祥事を口実にした同和行政・人権行政の後退です。不祥事が起こった大阪市や京都市、さらに奈良市などは、不祥事の要因があたかも同和行政をおこなってきたことによるかのように描き出し、差別撤廃・人権確立に向けた行政責任を放棄して、同和行政・人権行政を縮小、廃止していくという方向に動いています。
しかし、これは理不尽な荒唐無稽の論理であるといわざるを得ません。部落解放同盟の主体的責任は逃れることができないのはいうまでもありませんが、不祥事の要因は同和行政をおこなったから生じたのではなく、同和行政の原則や目的から逸脱した行政姿勢にあったことも厳しく問われなければなりません。このことを抜きにして、自らの保身のために部落解放同盟に責任転嫁をしたり、差別撤廃への行政責任を放棄する挙動に出ることは、本末転倒の論理であり、「角を矯めて牛を殺す」軽挙妄動であるといわざるを得ません。
行政側にとって今必要なことは、差別実態の正確な把握にもとづき、差別撤廃への必要な施策を精査、実施することであり、市民への説明責任を果たすことができる政策の透明性を確保し、情報公開に即応できる同和行政・人権行政を再確立するということです。
人権行政の先駆的役割を果たしてきた同和行政の歴史的成果を水泡に帰すような精算主義的姿勢は、厳に慎むべきであると考えます。
第2の事態は、差別を拡大・助長するメディア関係の報道姿勢です。部落解放同盟の支部幹部が引き起こした不祥事にたいして、当事者とその所属組織である部落解放同盟や行政組織がその責任を社会的に指弾されることは、やむを得ないことです。
しかし、メディア関係者が、警察情報や行政情報を鵜呑みにして事実とは違う報道をしたり、「特別措置法」が失効しているのに同和行政をおこなっていることは不当であるといったような論調で報道したり、果ては「部落解放同盟=悪の温床」、「同和行政=税金の無駄遣い」といったような構図を描いて報道したりする姿勢は、到底首肯できるものではありません。部落解放運動の現実や部落差別の実態、さらには同和行政の歴史的経過をいっさい無視して、このような報道姿勢を続けることは部落差別を拡大、助長していく結果を招きます。差別撤廃・人権確立というメディアの社会的使命や倫理綱領からも逸脱した報道姿勢であることを強く危惧するものです。
実際に、この間のおびただしい報道によって、部落解放同盟関係の事務所には多くの差別電話や投書・メール類が殺到しています。インターネットでは、目を覆うばかりの差別書き込みがなされていることをメディア関係者は直視すべきであると思います。
第3の事態は、部落解放運動への政治的な弾圧攻撃です。部落解放運動85年の歴史が常に政治的な弾圧攻撃との闘いであったことを顧みれば、今回の事態をことさらに特筆する必要はないかもしれませんが、事態を正確に捉えるためにはこの点を見きわめておくことが重要です。現在の政治・経済動向は、憲法改悪策動や「教育基本法」改悪の強行採決、さらには「防衛庁「省」昇格法」制定などにみられるように「戦争のできる国」へと突きすすみ、「格差拡大社会」を進行させる弱肉強食の市場原理主義にもとづく競争主義を横行させ、「小さな政府」の名のもとに公共事業の際限なき民営化と大幅な公務員削減を強行するという危険な方向にすすんでいます。
この危険な政治・経済動向をおしすすめようとする人たちにとって、当面の「抵抗勢力」として映るのは、自治労や日教組であり部落解放同盟なのです。今年の参議院選挙の焦点は、「自治労と日教組を潰すことだ」と政権与党の中枢幹部が公言してはばからない状況があります。当然、行政現場や教育現場で自治労や日教組と強い連帯関係をもっている部落解放同盟も射程に入れての発言であると受けとめておくことが必要です。
今回の一連の不祥事がその政治的なねらいのために最大限利用されていると見ておかなければなりません。もっというならば、その目的のために、この時期に「一連の不祥事の発覚」を仕組んできて、マスコミを総動員して部落解放同盟バッシングの一斉キャンペーンをおこなわせているとも判断できます。
④一連の不祥事への対処に関する「4つの基本視点」
私たちは、以上のような認識のもとに、今回の一連の不祥事への対処に関して、「4つの基本視点」をもってのぞんでいく決意であることを繰り返して強調しておきます。
第1の基本視点は、部落解放同盟としての社会的謝罪と社会的信頼回復への具体化のとりくみとして、「組織総点検・改革」運動を全組織をあげてやりきるということです。そこでは、組織内からえせ同和行為を一掃するとりくみを徹底していくことが肝要です。
第2の基本視点は、不祥事を口実にして、差別撤廃・人権確立への行政責任を放棄する同和行政・人権行政の後退・廃止を許さないということです。私たちは、同和行政・人権行政の原則を再確認するとともに差別実態に即した必要施策と実施の手法を適正に検討し、説明責任や情報公開に耐えうる確固たる行政姿勢を確立することを求めていきます。
第3の基本視点は、事実を歪曲し歴史的経過を無視して、部落差別を拡大・助長するメディアの報道姿勢を許さないということです。私たちは、メディアの社会的責任から、差別の拡大につながる報道姿勢は、「報道の自由」「表現の自由」を奪っていく自殺行為であることを危惧して、問題報道については適宜申し入れをおこなっていきます。
第4の基本視点は、部落解放運動への弾圧攻撃に屈しないということです。歴史的な教訓から、弾圧攻撃は3つの手口を使っておこなわれてくることを熟知しておかなければなりません。1番目の手口は、今回のような不祥事などを理由にした「直接攻撃」です。これにたいしては、常に足下をすくわれないように自らの襟を正していく自浄作用で対抗する以外にありません。2番目の手口は、「離間工作」です。これは、他の共闘関係団体などから部落解放同盟を孤立させて力を削ぐものであり、これに対抗するには共闘関係者に率直に不祥事にたいする謝罪をするとともに、運動と組織の改革への見解をていねいに説明して連帯の絆を結びなおすことです。3番目の手口は、「内部分裂」です。組織内に対立と不協和音を起こさせるデマや風聞を流布して分裂させようとしてきます。これにたいしては、組織内部において忌憚のない議論をおこない、十分な意思疎通をはかりながら、揺るぎない統一と団結を確保することです。
3.「組織総点検・改革」運動の意義と見えてきた課題
①「組織総点検・改革」運動の「3つの基本姿勢」
私たちは、昨年の第63回全国大会で、当面の主要課題が「組織強化」であることを打ち出し、運動の停滞、組織の減少、財政の困窮、人材の不足などの課題について、忌憚のない双方向の議論を積み上げていくために、都府県連別支部活動者会議の開催を昨年6月から実施していく準備をしてきていました。
まさにそのときに、大阪飛鳥会問題が勃発したのです。この問題から始まる一連の不祥事への対応に多くの時間をとられるという結果にはなりましたが、ほぼすべての都府県連で支部活動者会議をやりきるとともに、ひきつづき11月からの「組織総点検・改革」運動を2000余の全支部で実施していくとりくみをすすめているところです。
「組織総点検・改革」運動では、「3つの基本姿勢」を貫くことを確認してきました。(詳細は「部落解放同盟組織総点検・改革運動の実施要綱」を参照)
第1の基本姿勢は、運動の原点である部落差別からの完全解放の実現をめざす大衆団体であるとの綱領的立場から組織を総点検することです。
第2の基本姿勢は、運動の停滞や腐敗は組織の民主的運営にかかわる基本原則から逸脱した時に起きるという視点から組織現状を正確に把握することです。
第3の基本姿勢は、総点検の目的である組織改革と強化に向け、「組織強化基本方針」(01年第58回全国大会決定)を各級機関で徹底的に議論し地域事情に即して具体化することです。
②「組織総点検・改革」運動で見えてきた課題
11月から開始した「組織総点検・改革」運動では、各地域からの率直な意見がさまざまな角度から交換されてきました。
とりわけ、多くの支部でまじめに地域活動をおこない、周辺地域の人たちから信頼される運動を展開している人たちの意見として、「なぜこんな不祥事が起こるのか信じられない思いだ。長年にわたって地道に積み上げてきた誇りある自分たちの運動がこんな不祥事を起こす人間と同一にみられることが、きょうだいとはいえ口惜しい」と怒りと悔しさに満ちた思いが表明されました。また、「こんな問題を起こして申し訳ないと謝罪したら、他のマイノリティの人たちから「自分たちは部落解放運動に勇気づけられ励まされながら今日がある。絶対にくじけないでほしい」と激励され胸が熱くなった」とあらためて部落解放運動の歴史的役割と存在の大きさに胸を張りたい思いだとの意見も少なからずありました。
あるいは、「子どもたちに部落解放運動のすばらしさを語ってきたのに、テレビや新聞で部落解放同盟の不祥事が流されるたびに、子どもたちから「学校の友だちからおまえらも一緒かといわれた」とか「部落解放同盟は悪いことをしているのか」とか聞かれて言葉に詰まった」という胸が締めつけられるような辛い意見も出されました。
問題は、多くの支部・地域では真面目で信頼される部落解放運動を展開している実態がある一方、やはり克服すべき多くの課題が存在していることも事実だということです。
たとえば、公営住宅家賃滞納問題、各種貸付金返済遅滞問題、地方税対応問題、補助金依存問題などです。どれ一つとってみても早急に克服しなければならない重要問題が存在しています。まさに、同和対策事業の社会的正当性と部落解放運動の社会的責任が問われる問題です。同時に、93年から提起してきた「同和対策事業総点検・改革」運動の不徹底さにたいする禍根が残る課題であるともいえます。
③部落解放運動の「危機の核心」とは何か
私たちは、新たな第3期の部落解放運動を展開するにあたって避けて通ることができない課題として提起した「同和対策事業の総点検・改革」運動が不徹底に終わった理由は何なのか、そしてその当時と同様の克服すべき課題を今日でも依然として抱えている理由は何なのか、ということをあらためて掘り下げて考えてみることが必要です。
この作業を通じて、今回の一連の不祥事がもたらした部落解放運動の危機という表面的な現象だけではなく、これらの不祥事を生み出していくような運動と組織の体質化され構造化された問題としての「危機の核心」が何であったのかということを見すえなければなりません。
部落解放運動は、戦前の全国水平社時代から差別糾弾闘争を通じて部落差別の不当性にたいする社会的告発をおこない、戦後直後から行政闘争や国策樹立運動を通じて部落問題解決への行政責任を追及してきました。その結果、「同対審答申」が出され、同和対策事業特別措置法が制定され、70年代から全国的に同和行政が展開されていったことは周知のとおりです。それ以降、いわゆる「特別措置法時代」といわれる30年余にわたって、地域環境改善事業を中心に各種個人給付事業や諸施策事業として、地域格差や行政格差があるものの、国と自治体をあわせて10数兆円の同和対策予算が投入されたといわれています。
この過程で、さまざまな問題が生じてきました。とりわけ、80年前後に多発した組織問題は、ほとんどといっていいほど事業に絡んだ利権問題から端を発していました。
「解放が目的、事業は手段」、「運動と事業の分離」などの運動原則が繰り返し強調され、「利権主義・物取り主義」が厳しく批判され、「幹部のボス交・ボス支配」が強く戒められたのもこの頃でした。
もちろん、これらの運動原則は今なお健在ですが、今日的な時点から考えるときわめて不十分ではなかったのかということです。そのことが、今日的な部落解放運動の「危機の核心」ともいうべき問題と直結していると思えるのです。
第1の不十分点は、さまざまな同和対策事業や関連事業を通じて不可避的に生じてくる地域的・組織的な権力構造にたいしてあまりにも無警戒で無関心であったのではないかということです。
たしかに「解放が目的、事業は手段」と強調はしてきたけれども、目の前で現世利益である事業が進捗し長期化していけば、無意識のうちに「事業が目的」化してくるという現実(弊害)があることも避けられません。そのことにたいする警戒心が希薄になると、事業の導入力や集金能力のみが指導者の資質であると錯覚され、部落解放運動の力の源泉である差別撤廃という社会正義を実現していく指導者としての資質がおろそかにされるという逆転現象が生じてきます。この事態が、「金と力による支配」という権力構造を生み出し、やがて「権力は腐敗する」という状況をつくり出すのです。
実は、部落解放運動が「富と権力」とは長い間無縁の存在であり、この権力論の問題にたいする組織的な認識が弱く、無警戒・無関心であったために、よしんば熱心な活動家であったとしても、意見が異なる者にたいして「自分の意見に従えないならムラを出て行け」というような排除と排斥の誤った言動(支配の論理)が出てきたりするのです。
第2の不十分点は、前述の問題と関連しますが、地域組織特有の「なれ合い的体質」から、権力行使の公正・公平な実現と権力の固定化や濫用を防止するための組織的な仕組みを構築することを致命的に怠ってきたのではないかということです。
組織運動や事業展開をすれば、必ずそこに何らかの権力構造が生じてくることは避けられないのであり、「権力」そのものが悪いのではないとの認識のもとに、その仕組みを作り上げることが必要でした。とりわけ、部落解放運動がすそ野を拡大し、組織が大きくなってきているもとでは権力抑制機能をしっかりと働かせることが必要です。憲法が国家権力の横暴と濫用にたいする抑止力であるように、同盟規約も組織権力の横暴や濫用、逸脱にたいする抑止機能を発揮できるように検討する必要があります。
一方、「人格高潔」な一握りの人にのみ実践可能である精神主義的倫理観だけに委ねた組織運営では誤りが生じてくることを明確にしておくことです。なぜならば、部落解放運動は、決して「聖人君子」の運動や組織ではなく、長短あわせもった多様な生活人としての部落住民によって構成される大衆運動であり団体であるということを前提にして運動と組織の組み立てが考えられなければならないからです。
第3の不十分点は、ある種メニュー化された同和対策事業消化の多忙さのなかで、事業説明はあったとしても、部落解放運動の歴史や理論などについての同盟員教育がおろそかにされ、差別実態の変化をとらえる視点の教育や実態変化に応じた支部員や部落大衆の意見・要求がていねいに集約されず、新たな日常活動が停滞するという弊害が出ていることです。とりわけ、「特別措置法」が終了したもとでは、一般施策を活用した新たな日常活動の活性化に向けた課題への着手が必要であり、そのための同盟員教育が重要になってきますが、この弊害が従来の事業がなくなったもとでも克服できていません。
今回の「組織総点検・改革」運動でも、その実態が顕著に出ています。そのような状況になると、現実の差別実態に即した必要施策の課題を掘り起こすということよりも、これまでの運動でかちとった「既得権」を守ることだけが幹部・指導者の力の見せ所との勘ちがいが起こってきます。同盟員や部落大衆も幹部・指導者に任せておいて、「もらえるものはもらう」「とれるものはとる」という功利主義的な考えになっていき、創造的な日常活動が停滞し、部落解放運動の活性力が衰退することになります。
あらためて、部落解放運動のなかでは、「既得権」という考え方は存在しないことを明確にしておきます。私たちが求めているのは、部落差別からの解放であり、現実の差別実態に即してこれを解決していくための社会性のある必要施策だということです。そして、当然のこととして差別実態の変化とともに必要施策のあり方も変わっていくということです。同時に、私たちは、現在、差別撤廃へのとりくみを自助・共助・公助という関係のなかで追求していくことの大切さも明確にしています。
第4の不十分点は、以上のような問題点を克服できなかった教条的論理が部落解放運動のなかに存在していたのではないかということです。とりわけ、行政闘争主導といわれた第2期の闘いの論理を「特別措置法」時代を中心にして検証していくことが重要です。
この時期の行政闘争の論理は、「同対審答申を読んだのか!」と差別撤廃への行政責任の確認ではじまり、「差別の現実が分かっているのか!」という形で要求を押し出し、満足のいく回答が提示されなければ「差別の痛みが分かっていない!」という厳しい追及でおこなわれてきたことは事実です。70年代には、この論理は十分に有効であったといえます。
しかし、80年代半ばくらいからは、差別実態が大きく変化しはじめ、同和対策事業が社会的認知を獲得するとともに、「逆差別」や「えせ同和」などの弊害も出てくるという状況も起こってきました。この状況は、「いかなる社会運動や社会事業も一度社会的認知を受けるとそれは既得権化し権力化する傾向を帯びる」ということを意味していました。この状況にたいして、運動的には「第3期論」を提起し、「同和対策事業総点検・改革」運動を実施したのですが、実はさらに真剣で辛辣な理論的分析が必要であったといえます。
たとえば、格差問題を中心にした「同対審答申」の実態認識論や地区指定を中心とした「特別措置法」の属地属人主義論などの限界を打ち破る具体的な差別撤廃への解放理論の創造的検証が必要だったし、「差別の痛み論」にしても本来は他者との共感・共鳴への論理であるはずなのに、他者への排除・排撃の論理になっていなかったかなどを検証することが大切でした。新たな状況にたいする理論的対応が遅れたことにより、行政闘争が現実から遊離した教条的な域を脱却しきれなかったのではないかとの反省があります。
④第2期の「負の遺産」を断固として拒否する姿勢の確立(捨てる勇気からの再生)
私たちは、行政闘争主導といわれる第2期の「特別措置法」時代の功罪をしっかりとみきわめながら、成果を着実に継承発展させ、欠陥を克服しながら「負の遺産」は断固として拒否する姿勢をあらためて確認しておかなければなりません。
この時代の成果は、大きくいって4点ありました。第1は差別撤廃に向けた行政責任を確立・定着させたこと、第2に諸偏見批判によって部落差別の非合理性の認識を広めたこと、第3に地域の低位劣悪な生活環境実態を大幅に改善させたこと、第4に部落住民の人間としての自信と誇りを回復させてきたことなどです。
一方、欠陥の第1は部落問題が今なお未解決であること、第2は逆差別・ねたみ差別など部落内外に新たな溝を生み出してしまったこと、第3に自立支援の視点を欠落させた救貧対策的措置の長期化によって行政依存的弊害を部落住民にもたらしたこと、第4に未指定地域が放置されたこと、第5に総じて差別撤廃政策ではなく地域改善対策に重きがおかれたことなどです。
以上のような成果と欠陥を熟知して、欠陥克服のとりくみを部落解放運動の「危機の核心」と連動させて強力にすすめることが肝心です。
すでに、特別対策としての同和対策事業は存在しないにもかかわらず、「特別対策」的な感覚をもって行政闘争をおこなったのでは、部落解放運動は前進しません。ましてや、これらの欠陥克服のとりくみや「組織総点検・改革」運動にたいして、「利敵行為」論や「行政の手先」論などといった政治的空文句をもてあそんで躊躇している段階ではないことを認識しておくことが重要です。
4.部落解放運動再生への課題と展望(創りなおす気概からの再生)
①部落解放運動の歴史的役割と社会的貢献への再認識
私たちは、「特別措置法」時代に払拭すべき多くの「負の遺産」も背負い込んだことは事実ですが、同時に「部落の権利をすべての人の権利へ」という形で社会的貢献への先駆的なとりくみをしてきたこともまた事実であることを再認識しておくことが重要です。
たとえば、第1に、「部落の生活と権利を回復するための闘い」は、非人間的な悲惨な生活実態のもとにおいても、誇りうる人間の血を涸らすことなく、凜として「人間の尊厳」を求めつづけることの大切さとともに「生存権」を具体化していく実践として、同様の境遇にあるマイノリティの人たちとともに共有することができたといえます。
第2に、「義務教育教科書無償化の闘い」(60年代)は、経済的理由により教育権を奪われてきた多くの人たちの不就学・長期欠席の状態を改善し、「教育権」を保障する重要なとりくみとして現在もその成果はすべての子どもたちの権利として受け継がれています。
第3に、「新採時での社用紙から統一応募用紙への切り替えの闘い」(70年代)は、本籍欄や家族構成欄などの本人の能力と適正にかかわる以外の不必要欄を削除させ、採用時での部落差別はもとより母子家庭差別や婚外子差別などの撤廃に向け大きな役割を果たしてきています。
第4に、「生活保護費の男女格差是正の闘い」(80年代)は、部落差別の実態に即した生活保護制度改善のとりくみのなかから、生活保護の受給額に男女格差が存在することは女性差別であるとして男女同額をかちとり、生活保護世帯の女性や母子家庭に福音をもたらせました。
第5に、「成績条項撤廃の高校奨学金制度の一般化の闘い」(02年)は、「特別対策」として実施されてきた解放奨学金制度の趣旨はすべての奨学金制度にも必要であるとの観点から、日本育英会の奨学金制度の改革と連動させたとりくみをすすめ、高校奨学金制度から成績条項を撤廃させて、すべての高校生を対象にした「一般対策」として制度化することに成功し、今日では部落外の高校生が圧倒的な数で活用しています。
第6に、「国際人権諸条約批准と具体化の闘い」は、部落解放運動が先駆的役割を果たしてきたといっても過言ではありません。「国際人権規約」(79年)や「人種差別撤廃条約」(95年)の締結によって、アイヌ民族差別や在日コリアン差別、外国人差別などの差別撤廃と人権確立に向けたとりくみに弾みがついてきています。また、国連人権委員会に部落問題をもち込んだことにより、今日では「職業と世系にもとづく差別」が主要なテーマとして取り上げられ、インドをはじめとするアジア各国のダリットの人たちや同様の問題で苦しんでいるアフリカの人たちの差別撤廃運動に大きな勇気をもたらしています。さらに、多くの人たちの関心が国際人権諸条約に向けられ、「女性差別撤廃条約」や「子どもの権利条約」などつぎつぎととりくみの輪が広がってきています。
第7に、「地域での部落差別撤廃・人権条例制定の闘い」(90年代)は、地域からの差別撤廃・人権確立をすすめるとりくみとして「部落解放基本法」制定運動と連動して着実に前進させてきました。現在では、約400自治体で人権関係条例が制定されており、さらには、千葉県で制定された「障害者差別禁止条例」のように障害者差別撤廃や女性差別撤廃などの個別分野での人権条例化への広がりとして拡大してきています。
第8に、「人権の法制度確立の闘い」は、「部落解放基本法」制定運動でめざしてきた内容を「人権教育・啓発推進法」(00年)など個別の法律として制定させ、約400自治体でこの「人権教育・啓発推進法」にもとづく基本計画や指針が策定されていますし、さらに現在では「人権侵害救済法」の制定を求める運動として継続されています。またこれらの運動と連携して、各界の広範な人たちの結集によって「人権の法制度を提言する市民会議」(人権市民会議)が昨年3月に結成され、12月の人権週間にあわせて「日本における人権の法制度に関する提言」を策定・公表してきました。この提言が、国や地方自治体の今後の人権政策立案にあたっての指針的役割を果たすとともに、今後の人権運動諸団体の共同綱領として積極的に活用されることが期待されています。
第9に、「人権のまちづくり」運動は、同和対策事業の主要な一環であった環境改善事業を契機に、部落住民の主導による「部落解放総合計画」にもとづく地域内まちづくり運動を継承・発展させていくとりくみです。そこでは、隣接地域、校区地域、行政区へと対象領域を拡大しながら、「人間を尊敬する」ことを基本にした「人づくり」や「関係づくり」を大切にしていくまちづくりをするなかで、生活領域からの差別撤廃や人権確立を具体化していこうとするものです。すでに、多くの地域で「人権のまちづくり」運動が開始されており、福祉分野、教育分野、労働分野などを中心にして部落内外の協働のとりくみが進展してきています。
以上のような部落解放運動の歴史的役割と社会的貢献にかかわるとりくみに共通していることは、「部落問題解決の仕組みをすべての困難を抱えた人たちの問題解決につなげる仕組みとして押し出す」ということです。この姿勢こそが「人間性の原理に覚醒し人類最高の完成に向かって突進す」という全国水平社綱領の立場につながるものであり、これを今後の部落解放運動展開における不可欠の姿勢として、全同盟員が確認しておかなければなりません。
私たちは、部落解放運動の果たしてきた歴史的役割と差別撤廃・人権確立に向けたこれまでの同和対策諸施策を参考にした他の差別問題への適用という波及効果が着実にあらわれてきている事実に、揺るぎない誇りと自信をもって今後の部落解放運動をすすめていくことが重要です。
とりわけ、「人権の法制度」確立のとりくみと「人権のまちづくり」運動は、これからの部落解放運動の大きな戦略的課題として、部落内外の協働のとりくみで目的意識的にすすめていかなければなりません。それは、私たちが綱領で指し示した「自主・共生の真に人権が確立された社会」の実現を具体化させていくとりくみです。
②部落解放運動再生への道と決意
私たちは、今回の一連の不祥事に端を発した事態が部落解放運動にとって戦後最大の危機的状況であるという現状認識に立って、実は「危機の核心」が「特別措置法」時代の弊害を払拭し切れていない運動と組織の体質にあることを明確にしてきました。
その運動と組織の体質とは、同和対策事業を通じて生じた権力構造に起因するものであり、権力行使の公正・公平さの確保と権力構造を固定化させない仕組みとあらゆる権力関係を対等に保持する努力を担保することができなかったことによって形成されてきたといえます。同時に、それらのことを間接・直接に支えてきた行政闘争理論の教条的理解があったと言えます。
この旧態依然とした運動と組織の体質を払拭しきれなかったが故に、傲慢と怠慢が派生し、「第3期論」や「基本方針」にもとづく新たな運動への対応が遅遅としてすすまないという状況をつくり出してしまい、結果として今回の一連の不祥事につながっていき、部落解放運動の社会的信頼を失墜させてしまったということです。
このような現状分析にもとづくならば、部落解放運動の再生への道は、つぎのように設定されなければなりません。
第1に、「組織総点検・改革」運動を通じて、不祥事にたいする社会的謝罪と社会的責任を果たすということです。このとりくみは、決して短期間の小手先のとりくみで終わるものではなく、少なくとも2~3年の時間を要するものですが、全支部で所期の目的を達成するように間断なく全力を傾注します。
第2に、運動と組織の体質改善のために、権力構造を固定化させず公正・公平な行使ができるように検討していきます。検討の方向性は、支部長任期の有期限制の導入および運動経歴による資格審査制や定期的な支部運営状況のチェック制の確立などを中心にして地域事情(とくに少数点在部落の状況)などを加味しながら具体的な内規的ルールを早急に作成していきます。作成にあたっては、全国組織強化本部会議などの議論ふまえながら中央委員会に提案します。また、「組織内えせ同和行為防止全国連絡会議」を効果的に機能させ、えせ同和行為の一掃を徹底していきます。
第3に、懸案になっている「部落解放同盟基本文書(案)」を今日的な状況も加味しながら最終策定するとともに、支部活動の手引き書などを作成し同盟員教育を強化していきます。ここでは部落解放運動の歴史や理論のとらえ方を整理して、部落解放運動をすすめる姿勢や今後の方向性などについての指針を提示します。
第4に、「部落解放運動発展への提言委員会」からの意見を参考にしつつ、独善的な思いこみに陥ることなく、部落解放運動の歴史的使命や社会的責任を根底において、既に策定している「7つの基本方針」をより豊かに練り上げ、部落解放・人権確立への展望を明確にしていきます。
第5に、昨年再結成した中央オルグ団を中心にして、部落解放運動発展に向けての課題を地域の現場からつかみとっていくとりくみを強化して、中央本部・都府県連・支部の双方向の意見交換のもとに組織の改革・強化をはかっていきます。
私たちは、部落解放運動再生への道の課題は、すでにこれまでの部落解放運動の豊かな経験のなかからつかみ取ることができるということを確信しています。「解体的出なおし」といういい方も可能ではありますが、部落解放運動の現状からして、あえて「捨てる勇気」と「創りなおす気概」をもって、胸を張れる部落解放運動をすすめていく決意です。
③第64期の主要なとりくみ課題
私たちは、第64期の最重要課題として「組織総点検・改革」運動を柱にした部落解放運動再生へのとりくみをつづけていきますが、同時に他の主要な課題についてもとりくみを強化しなければなりません。
第1の課題は、憲法改悪などの危険な政治動向と対峙し、統一自治体選挙と参議院選挙闘争に勝利する課題です。安倍政権は、巨大与党をバックにして、昨年の臨時国会で「教育基本法」改悪の強行採決と「防衛庁「省」昇格法」を成立させ、今通常国会では国民投票法案を成立させることをねらっており、憲法改悪への布石をすすめるとともに、市場原理主義による競争主義のもと「格差社会」をますます拡大させる政策を打ち出してきています。
私たちは、この「戦争のできる国」や「格差拡大社会」は、人権と平和を真っ向から否定するものであり、到底容認することはできず、なんとしても政治の流れを変えなければなりません。その意味で、今年4月の統一自治体選挙と7月の参議院選挙は決定的に重要です。
昨年12月の中央委員会で確認、決定した「選挙闘争の基本」にもとづいて、組織内候補はもとよりすべての推薦・支持候補の必勝のために全力を尽くさなければなりません。とくに、参議院選挙は、与野党逆転の機会をもった選挙であり、民主党・社民党を中心に部落解放・人権政策確立に熱心な候補者を推薦して与野党逆転に尽力するとともに、3年後の松岡徹参議院選挙再選と、松本龍副委員長のきたるべき選挙に直結していく選挙闘争をおこなっていく必要があります。
第2の課題は、「人権侵害救済法」制定をはじめとする「人権の法制度」を確立する課題です。安倍政権の誕生とともに、小泉政権の「法案の早期提出」の確約は大きく後退してきました。しかし、「人権侵害救済法」の制定は、政治責任・政府責任・国際責任からいっても、政権が交代したことを理由にして反故にされるような性格の法律ではないことを明確にしておかなければなりません。
私たちは、政治状況がきわめて厳しいことを承知していますが、今通常国会で「人権侵害救済法」の一日も早い提出と制定を粘り強く与野党に求めていきます。
そのためにも、「早期制定要求」の地方議会決議の拡大をはかるなど地域からのとりくみを強化していきます。また、現在凍結されている「鳥取県人権侵害救済条例」の早期施行に向けて全国的な支援をつづけていきます。さらに昨年12月に人権市民会議が策定・公表した「日本における人権の法制度に関する提言」の宣伝・広報活動や具体化へのとりくみに積極的にかかわっていきます。さらに、「人権の法制度」を確立していく一環として、全国知事会・全国市長会がまとめた生活保護制度を中心とした「セーフティネット構想」を参考にしながら、中央本部作業部会がすでに着手している「社会的セーフティネット」の構想をマイノリティの視点から早急に策定していきます。
第3の課題は、狭山第3次再審闘争と悪質化・頻発化する差別事件にたいする糾弾闘争を強化する課題です。昨年の5月に第3次の再審請求を申し立てた狭山闘争の勝利をかちとるために、100万人署名運動の成果をふまえ、住民の会の拡大、さらには弁護団活動の強化とともに、社会世論を大きく喚起していくために実効力のある地域からの闘いを創意工夫をこらしながら再構築していきます。
また、人権無視の「戦争のできる国」づくりや競争主義の「格差拡大社会」などによって不安と不満が社会に充満してきているもとで、巧妙で陰湿な差別事件が増加してきており、糾弾闘争を強化していく必要があります。とりわけ、第9、第10や電子版という形で発覚した新たな「部落地名総鑑」にたいする糾弾闘争は、戸籍法・住基法・探偵法などの改正や就職差別禁止法制定などを射程に入れつつ、あらためて日本社会の深層構造を問いなおしながら社会変革を実現していくとりくみをしていかなければなりません。
さらに、差別糾弾闘争をすすめる部落解放同盟として、率直に自己批判しなければならない問題があります。それは、「全国大会方針書」(01年~05年)や「あいつぐ差別事件」(04年度・05年度版)で、精神障害者にたいする差別記載をおこなったことです。この差別記載にたいして、「精神障害者にたいする差別的記載に関する謝罪と見解」(資料参照)を関係者に提出・公表してきました。私たちは、あらためて部落差別にたいする闘いだけでなく、あらゆる差別にたいする鋭敏な感性をもって対応しなければ、本当の意味での反差別運動を闘うことはできないことを肝に銘じておくべきです。今後、「謝罪と見解」を具体化していくとりくみを通じて、精神障害者差別撤廃のとりくみを深めていきます。
第4の課題は、差別実態に即した行政闘争の強化と日常活動としての「人権のまちづくり」運動を活性化させる課題です。
私たちは、一連の不祥事についても、これを口実にした同和行政の後退を許さないことを明らかにしてきました。それは、「部落差別が存在する限り積極的に同和行政を推進する」とした行政責任を放棄することだと指摘してきました。
不祥事への対処問題と差別撤廃への行政責任問題は、明白に次元の違う問題です。それにもかかわらず、不祥事対処の結論が行政責任の放棄であるとするならば、それは差別的世論に悪乗りしての差別実態を無視した差別行政であると断定せざるを得ません。私たちは、差別行政を放置することはできず、徹底的に差別行政糾弾闘争(本来の行政闘争)を強化しなければなりません。
同時に、私たちにとって重要なことは、今日的には「部落差別がどのように存在しているのか」ということが明確でないならば、行政責任の追及はできないということです。もちろん、その実態を行政自身が把握することも行政責任であることは疑う余地もありませんが、私たちの運動体自身も「5領域」からの正確な実態を各地域で把握・分析しておく必要があります。
この差別実態に即して、差別撤廃に必要な施策要求をした時に、行政闘争の社会性が出てくるし、社会正義を実現する部落解放運動の正当性が発揮されるのです。行政闘争の強化とは、この意味で強調していることを理解しておかなければなりません。極端にいうならば、差別実態をつかまずして行政闘争をおこなう資格はないということです。
もう一つ重要なことは、正確な差別実態に即して問題解決の要求を押し出していくとき、同様の困難な課題を抱えている部落内外の協働のとりくみで実現していくことです。とりわけ、生活相談活動などを活発化させて、福祉、教育、仕事などの分野で協働の課題を発見しながら、生活圏域での「人権のまちづくり」運動としてつながりあう関係をつくり出すことです。
私たちは、このような行政闘争や「人権のまちづくり」運動をつくり出していくために、今年度は必ず「全国経験交流集会/実践講座」を開催していきます。