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わが部落解放同盟は、部落差別からの解放を目的として全国の部落民が結集した自主的かつ組織的な部落解放団体である。部落問題は近世身分制のもとでの被差別身分に対する身分差別を淵源にもっているが、日本が近代化するに伴って身分差別が新たな差別問題として再編され、現代日本においても解決が焦眉の課題となっている差別問題を軸とした重要な社会問題である。このような部落問題の存在は、長きにわたって部落民に対して苦悩を強いてきたが、そうであるがゆえに部落民は部落差別に対して抵抗を繰り返してきた。
このように部落問題が、近世から近代をへて現代に至る日本の歴史的かつ社会的構造に組み込まれていることからすると、部落問題に関する歴史認識は、部落問題の解決のためにはきわめて重要な位置を占めてきたと言える。このような基本的認識をふまえて、これまで近世部落史研究は近世身分制における被差別身分と身分差別、近現代部落史研究は部落差別を軸とする部落問題と水平運動および部落解放運動について検討し、部落問題の解決に資すため多くの成果を挙げてきた。
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しかるに近年に至ってもなお、近世部落史研究の成果を無視するような差別事件が生じている。まず参議院選挙に立候補しようとした社会的立場を自覚すべき元アナウンサーが、2019年2月の講演で「日本には江戸時代にあまりよくない歴史がありました。士農工商の下に、穢多・非人、人間以下の存在がいると」と発言したことが5月21日に明らかとなった。これに対して翌日の5月22日、わが同盟は許されざる悪質な差別発言として厳しく抗議した。
これと関係して、これまでから「士農工商〇〇〇〇」方式の比喩的表現が、しばしば繰り返されてきた。これは「士農工商えた非人」から着想を得たものであり、近世の身分序列を無批判的に援用した、部落差別の合理化につながりかねない認識であることを、あわせて指摘しておきたい。
つぎにアメリカでは、ハーバード大学のジョン・マーク・ラムザイヤー教授は、2019年に発表した「でっちあげのアイデンティティを使って―日本の部落アウトカースト―」なる論文で、部落民の祖先は皮革に携わらない貧しい農民、近代の部落民は明確な犯罪者集団、水平社の松本治一郎は犯罪の暗黒街の代表などと、部落史研究が明らかにしてきた歴史的事実を完全に無視する差別的記述をおこなった。これは国際的な影響が大きいだけに、わが同盟が厳しく批判する中央本部見解を今年の3月15日に発表するなど、各方面から部落問題の解決に逆行するとの批判の声が巻き起こっている。
しかし、わが同盟と裁判で係争中の鳥取ループが、自らの文章を好意的に紹介したラムザイヤー論文を高く評価するだけでなく、その一人が直近では自らを「ハーバード大学御用達士農工商ルポライター稼業」と臆面もなく名乗っていることからすると、鳥取ループは部落差別を公然と容認していると断定せざるを得ない。
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さらにマスコミによって、近世身分制に対して誤解と混乱を招かざるを得ない不正確な歴史認識が、今年になって相次いでいるが、このことは部落問題の解決という観点からすると、きわめて憂慮すべき事態となっている。
第1に、『朝日新聞』2月17日の「天声人語」は、近世身分制を「士農工商」と呼び、被差別身分については述べられなかった。第2に、3月14日に放送されたNHK大河ドラマ『青天を衝け』第5話は、近世の身分制を「士農工商」と説明しただけで、被差別身分については説明されなかった。
第3に、『読売新聞』4月27日(夕刊)の「江戸の身分制」という記事は、「士農工商」は教科書から消えたとしながらも近世の身分制として説明し、被差別身分の「えた」身分については辛うじて触れてはいるが、その内容は十分なものではなかった。第4に、テレビ朝日の制作・著作によって5月8日に全国ネットで放送された「池上彰ニュースそうだったのか?教科書が大きく変わる!日本の教育SP」は、「士農工商」が現在の教科書では使用されていないとしながらも、近世の身分制を「士農工商」として説明しただけで、被差別身分については触れられなかった。
これらの記事と放送では、いずれも近世身分制が「士農工商」と説明され、被差別身分について述べられたものは少なかったが、このことは近世部落史研究の成果、その成果に基づいて「士農工商」が学校教育の教科書では使用されていないということを無視したものである。また記事と放送には明確な差別的意図がないことを承知しているが、マスコミは絶大な影響力をもっているだけに、部落問題の解決という観点からは看過できないものとして、わが同盟は話し合いを求めて問題点および疑問点を指摘してきた。
そして現在では、マスコミ各社はわが同盟と誠実に話し合い、問題点および疑問点を真摯に反省したうえで、部落問題の解決に積極的な役割を果たすため、用語に関するガイドラインの作成、研修会の実施、全国水平社創立100周年に向けた取り組みなどを準備している。
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近世社会において確かに「士農工商」という言葉は存在したが、この「士農工商」は近世身分制の実態を反映したものではないことが、近年の近世部落史研究では明らかになっている。また「士農工商」の下に「えた・非人」を付けることによって、近世の身分差別ひいては近現代の部落差別を合理化する論理として機能してきたことにも、繰り返し危惧の念が表明されてきた。そして近年の近世部落史研究では、近世において実際に存在したのは、支配する武士身分、支配される百姓身分と町人身分、そして支配され差別される被差別身分であることが明確にされている。
このことをふまえて、1990年代後半から小・中・高の学校教育で使われる教科書では、次第に「士農工商」は使用されなくなり、現在では武士身分、百姓身分、町人身分、被差別身分などの正確な身分呼称が使用されるようになったことが確認できる。また被差別身分として「えた」身分が使用される場合には、本来的に使用すべき身分呼称でなかったため、あえてカギ括弧が付されるようにもなっている。また近世部落史研究では、被差別身分の「えた」は「穢多」と表記されたように「穢れが多い」という意味であり、この「えた」は近世幕藩権力が「賤民」身分として強制した差別的な身分呼称であることが明らかになっている。
このような近世身分制は近代になって廃止され、「えた」という身分は存在しなくなった。しかし近代天皇制という新たな身分秩序が確立すると、これと結びついた「えた」身分に対する差別意識によって、部落民には「えた」という差別語が投げかけられるようになった。またマスコミなどが流布させた「新平民」、行政が使いはじめて流布させた「特殊部落民」などの新たな差別語が、部落民に強要されるようにもなったため、部落民は大きな苦痛を強いられなければならなかった。
このような状況をふまえて、わが同盟の松本治一郎委員長がかつて「貴族あれば賤族あり」と表現したことは、近代天皇制が部落差別と深く関係していることを鋭く指摘したものであった。つまり血統観念を基本とした近代天皇制的な身分秩序は、近世身分制の身分意識を自らに組み込み、部落差別を合理化させる役割を果たすことになった。そしてこの役割は、現代の象徴天皇制でも基本的に変化しているわけではないことを、十分に認識しておく必要がある。
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わが同盟は、このような基本的認識に至っているため、明確な差別記述と差別表現に対しては抗議の意思を明確にしてきた。しかし不十分な理解と誤解から正確に近世身分制について説明しなかった場合には、これからも真摯な話し合いによって、部落問題を解決するための共通理解を形成していく所存である。
その際には従来のとおり、教科書で使われなくなった「士農工商」は部落差別を合理化させる危険性があるので使用を避けること、近世身分制については実在した武士身分、百姓身分、町人身分、被差別身分などの身分呼称を使用すること、何よりも近世社会において被差別身分が存在したことを明確に述べること、さらに被差別身分に対する差別と抵抗の歴史をも説明することなどを、あらためて基本的姿勢として確認しておきたい。
2002年に、いわゆる同和対策法が終焉を迎えたことに関係して、学校教育では部落問題を学ぶ機会が少なくなった。また古い教科書で近世身分制を「士農工商」として学んだ人びとが多いだけに、近世部落史研究の成果をふまえた部落問題に関する正確な歴史認識が十分に広まっていないという、深刻な誤解と混乱の現実がある。
おりしも2016年に部落差別解消推進法が施行されて5年目を迎えたが、そこでは部落問題についての教育と啓発が重要な課題として挙げられている。この法律の意義と内容をふまえて、わが同盟は前近代と近現代に関する部落史研究のさらなる進展による成果を期待し、その成果を広く普及させることによって、部落問題を解決するため正確な歴史認識を形成していくことに全力を注ぐ決意であることを、ここに見解として発表するものである。
2021年6月23日
部落解放同盟中央本部