2016年3月4日
部落解放同盟中央執行委員会
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「41年前に発覚した悪名高き「部落地名総鑑」が、またしても販売されようとしている」「この差別図書の発行・販売を断じて許してはならない」。
3月2日、3日と東京で開催された部落解放同盟第73回全国大会での議論の一幕である。鳥取ループ・示現舎が「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」と題した書籍を2016年4月1日に発行・販売するという情報がインターネット上に掲載され、拡散しているとの情報が部落解放同盟中央本部に寄せられた。このことが事実なら大問題である。
1975年11月に発覚した「部落地名総鑑」は、当時の総理府総務庁長官がこの書籍を「差別を招来し助長する悪質な差別文書」であると断言している。こうした書籍が現代、再び発行・販売されることが許されるというのか。発行・販売は、文字通り差別撤廃・人権確立を求めてきた多くの人たちの努力を水泡に帰す行為であり、断じて許すことのできない事件であり、わが同盟として、「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」の発行・販売の中止はもとより、閲覧の禁止も含め法的対応を求めていく。
中央本部に情報が届いたのが、2月の第一週であり、即座にホームページを確認すると、「部落地名総鑑」の原典の1つとされる書籍の復刻版としてアマゾン社が予約注文を開始するというものであった。また、おもな内容としては、全国5360以上の部落の地名、世帯数、人口、職業などがリスト化されており、さらに「全国部落調査」にある地名に加え、現在の地名も掲載されていると宣伝されている。
財団法人中央融和事業協会が1935(昭和10)年に調査し、翌1936年3月刊行した「全国部落調査」は、全国5360か所にもおよぶ部落の地名(間違いも多く存在する)、世帯数、人口、おもな職業などが掲載されていることから、部落問題の基礎資料としてあつかわれ、慎重の上にも充分な配慮が研究者の間ではなされている。これが誰もが購入できる書籍として発刊・販売されることは、「部落地名総鑑」差別事件と同様の事件である。しかも、これが書店で購入されるような事態となれば、社会問題ともいえる重大な人権侵犯事件である。
1975年に発覚した「部落地名総鑑」は、当時200社をこえる大手企業や個人が購入し「結婚」や「就職」時の身元調査に悪用するなど部落差別を助長するきわめて悪質な差別図書として社会問題にまで発展しており、国会でも取りあげられた事件である。それは、当時の総理府総務庁長官が、この書籍は「同和地区住民の就職の機会均等に影響を及ぼし、その他さまざまな差別を招来し助長する悪質な差別文書が発行され、一部の企業においてはそれが購入されたという事件が発生したことは、まことに遺憾なことであり、極めて憤りにたえない」との談話を発表したほど社会に大きな影響を与えた事件であり、明確な差別書籍と断言しているのである。
さらには、総理府総務副長官と法務・文部・厚生・農林・通商産業・労働・建設・自治の各省事務次官連名で、各都道府県知事・各都道府県教育委員会・各指定都市市長・各指定都市教育委員会あてに、つぎのような通達が出されている。「…この案内書及び冊子は、同和対策事業特別措置法の趣旨に反し、特に同和地区住民の就職の機会均等に影響を及ぼし、更には、様々な差別を招来し、助長する極めて悪質な差別文書であると断定せざるを得ない。…ついては貴職におかれても、以上の事情を十分承知の上、住民に対する啓蒙、企業に対する指導について十分な配慮をお願いする」との通達が出されるなど、悪名高き「部落地名総鑑」として社会から断罪されている。
そのようななか、鳥取ループ・示現舎から「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」と題して、発行・販売されることは、明らかに差別目的であり、差別をさらに助長することとなるばかりか、差別の拡散につながる、許すことのできない部落差別事件であり、人権侵害事件である。
鳥取ループ・示現舎による「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」と題した書籍の発行・販売の中止はもとより、閲覧の禁止も含め法的対応を追求していくことを組織の内外にあらためて明らかにする。また、緊急に対応した内容と当面する方向について、訴えるものである。
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まず中央本部として、第1にとりくんだのは、2月15日の法務省への申し入れである。申し入れ内容は、3点あり、①「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」と題した、被差別部落の地名などが記載されたこの書籍は、「出版の自由」、「表現の自由」の範疇を逸脱するものであるとともに、明らかに差別目的であり、部落差別を助長するものと考えるが、法務省としての見解を明確にされたい。②「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」の作成・販売が、差別を拡散し助長する恐れのある書籍であることから、この書籍が販売されないよう法務省としての具体策を図られたい。③この書籍の作成・販売が差別目的であり、部落差別を助長するものだと認識したうえで、作成者である示現舎ならびに鳥取ループへの厳正なる指導をされたい。さらに、インターネット上に掲載される被差別部落の地名一覧について、規制の措置を取られたい、などの内容で要請したところである。
第2に、書籍をあつかう出版・流通関係各社への要請である。この出版関係業界については、「書店における発行・販売などの取り扱いがなされないよう強く要請するものです」との中央本部からの要請にたいして、「取り扱わない」とする回答をほとんどの業界関係者からいただいており、日本国内の書店では取り扱われる可能性がほとんどないといっていい状況になっており、出版・流通関係各社には、協力と理解に感謝したい。
第3は、個人情報保護法の改正に関わって、「要配慮個人情報」の定義で、「社会的身分」という文言が盛り込まれ、個人情報保護委員会を設置し、罰則も設けられている。中央本部として、法的な側面から「部落地名総鑑」が差別書籍として被差別部落住民の就職の機会均等に著しい悪影響を与えるものとして、法的規制されるよう個人情報保護委員会への申し入れにとりくんできているところである。
第4には、中央本部内に「「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」発行・販売中止・絶版を求める糾弾闘争本部」を設置、各都府県連でも同様の糾弾闘争本部の立ち上げと、地方法務局、都府県および市区町村への申し入れ行動にとりくむよう要請している。
第5には、発行元である鳥取ループ・示現舎にたいする差止め請求訴訟である。鳥取ループ・示現舎による違法な行為により、被差別部落に現在居住している、あるいは過去に居住していた事実によって、自己の利益が侵害される可能性があることを世に問う意味からもその発行・販売の差止めの請求を求めて闘うものである。同時に鳥取ループ・示現舎の関係者にたいする糾弾闘争にもとりくんでいくものである。
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今後、中央本部として、この「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」の発行・販売中止、絶版を実現するために、以下のとりくみをすすめる。
まずその第1には、大きくこえなければならない壁である「表現の自由」、さらには「出版の自由」との関係である。被差別部落の所在地一覧を含むこうした「部落リスト」は、「表現の自由」や「出版の自由」によって保護されるべき範疇をこえており、また、「表現の自由」の濫用であって、法的保護に値しないということを、部落解放運動にとりくんでいる立場として明確にしておく。
「同和対策審議会」答申はもちろんのこと、「人権教育・啓発推進法」でも、部落問題の解決に向けた人権教育・啓発の推進について、国、地方公共団体および国民の責務を明記し、必要な措置を取ることを、その目的としている。法務省も「部落地名総鑑」の規制が、「表現活動の自由を不当に制約したり、表現活動を萎縮させたりするものではない」との態度を明確にしているのである。「部落地名総鑑」が許し難い差別書籍であり、規制すべき対象であるとの法務省見解をあらためて国会などで再確認させることも重要である。
第2に、「部落地名総鑑」や全国被差別部落のリストの存在にたいして、法的な規制がなされていないという現状を訴え、法的規制を求めることである。
日本では、「一定の集団」にたいする憎悪発言について、その表現を取り締まる法律がなく、表現の自由が大きな壁となって、暴力的な煽動にたいして効果ある規制や禁止させるといったことすらできないのが現状だ。
つまり、現行の日本の法制度では、できる限り具体的な個人に引きつけて、その人物が被害者として「名誉毀損」や「侮辱」であると主張しない限り、加害者を取り締まれないのである。今回のように「部落リスト」の一覧表や「部落民を殺してしまえ」「朝鮮人を抹殺せよ」といった差別や暴力を煽動する表現でも、個別の人物が被害を受けているという事実が証明されない限り、その表現を直接取り締まる法律はない。
差別は禁止されるべきであり、差別につながる書籍の販売などについても規制対象とされるような法整備が必要なことは、時代の趨勢でもある。「人権侵害救済法」の必要性がさらに増しているのである。法制定に向けて、あらためて国会闘争の強化を訴える。
第3は、部落の地名を明らかにすることや、部落リストの一覧表などについては、社会的差別が今日でも存在している現実をふまえ、配慮すべき事項であるとする共通認識を社会的に広めることの重要性である。
被差別部落の地名やリスト公表には、部落差別撤廃にとって有効であるなど、その目的の正当性と同時に、それが新たな差別を生まないよう充分な配慮がなされているかどうかがポイントである。
「個人情報保護法」改正では、「要配慮個人情報」の規定に「社会的身分」という文言が盛り込まれ、「不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するもの」と定義されている。「部落地名総鑑」が差別書籍として被差別部落住民の就職の機会均等に著しい悪影響を与えたという事実を考慮すれば、「部落地名総鑑」を法的に規制する可能性が出てきている。
第4は、鳥取ループ・示現舎にたいする糾弾闘争の展開である。
ネット上での情報では、「同和行政を中心とする地方行政のタブー、人権ビジネス、個人情報保護などの規制利権を研究」と称されている。また、関係者はIT技術者のようだ。2009年頃から鳥取ループという名前でブログページなどを開設。グーグルマップを利用して鳥取・滋賀・大阪などの部落の所在地などを公開。同和対策事業を調べ、それを発表するために2010年頃、電子出版の任意団体である示現舎を設立。「同和と在日」などを出版する。その後ツイッター上に「部落地名総鑑」というアカウントを設置し、「大阪府内の同和地区名をつぶやきます」などとして連日数分ごとに府内の部落の地名を発信し、ネット上のフリー辞書の機能を使い「同和地区Wiki」を開設している。しかも、全国の自治体や地方法務局などから再三、指導、削除要請を受けるが無視し続けている。
示現舎のブログ「追跡!部落地名総鑑」には、以下にこう綴られている。
「部落地名総鑑の収集と提供を制限することは「図書館の自由」に反しないのか、どのようにあつかえば非難を免れることができるのか。(中略)筆者にはシンプルかつ強力な解決案がある。簡単だ。部落地名総鑑を無料で広く公開すればよいのだ。公然のものになってしまえば、少なくとも部落地名総鑑については、そもそも収集と提供を行う必要はなくなる。部落地名総鑑の存在がありふれたものになれば、古地図や古文書の類でいちいち騒ぐ人もいなくなるだろう」との記述されている。
まぎれもない“確信犯”である。
部落の地名を公表しても差別や人権侵害が起こらないのであれば、上記のコメントは通用するであろう。しかし、現実には、被差別部落出身者という出自が暴かれることによって、結婚や就職の時や、有名人を被差別部落の出身者であるという事実を暴くことによって、結婚差別、就職差別が起こり、部落差別に悪用されているという事実にたいして、鳥取ループ・示現舎は、どう答えるのであろうか。こうした身元調査に悪用される可能性が社会から指弾された事件が、「部落地名総鑑」である。それから41年も経過したいま、また発行・販売しようというのである。絶対に許してはならない行為である。
今回の「全国部落調査 部落地名総鑑の原典 復刻版」なる書籍発行は、差別を公然と摘示する行為そのものであり、断じて認められない。発行・販売の中止はもとより、絶版とすべき対象であることを強く求めていくものである。また、この闘いを通じて野放しになっているインターネット上に掲載されている全国の被差別部落の一覧などについて、削除が可能となるよう法的規制を求めていくものである。
以 上