1950年代半ばに、国民のなかに高まりをみせてきた部落問題の国策要求に対処するために、1961年、部落問題を総合的に調査・審議する機関として「同和対策審議会」が設置されました。
そして、「同和対策審議会」が1965年に提出した、内閣総理大臣の諮問にたいする答申、いわゆる「同対審」答申の前文で、部落問題は「人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法で保障された基本的人権にかかわる課題である」とし、さらに「その早急な解決こそ国の責務であり、同時に国民的課題である」として、国の第一次責任が明らかにされました。
部落解放運動は、「同和対策審議会」答申以降、部落問題を解決する基本的な法律の制定を、一貫してもとめつづけてきています。
これまで、部落問題の解決のために制定された法律としては、「同和対策事業特別措置法」、「地域改善対策特別措置法」、「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(略:地対財特法)」、そして現在は「『地対財特法』の一部を改正する法律」があります。
これらの法律が実施されることによって、環境改善などハード面はある程度前進したものの、教育の向上や仕事保障、産業の振興といったソフト面では、依然として課題が山積しています。
また、最近の差別事件をみると、教育現場での差別事件、悪質で確信犯的な差別落書や差別投書、また高度情報化時代を反映して、インターネットを利用した差別扇動が多発しており、教育・啓発のさらなる充実強化と同時に、悪質な差別に対しては法的規制が考慮されねばなりません。
そこで、部落問題の根本的解決を図ることを目的とした「部落解放基本法(案)」が、1985年5月、「部落解放基本法」制定要求国民運動中央実行委員会によって発表されました。この委員会には、行政、労働組合、企業、教育、文化関係者、宗教者、民主団体など、部落問題の解決ならびに人権社会の確立に向けて取り組みをおこなっている、各界の多くの人々が参加しています。
「部落解放基本法」が求められる根拠は3点挙げられます。
まず第1点は、差別事件や差別意識の実態を直視し、これまでの取り組みを総括するところから部落解放基本法が求められるということです。
第2点目の根拠は、日本国憲法と「同和対策審議会」答申の精神に立ち帰るところにあります。
周知のように、日本国憲法では第14条で「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において差別されない」とし、差別は一般的に否定さえています。
けれども、憲法のこのような一般的規定だけでは、部落差別を撤廃することはできなかった。そこで、オールロマンス差別事件糾弾闘争以降、活発な行政闘争が展開され、1965年8月の「同対審」につながりました。
「同対審」答申は第一部の「同和問題の本質」のなかで次のように、この問題解決の重要性を指摘しています。
「いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、特に、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由とを完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である。」
また、答申の前文では次のように、部落問題解決の責任が国にあり、国民的課題であることが高らかに歌われています。
「いうまでもなく同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である。従って、審議会はこれを未解決に放置することは断じて許されないことであり、その早急な解決こそ国の責務であるとの認識に立って対策の探求に努力した。」
さらに、答申第3部の「同和対策の具体案」のなかでは、同和行政は、部落問題が解決されるまで総合的・抜本的に実施されなければならないことを、以下のように明確に指摘しています。
「けれども現時点における同和対策は、日本国憲法に基づいて行なわれるものであって、より積極的な意義をもつものである。その点では、同和行政は、基本的には国の責任において当然行うべき行政であって、過渡的な特殊行政でもなければ、行政外の行政でもない。部落差別が現存するかぎりこの行政は積極的に推進されなければならない。
したがって、同和対策は、生活環境の改善、社会福祉の充実、産業職業の安定、教育文化の向上および基本的人権の擁護等を内容とする総合対策出なければならないのである。」
「同対審」答申の精神を要約すれば、部落問題解決を国政の最重要課題と位置づけ、この問題が解決されるまで抜本的・総合的に取り組むことを求めていたといえます。
ところで、その問題解決が国政の上で極めて重要な課題であって、抜本的・総合的な取り組みが求められている場合に制定される法律の形式が「基本法」なのです。そのことは、現在日本に11ある基本法、たとえば、教育基本法や土地基本法などをみれば明らかです。
基本法が求められる根拠の第三点は、差別撤廃を求める国際的な潮流に学ぶところにあります。たとえば、日本は内外の世論の高まりの中で、1979年に国際人権規約を批准した。周知のように、国際人権規約は差別の撤廃を最重要課題と位置づけ、法律の整備を含む抜本的な取り組みを各締約国に求めています。
また、1996年に日本も批准した人種差別撤廃条約では、差別を禁止すること、差別の結果、劣悪な実態が存在していたならば特別の積極的な施策を実施すること、差別意識を撤廃するために啓発活動を活発に展開することなど、国際人権規約よりもはるかに具体的に、各締約国に存在している差別の撤廃を求めています。
国際人権規約や人種差別撤廃条約のいわば国内法として、部落問題については「部落解放基本法」が求められています。